第七話 雨中の出会い
武田信虎は、供回りを数人のみ連れ、京への道を急いでいた。 近江との国境近く、鬱蒼とした山道を抜ける小径で、突如として雨が降り出した。
「やれやれ、これだから旅は退屈せぬ」 信虎がひとりごちた時、道の先から剣戟の音が聞こえてきた。
「む? 何事か」
信虎の供回りが刀に手をかけた矢先、道の曲がり角から、土砂降りの雨に打たれながら必死に戦う一人の男の姿が見えた。痩身ながらも刀の捌きは淀みなく、野盗らしき十数人を相手に、一歩も引かずに渡り合っている。しかし、多勢に無勢、さすがに劣勢は否めない。
「カカッ、面白きものよ」
信虎は馬を止めると、供回りに命じた。
「加勢せよ。あの男、見ていて飽きぬ」
信虎の供回りが加わると、戦局は一気に傾いた。しかし、信虎自身も馬を降りると、鞘走らせた刀を抜き、野盗の一人を袈裟懸けに斬り伏せた。その一撃は、老齢とは思えぬほど素早く、そして正確だった。
「ご加勢、痛み入ります」
野盗の頭目を仕留めたばかりの男が、血振るいをしながら信虎に頭を下げた。 雨で顔は濡れているが、その涼やかな顔立ちと、瞳の奥に宿る静かな知性は隠しようがない。 信虎が問うより早く、男は自ら名乗った。
「某は明智十兵衛光秀と申します。旅の途中でして」
「明智……か」
信虎は光秀の佇まいや、戦況を見極める眼差しに、ただ者ではない気配を強く感じ取った。光秀もまた、信虎の老骨から放たれる圧倒的な歴戦の気迫に、畏敬の念を抱いていた。
雨宿りのために、道中の小さな庵に身を寄せた二人。 火を囲みながら、信虎は光秀に問うた。
「十兵衛殿、あの見事な太刀筋、ただの浪人ではないな。いずれの御家中か」
光秀は静かに首を振った。
「某は、仕えるべき主を持たぬ身。故郷は離れて久しく、今は己が器量を試すべく、流浪の身でございます」
その言葉には、多くを語らぬ憂愁が漂っていた。
信虎は、光秀の言葉に己が過去を重ね合わせた。
「カカッ、奇遇なものよ。わしも似たような境遇だ。息子に追い出された、名乗る価値もない男。……差し支えなければ、しばらく旅を共にせぬか」
光秀は信虎の眼光に、野性と、そして世の理を見通す「老いた獣」の気配を読み取った。この老人、ただの隠居者では決してない。
「願ってもないお誘い。この十兵衛、光栄に存じます」
そうして老いた虎と、「日ノ本を変革する」という秘めたる野心を抱く才人が、奇妙な旅路を共にすることとなったのである。




