【1-2】ニートでいるのはどれだけ幸せなことか
「き、来てしまった……」
よくある女学生の格好に身を包み、モカはグリモワール学園の玄関口までやってきていた。
入学試験の日というのもあり、学園には異様な雰囲気が漂っている。背骨を爪先で撫でられてるかのような緊張感。顔に風船を押し付けられているかのような圧迫感がモカにかかっている。
周りには震えて泣きそうになる女の子や、膝を揺らして今にも叫びそうなほど追い詰められている青年もいる。
グリモワール学園は入学志願者の立場は決して尊重されない。金持ちの貴族だろうが貧乏な平民だろうが入学できるのは優秀な方だ。
この学園に入学すれば将来は安泰となる。大家族にだって贅沢をさせられる。しかし落ちればそれまで。人生の中で一発逆転するためのチャンスはたった一回しかないのだ。
だからこそ受験者にかかる負担はそれほどまでに高い。
──しかしだ。それでも『落ちたら死ぬ』というほどでは無い。その後の人生を平穏に暮らしていくだけならできるだろう。
モカは違う。落ちれば終わり。暗殺の土俵にすら上がれない落ちこぼれになってしまえば、本当に処分されてしまう。命がかかっているのだ。
「……や、やるぞ。私は、やるぞ」
プレッシャーだけならイーブン。覚悟の強さなら有象無象など相手にだってなりはしない。
雑念を振り捨てたモカは試験会場へと足を踏み入れるのだった。
* * *
そこそこ広い教室の前から二番目、その右端へとモカは着席する。
緊張をほぐしながら待っているとその時は突然訪れた。──教室の扉を開けて試験官が入ってきたのだ。
受験者たちは一瞬にして体を硬直させ、話を聞く体勢をとる。モカも釣られるように背筋を伸ばした。
「初めまして試験官のルアーです。試験を始める前に、今一度グリモワール学園の試験内容の説明をします」
試験官のルアーは後方の黒板に文字を描き始めた。意外と可愛い文字にモカが見とれていると、ルアーが話を続けた。
「今回行うのは『学科試験』と『運動試験』、そして──エルグランド学園長が直々に行う『面接試験』です。それぞれの平均が八十点以上で合格となります」
エルグランドが直々に──その言葉にモカは心臓が引き締まった。まさか暗殺対象に直接会える機会があるとは。
その場で暗殺をするしないは別としても、直接会えるのはかなり嬉しい。相手の動作や癖を見極めることができれば今後の暗殺作戦の予定も立てやすいはずだ。
「ではまず──」
その後は細々とした試験の説明をし、学科試験の問題と答案用紙が配られる。制限時間は六十分。六十分以内に合計二十問を解かなければならないようだ。
「大丈夫……私なら大丈夫。常識問題のテストなら一発合格したもん……」
モカのように緊張する生徒は多数。もはや全員と言っても問題は無いだろう。
そんな緊張を無視し、ルアーの無慈悲な開始の合図が鳴らされたのだった。
* * *
「よし、やるぞ──」
合図と共に問題を開く。そして考えるまでもなく気がついた。──分からない。
「……へ?」
多重屈折空間定理の数式。虚数が現実化した場合に考えられる影響。クラインの壺に関する穴埋め。奇数の完全数の証明──。
全く分からない。というより浮かばない。適当にそれっぽいことを書くことすらできないのだ。
モカが知っているのは基礎。この学園に入学するためにはそこから更に大きく発展し、自らが答えを編み出せる領域にまで至らなければならない。
もちろん抵抗しようと頭を捻るが、やはりダメだった。異世界の言語を眺めているようで長時間見ていると精神がおかしくなってしまうかも。
周りの生徒はもう解答欄を埋め出している。分からない問題もあれどそこはパス。分かる問題を先に埋めて後からじっくりやり直す算段なのだろう。
それに対してモカの解答欄は白紙。まだ始まったばかりとはいえ悠長なことはしてられない。なんとかして危機を脱しなければ。
「こう、なったら……」
考えるのは──カンニングだ。運のいいことに隣の受験生との席はかなり近い。首を伸ばせばモカの視力なら読み取ることができるはず。
ルアーは目を瞑って指で机を叩いている。聞いた話によると試験官の給料は高くないらしい。……そうなればやる気がないのも仕方ないと言える。
今だけはストライキを起こさないでいてくれたことに感謝し、モカは首を伸ばした──。
「──失格だ」
──心臓が凍るような感覚。瞬時に元の体勢に戻ったモカだったが、額からは冷や汗とゾワゾワと皮膚の下に虫が這うような不快感が体を襲った。
ルアーは静かに立ち上がるとモカの元まで歩いていき──通り過ぎた。そしてモカより四席ほど後ろにいた男子学生の前に立ったのだ。
「ぼ、僕、ですか?」
「カンニングをしたな」
「えぇ!? ち、僕はそんなこと──」
──ルアーが男子学生の鎖骨に指をねじ込んだ。すると、皮膚と皮膚が剥がれるようにメモ用紙が出てきたのだ。
「皮膚に物体を埋め込む……か。いいアビリティだったのに、残念だよ」
「せ、先生待ってください! これは誤解で──」
「君のやった行為は必死に努力してやってきた他の人たちを侮辱している。慈悲などない」
指を鳴らすとどこからともなく他の教師が現れた。男子学生は言葉にすらなっていない声を上げながら教師たちに引きずられて行ったのだった。
「試験を止めてすみません。ですが、カンニングをすれば貴方たちも一発退場となりますので気をつけください」
──ダメだ。ダメだ、ダメだ。
カンニングをすれば別室送り。入学が完全に閉ざされてしまう。そして使えない暗殺者は処分されて──。
だからといって自力で頑張るのも無理なこと。このまま考えても時間の無駄。処刑までに色々やれるはずだった貴重な時間をドブに捨てることになる。
モカがこの窮地を切り抜けられる方法はただ一つ。カンニングをする他にない。
しかし馬鹿正直に行動すればバレるのは必然だ。必然……必然。──あれ?
「なんで……私のはバレなかったんだろう……」
ルアーは目を瞑っていた。開ける様子はなかったことをモカは確認している。しかしルアーはその状態で男子学生のカンニングを完璧に見破ったのだ。
考えられるのはルアーが感知系のアビリティを所有していること。一定の範囲内までの行動を全て把握する、みたいな。それなら試験官に選ばれた理由も分かる。
だがそうなるとモカがバレなかった理由が分からない。かなり分かりやすくカンニングをしようとしたのだ。なのにルアーはモカではなく四席も後ろの男子学生を見破った。
この情報から導き出される答えは──何かしらの条件をトリガーにして感知する、というアビリティだということ。その条件にモカはたまたま引っかからず、男子学生は運悪く引っかかったのだ。
ノーリスクで使用できるアビリティなど存在はしない。能力を使うのならば何かしらの動作や条件を満たす必要がある。例えば触るだったり息を止めるだったり。
逆を言えば《《条件を満たさなければ感知されない》》ということになる。
「や、やってやる……命を懸けた、カンニングを……!」
残り制限時間は四十五分。その間にルアーのアビリティの全容を暴き、カンニングを成功させるのだ。
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