第三十三話 森部の戦い
今川義元の本陣では、明智光秀が地図を指し示しながら、次の一手を献策していた。
「義元公、美濃は一筋縄では参りませぬ。ならば、奴の『眼』を他へ逸らし、その隙に美濃の心臓部へ楔を打ち込むべきにございます」
光秀は、美濃攻略が年単位の長期戦になることを見越していた。
「美濃を落とすには、単なる陣地ではなく、物資の集積と兵の休養を兼ねた強固な橋頭堡が必要。狙うは墨俣砦。しかし、普通に動けば半兵衛の策に絡め取られましょう。そこで、近江の浅井長政殿を動かします」
光秀の策はこうである。今川と誼を通じ始めた北近江の浅井氏に美濃西部を突かせ、一色家の守備を分散させる。その瞬間こそが、墨俣砦を奪う唯一の好機であると。
光秀の工作により、浅井軍が美濃西部へ侵攻を開始。報を受けた義龍は、半兵衛に迎撃を命じた。
半兵衛は、これが今川の陽動である可能性を察知しつつも、主君の命と領土の危機を前に、西へと馬を走らせざるを得なかった。
半兵衛が不在の隙を突き、松平元康が墨俣へ急行する。一色義龍は、今川の進行を阻止するため、美濃随一の猛将、足立六兵衛を先鋒に差し向けた。
木曽川の支流、境川が流れる森部の地。霧が立ち込める早朝、今川を叩くべく進軍してきた足立六兵衛の三千と、これを迎え撃つ松平元康の三河衆四千が激突した。
足立六兵衛は「首取り足立」の異名を持ち、その剛力は大木をなぎ倒し、その斬馬刀は一振りで三人の首を飛ばすと恐れられた怪物。
「今川の犬どもめ! 駿府へ追い返してくれよう!」
足立の咆哮と共に、美濃勢の猛攻が三河衆を押し込む。
今川陣営がその怪力にたじろいだ瞬間、一騎の若武者が泥を跳ね上げ、風のように突き進んだ。
「本多平八郎忠勝見参! 足立六兵衛、その首、我が槍の錆にしてくれよう!」
齢、わずか十四。しかし、その身に纏う気迫は老練の将をも圧倒していた。大身の槍を縦横無尽に振るい、忠勝は足立の配下を次々と突き伏せていく。
ついに、戦場の中央で「首取り足立」と「本多忠勝」が対峙した。 足立は鼻で笑い、自慢の斬馬刀を振り下ろす。
「小童が! あの世へ送ってやる!」
轟音と共に振り下ろされた一撃を、忠勝は槍の柄で受け流し、鋭い踏み込みを見せた。足立の力任せな剣筋を、忠勝は最小限の動きで見切り、槍の石突きで足立の膝を砕く。
「ぐわああっ!」
体勢を崩した足立の喉元に、槍の穂先が電光石火の如く突き刺さった。
「……御免!」 忠勝の短く鋭い叫びと共に、美濃の怪物はその巨躯を地に伏せた。
「首取り足立」が討たれた報は、瞬く間に両軍に広まった。総崩れとなった一色軍を追撃せず、元康は忠勝を呼び寄せ、その武功を称えた。
「平八郎、見事だ。首取り足立を討った功は、一城を落としたに勝る。義元公から下賜された物だが、藤原正真の手による名槍、お前にこそふさわしかろう」
その時穂先に蜻蛉が止まった、と思った刹那、蜻蛉は真っ二つになっていた。
「おお、何という鋭さ!蜻蛉切と名付けましょう」
「うむ、良い名じゃ。……美濃での戦は始まったばかり、これからも頼むぞ平八郎」
この勝利によって、墨俣砦周辺は今川の物となった。
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