第十八話 舌戦清須城 一
軍使への一応の礼儀として、光秀は清須城の大広間に通された。そこはもはや城郭の一部ではなく、死を待つ獣たちの檻と化していた。正面には信長の弟・織田信包、そしてその脇には「鬼柴田」と恐れられる猛将・柴田勝家が、血走った眼で光秀を睨み据えている。
光秀が足を踏み入れた瞬間、広間に居並ぶ将兵がその視線を一斉に光秀に向けた。
「今川の犬が、どの面下げてこの清須に参ったか!」
柴田勝家の怒号が、広間の柱を震わせました。
「殿を闇討ち同然に葬り、今度は我らに膝を屈せよと抜かすか。十兵衛と言ったな。貴様の首を信長様への手向けとして、我ら三千、城を枕に討ち死にするまでよ!」
光秀は、突きつけられた視線に微塵も動じず、静かに勝家を見つめ返した。
「勝家殿。貴殿の刀は、信長殿が築いたこの尾張を、灰にするためのものか」
「何だと……?」
「今、貴殿らがここで散れば、この清須は火の海となり、民は路頭に迷う。それは信長殿が望まれた景色か。信長殿は、尾張を誇り高き国にしようと足掻かれたのではないのか!」
光秀の声は、低く、しかし驚くほどよく通った。
「信長殿は、旧き秩序を壊すために『力』を振るわれた。それは尊き破壊であった。しかし、壊した後に何を作るか。それを説く前に、信長殿は天に召されたのだ。……今、その『続き』を担えるのは、今川義元公をおいて他にいない」
織田信包が、震える声で遮りました。
「兄を殺した仇に、この国を譲れというのか! 屈辱に耐えて生きるより、誇りを持って死ぬのが織田の武士だ!」
光秀は首を振りました。
「屈辱? 否、それは『継承』にございます。義元公は、信長殿が目指した諸々の制度改革の萌芽を、自らの法の中に組み込もうとされておる。信長殿の志は、今川の法の中でこそ、永遠の命を得るのです。貴殿らがここで死ねば、信長殿の志もまた、ただの狂気として歴史に埋もれるだけだ!」
光秀は懐から一巻の書状を取り出し、それを畳の上に静かに置いた。
「これは、義元公より預かった清須開城の条件、すなわち『尾張安堵の法』にございます。織田の旧臣には旧領を安堵する。そして何より……信長殿の跡継ぎには、今川の庇護のもとで織田の名を存続させることをお認めになった」
広間に沈黙が流れた。勝家の手が、わずかに震えている。 光秀は畳みかけるように、一歩前へ踏み出した。
「勝家殿。死ぬのは容易い。しかし、生き恥を晒してでも、主君が愛したこの国を、次の世代に繋ぐことこそが真の忠義ではないのか。……私は、貴殿らを殺しに来たのではない。織田の魂を、今川の秩序の中で『生かす』ために来たのだ!」




