ガンダム VS ガンダム
ジョセフはジェガンD型を急後退させた。スラスターの噴射が海面に二道の高い白波を刻む。 前方にはアイリンのジェガン、ダミアンのジムⅢ、そして黄色いナイチンゲール。三機による完璧な連携が退路を完全に封じていた。さらに、あの忌々しいガンダムまでもがビーム・ライフルをこちらへ向けている。 通信回線は死んだような静寂に包まれ、アラートの悲鳴だけがコックピットに響き渡る。 ジョセフは奥歯を噛み締め、コンソールを叩いた。突破口を――そう、僅かな隙間でもいい。
数条のビーム・ライフルが同時に充填され、銃口に集ったエネルギーが暗闇を焼き払おうとした、その瞬間だった。
――ドォォォォォンッ!
ジョセフの背後で、平穏だった海面が巨人の拳に叩かれたかのように爆散した。 青と白のトリコロール。通常のMSを遥かに凌駕する体躯。その肩や背に装備された無数の武装陣列が、暁の光の中で冷酷な輝きを放っている。 推進器から放たれる圧倒的な推力は、周囲の海水を瞬時に蒸発させ、濃密な霧へと変えた。
「リオン、舞台は整った。任せるぞ……あまり接近しすぎるなよ」 ジョセフは短く告げると、ジェガンD型を戦域から急速離脱させた。
「オーケー! よう、灰色のガンダムさんよ、また会ったな! 前回の屈辱、たっぷり利子をつけて返してやるぜ!」 リオン・バクスターの口元に狂気じみた笑みが浮かぶ。だがその瞳に油断はなく、獲物を見つけた猛獣のような熱だけが宿っていた。
「紹介しよう。俺の新しいオモチャ、そしてアナハイムから局長への『贈り物』――Sガンダムだ!」 リオンが操るSガンダムは、背部から二本のビーム・サーベルを抜き放った。 「武装が多すぎてまだ慣れてねえんだ。悪りいが、まずはこれだけで持てなしてやるよ!」
Sガンダムの背部と脚部のスラスターが、誇張されたほどの青白い光炎を噴き出す。その重厚な外観からは想像もつかない加速――それは四機のMSが張り巡らせた包囲網の中へと、一気に飛び込んだ。
「イヤッホォォォ!」
アイリンのジェガンが銃口を向けた瞬間、Sガンダムはすでにその眼前へと肉薄していた。左手のサーベルが逆手に閃き、ジェガンのビーム・ライフルを一刀両断にする。
「何だと……っ!?」
コルキス・ガンダムのコックピット内で、ルカは身を乗り出した。食い込むシートベルトが肌を裂く。脳内のデータ流が一瞬にして乱れた。 新しく現れたガンダム。その速度は、彼の想像を遥かに超越していた。 予期せぬ事態への対応――その負荷が、再びルカを襲う。彼は溢れ出そうになる血を吐き出すように咳き込み、パネルを真っ赤に染めた。
「ルカ!」 セイラはシートベルトを解き、よろめきながら操縦席の傍らへと駆け寄る。 少年の顔は紙のように白く、顔中の穴という穴から血を滲ませている。だが、その瞳だけは異様なほどに冴え渡り、モニターに映るSガンダムを凝視していた。
「パーティの始まりだぜ!」 リオンの狂笑が全チャンネルに響く。Sガンダムの右手のサーベルが鮮烈な緑の弧を描き、アイリンのジェガンへと振り下ろされる。アイリン機はシールドで防ごうとするが、その動きはあまりにも「機械的」で、突発的な猛攻への柔軟性を欠いていた。
「遅えんだよ!」 盾にサーベルが接触した刹那、Sガンダムの左手の刃が下から突き上げられた。ターゲットはジェガンの右膝関節。 ――プシュッ! 高エネルギーの粒子が装甲を焼き切り、内部構造が火花を散らす。アイリン機は瞬時に右脚の機能を喪失し、バランスを崩して海へと墜落した。
「一人目!」 リオンは止まらない。Sガンダムは激突の反動を利用して旋回。スラスターの短噴射により、慣性を無視した速度で横滑りし、ダミアンのジムⅢが放った一撃を紙一重で回避する。 交差する二本の刃。それはハサミのように、ジムⅢの右腕を捉えた。
「ダミアン、言ったはずだぜ。テメエに刀は似合わねえってな!」 ジムⅢは後退を試みるが、爆撃特装型の機体はあまりにも鈍重だった。 ――ザシュッ! 一条の閃光が走り、ジムⅢの右腕がサーベルごと肩から切り飛ばされる。間髪入れず、もう一条の閃光がメインスラスター・ユニットを叩き割った。
――ドォォンッ!
背後から立ち昇る激しい爆炎。黒煙を吹き出しながら、ジムⅢは海面へと突っ伏した。全システムがダウンし、救命装置の微弱な信号だけがレーダーに残る。
「二人目!」 リオンの声に、歓喜に近い快感が混じる。わずか二合。制御下にあった二機は一瞬で無力化された。
この時、黄色のナイチンゲールが狙撃銃を構えつつ後退を開始し、援護としてコルキス・ガンダムが連射を浴びせる。 「それでこそ、やり甲斐があるってもんだ!」 リオンの瞳が鋭く光る。Sガンダムの背部サブ・スラスターが全開となり、機体は見えない手に引き上げられるように急上昇。弾幕を足下でやり過ごすと、空中で強引に身を翻した。
「だが、まだ甘え!」 噴射旋回。だが、Sガンダムが向かったのは至近のルカではなく、遠方のナイチンゲールだった。狙うは狙撃銃を保持する両腕!
――チッ! チィッ!
正確無比な二閃。ナイチンゲール機の両手首が溶断され、海へと沈んでいく。さらにSガンダムは機体に強烈な蹴りを叩き込み、海面へと蹴り飛ばした。 それを見たドレイクが慌てて割って入り、戦闘不能となった仲間を海から救い上げる。
「さて、雑魚掃除は終わりだ」 Sガンダムが海面に力強く着地し、巨浪を巻き上げた。 「お前の番だぜ、灰色の。お前自身の『本物』を見せてみろ!」
Sガンダムは二本のサーベルを胸前で交差させ、挑発的な構えをとる。 一方、コルキスのコックピット内では、ルカの呼吸がふいごのように荒かった。部下二機の「強制オフライン」は、彼の精神に致命的なフィードバックをもたらしていた。
「……来いよ」 ルカは掠れた声で呟き、口内の血を飲み込んだ。コルキスがゆっくりと浮上し、モノアイが不気味な緑の光を放つ。ビーム・ライフルは捨てられ、左手のサーベルが唸りを上げて展開された。
時間は止まったかのようだった。 そして、暗黙の了解があったかのように、二機のガンダムが同時に弾け飛んだ。
――ギィィィィィィィン!!
一合。ビームとビームがぶつかり合い、周囲の海水が衝撃波で押し退けられ、巨大な窪みを作る。 「重い……っ!」 腕が痺れる。コルキスの出力が、正面衝突で僅かに押し負けている。Sガンダムの重装甲と大推力は、伊達ではなかった。
「速度は合格だ!」 リオンは興奮に唇を舐めた。接触の瞬間に力を逃がし、自身の脇腹を狙い打とうとした相手の技量。彼はSガンダムを捻るように回避させると、右脚を戦斧のように振り上げ、コルキスの腹部へ強烈な蹴りを放った。
ルカは緊急後退し、盾でそれを受ける。 ――ドォォン! 凄まじい衝撃。コルキスの機体は数十メートルも後方へと滑り込んだ。
攻守は瞬時に転換した。リオンは好機を逃さず、二本のサーベルを緑の光網へと変えてコルキスを包み込む。 斬、劈、刺、撩――。 リオンは「古風」なはずの格闘戦を、芸術的なまでの狂気をもって操っていた。一撃一撃が重く、角度は狡猾。ルカに呼吸を整える暇さえ与えない。
ルカは極限まで高まった「予感」を使い、コルキスの優れた機動性でその刃を紙一重でかわし続ける。接触の機会を狙うが、リオンの直感は鋭く、決して隙を見せない。
衝突音、蒸発する海水、飛び散る高エネルギー粒子。 二機は海面から低空へ、そして再び海面へと、もつれ合いながら戦場を蹂躙していく。 ルカの精神は、すでに限界を超えていた。
「どうした? もう終わりかよ! アナハイムの『最高傑作』がこの程度か!」 リオンの挑発。Sガンダムの渾身の斜め斬りが、コルキスの盾を持つ左腕を崩壊寸前まで追い詰める。
「……あ、あああぁぁぁぁッ!!」 ルカが獣のように吠えた。 残された精神力のすべてを「予感」に注ぎ込む。コルキスはあり得ない角度で身を捩り、装甲の最も厚い部分で刃を滑らせると、右手のサーベルを毒針のように突き出した。狙いは、振り抜いたことで僅かに空いたSガンダムの脇下!
「ほう?」 リオンが驚きの声を上げる。だが、彼は笑っていた。 Sガンダムは回避せず、肘を絞ることで追加装甲を盾にし、その一刺しを硬く受け止めた。同時に、左手の刃がコルキスの腕へと振り下ろされる。
――ザシュッ!
コルキスのシールドごと、その左腕が肘から先を斬り飛ばされた。
「ルカッ!」 セイラの悲鳴は、けたたましい警報音にかき消される。 視界が真っ赤に染まり、劇烈な痛みがルカを飲み込もうとした。コルキスが悲鳴を上げている。感覚が融解していく。 ここまでか――。
その時だった。
『全交戦ユニットに通告する! こちらは連邦大西洋艦隊、連邦議会より委託されたアナハイム技術保障区安全部隊である!』 厳格な公的音声が、すべての回線に割り込んだ。 『未報告の超高強度MS戦闘を検知した! 関連協定に基づき、直ちに戦闘を停止し、武装を解除せよ! 繰り返す、直ちに戦闘を停止せよ!』
水平線の向こうから、連邦の紋章を冠した十数隻の戦艦が姿を現す。 「……チッ、興醒めな奴らが来やがったな」 リオンは毒づき、攻撃を止めた。だが、警戒は解かない。彼は手負いのコルキスを一瞥し、そして接近する艦隊を見据えた。
秘匿回線にジョセフの声が響く。 「リオン、データは回収した。アナハイムの飼い犬共のお出ましだ。予定通り撤収する」 「ですが隊長……」 「命令だ。局長に恥をかかせるつもりか?」
リオンは不承不承ながら、撤退の操作を開始した。去り際、彼はコルキスに向かって言葉を投げ捨てる。 「灰色の、今回は運が良かったな。次は、この『贈り物』でテメエをバラバラのパーツにしてやるよ!」
青い閃光。Sガンダムは海面に浮くアイリン機とダミアン機を抱え上げ、霧の中へと消え去った。
……
メノイティオス号の格納庫内。 外部の重圧から解放された瞬間、ルカの張り詰めていた糸が切れた。
「ガハッ……!」 鮮血がメインモニターを真っ赤に染める。瞳の光は急速に失われ、身体から骨が抜けたように崩れ落ちた。
「ルカ! ルカ、しっかりして!」 駆け寄るセイラ。冷たい汗と、止まらない血。絶望的な恐怖が彼女の心臓を締め付ける。
何とか船へと戻ったコルキスのハッチが開く。 セイラがルカを抱え、床へと降り立ったその時、黄色いノーマルスーツを着た男が血相を変えて突進してきた。 「この野郎! 俺の機体に何をした!」
男はルカの襟首を掴み、乱暴に揺さぶる。意識が混濁したルカの視界には、怒りに燃える中年の顔がぼんやりと映るだけだった。ルカの意識は、セイラの呼ぶ声を遠くに聞きながら、暗黒へと沈んでいった。
「やめて! この子は怪我をしているのよ!」 セイラが男を突き飛ばそうとするが、その腕はびくともしない。 「怪我だと? 自業自得だ! 俺の機体の両腕を使い物にならなくしやがって!」
だが、男の言葉が止まった。 近距離で見た少年の顔。苦痛に歪み、閉じられた瞼の下から、血の混じった涙が絶え間なく溢れている。
「……そこまでだ、オスカー」 もう一人の男――『レイヴン』のパイロット、ドレイクが割って入り、暴れるオスカーの手を掴んだ。 「この子は治療が必要だ。話はその後だ」
オスカーは苦々しげに鼻を鳴らし、手を離して格納庫を去っていった。 その時、金属の床を叩く、硬くリズミカルなハイヒールの音が響く。
「……ありがとうございます、ドレイクさん」 柔らかく、だが有無を言わせぬ響きを湛えた声。
マリア・クラインが、武装したアナハイムの保安員を連れて歩み寄ってきた。技術官の制服を完璧に着こなし、その唇にはいつもの疎遠な微笑を湛えている。 「今回の依頼を受けてくださって、感謝いたします」
「……金次第さ。だが、あんたはメノイティオス号の護衛と言ったが、『化け物』の護衛だとは聞いてなかったぜ。……まあいい。約束は守ってもらうぞ」 「ええ。貴方たちが求めていたものは、すでに送り届けてあります」
ドレイクは満足げに頷くと、仲間の後を追って去った。 医療班がルカを担架へと乗せる。セイラが付き添おうとしたその時、マリアの手が優しく、だが確実に彼女を遮った。
「マスさん、少しお話を」 マリアはセイラを静かに見つめ、誰もいない物陰へと促した。セイラは警戒しながらも、その視線を真正面から受け止める。
「セイラ・マス……いいえ、アルテイシア・ソム・ダイクン様」




