困獣と星啼
地中海沿岸、アナハイム第十三試験場外縁。
レーダー画面に熱源警報が炸裂し、刺すような赤い斑点が広がった。
三機のRGM-89DジェガンD型が品字陣形で空域に切り込み、推進器の尾炎が夜空を歪めて燃やす。
「山」小隊隊長ヨセフ・クラインはスロットルを押し下げる。
高度計の数字が狂ったように跳ねる。
画面右下の通信ウィンドウがポップアップし、局長ヘンリー・ウォルフの血色の無い顔が浮かび上がった。
「そこに何があろうと」
ウォルフはレンズを見ず、手にした未署名の書類を握りしめている。
「すべて片付けろ。座標が最優先……あの女を見つけたら、どうするか分かっているな」
ヨセフ・クラインの指先が戦術パネルを軽く叩くと、緑の光点がアナハイム基地の構造図上を跳ね、伸びていく。まるで無音で狩りを行う蛍の群れだ。
「マーカス、D-7区の制高点。あの鬱陶しい自動砲台を片付けろ」「了解」チャンネルに流れるマーカス・ロイの声は、波一つ立たない。数秒後、遠くで連続する鈍い爆発音が響き、パネル上の脅威光点が次々と消えていく。
「ダミアン、主通路に扉を開けろ」「もう待ちくたびれたぜ!」爆破専門家の笑いがチャンネルで耳障りに響く。ドカーン——! さらに激しい振動が足元から伝わり、埃がざわざわと落ちてくる。正面通路方向の火光が、薄暗い廊下を一瞬照らし出した。
地対空砲火がまばらに閃く。ヨセフは回避すらせず、側面のジムⅢ全装爆破型の肩ミサイルポッドを全開にし、数十発の小型ミサイルが白い煙を引いて降り注ぐ。火光が地上の自動砲台を呑み込み、爆風で基地外壁の防護板がめくり飛んだ。
「レオン、追従して残敵を掃討。陣型を保て。ここは解体作業じゃない」「了解」短く力強い返事。
ヘンリー・ウォルフの無表情な顔が、ヨセフの脳裏をよぎる。「生かすな」——命令が耳に残る。ヨセフは雑念を振り払い、画面中央で点滅を続ける赤い信号源に集中した。内通情報によれば、そこが目標「セラ」の最後に消えたエリアだ。
格納庫深部、警報が瀕死の者の呻きのように鳴り響く。
天井から埃と瓦礫が絶え間なく落ち、ガンダムの深灰色装甲を叩く。ルカ・ワインは激しく揺れるコックピット内で、起動ボタンを無駄に連打していた。全周囲モニターは真っ暗、赤い警告文字だけが流れ続ける。
【システムロック:最高権限認証が必要】
「マリア……マリア!」通信機に向かって叫ぶが、返ってくるのは耳を劈くノイズだけ。
全周囲モニターはまだ点かず、非常灯の薄暗い赤光が彼の青ざめた顔を照らす。
震えが止まらない。
手のひらは冷や汗でべとつき、操縦桿が握れない。
「マリア……」
死んだような通信機に呟く。
外の爆発音だけが、どんどん近づいてくる。
一撃ごとに胸を重锤で叩かれるようだった。
突然、主モニターが灯った。
マリアの優しい顔ではない。急速にスクロールする赤いコードの列、その中にマリアのプリレコード音声波形が混じる。
【ルカ、聞いて】
聞き慣れた声が、切迫して別人のように響く。
【認証コードは『ラグランジュ7』。起動して】
ルカは慌ててキーボードを叩く。指が震え、一度打ち間違えた。歯を食いしばり、打ち直す。
L-A-G-R-A-N-G-E-7。
エンター。
機体奥深くから、ぞっとするような機械作動音が響く。暗かったコンソールが一瞬にして緑のデータストリームで埋め尽くされた。
痛い。
焼けた針が太陽穴を貫くような激痛。ルカは頭を抱え、喉からうめきが漏れる。無数の映像が強引に脳内に押し込まれる。
白い悪魔。
赤い彗星。
落ちるアクシズ。
自分でない記憶、この時代に属さない恐怖。
「出て行け……」
髪を掻きむしる。
「俺の頭から出て行け!」
コックピット内の数値ディスプレイが点灯し、表示された文字——
ORX-020 Colchis Gundam
機体外部、単眼センサーが突然灯り、ぞっとする緑の光を放つ。
ガンダムが動いた。
ルカはぎこちなく操縦桿を押し、コルカス・ガンダムが金属の軋む呻きを上げ、半壊した格納庫ゲートを押し開け、巨大な体躯をよろめかせながら、この煉獄へと踏み出した。
ルカは荒い息を吐き、無理やり手を操縦桿に置く。
何だっていい。
生き延びなきゃ。
マリアは言った。何かあったらB7撤退ポイントへ行けと。
セラ・マスはジープを峡谷奥に捨て、枯れ草で急ごしらえに隠した。影のように、基地外郭防衛の薄い部分から潜入する。頭上では煙草局のジェガンが、血の匂いを嗅ぎつけたサメのように往復巡回していた。
彼女の目的は明確——動くシャトルを一機見つけること。
だが、爆破された倉庫を抜けた時、目の前の光景に息を呑んだ。
見たことのない深灰色塗装のMSが、まるで歩き始めたばかりの赤ん坊のように、空地で二機のジェガンの交叉射撃をぎこちなく避けている。動きは硬く、まったく理にかなっていない。機体性能だけで無理やり耐えている。
ガンダム!?
あの「悪魔の力」の化身か。「彼」の——?
彼女は、一機のジェガンがライフルを構え、銃口にビームが集まるのを見た。照準は、灰色ガンダムの無防備な背中にぴたりと合う。
コルカス・ガンダムコックピット内、ルカ・ワインの呼吸は荒く、汗で前髪が額に張り付いている。外界が全景モニターを通じて押し寄せ、爆発の火光、敵機の動き、耳を劈く警報が彼を呑み込もうとする。だが、恐怖の土壌に奇妙な本能が芽吹き始めていた。
そのジェガンの狙撃ビームが放たれる寸前、冷たい戦慄がまずミューラの脊髄を貫いた。
指が脳より早く反応し、操縦桿を横に強く叩きつける!
コルカス・ガンダムがねじれたような姿勢で横滑りし、緑のビームが肩装甲をかすめて通過、後方の地面に焦げたクレーターを穿った。
「避……避けた?」ルカ自身が信じられない。さっきの瞬間、背後から来る悪意を「感じた」気がした。
考える暇はない。もう一機のジェガンがヒートホークを振り上げて突進してくる。生き延びたい一心がすべてを凌駕し、ルカはぎこちなく、しかし異様に正確にコルカスの腕を上げ、リスト装甲でその一撃を強引に受け止めた。火花が飛び散る。
その頃、セラ・マスは基地の複雑な構造と混乱を活かし、格納庫エリアへ潜行していた。だがその動きが、「山」小隊電子戦担当ソフィア・グラントの目に留まる。
「隊長、不明女性の映像を捕捉。核心交戦区へ移動中。照合の結果、目標『セラ』の可能性が高い」
ソフィアの冷静な声がヨセフのチャンネルに流れる。
ヨセフの目が鋭くなる。「レオン、確認に行け。目標なら排除」
「了解」近戦担当レオン・バクスターのジェガンが即座に進路を変え、獲物を追うチーターのようにセラのいるエリアへ飛び込む。手に持つビームライフルはすでに構えられ、残骸の間を走る人影をロックしていた。
セラは背後から迫る殺気を感じ、振り返る。ジェガンの銃口が自分に向けられている。絶望が一瞬で心臓を掴んだ。
その千鈞の垂を発した瞬間——
深灰色の巨体が、制御を失った暴牛のように横からレオンのジェガンを激しく弾き飛ばした!
あのガンダムだ!
ルカは誰かを助けようとしたわけではない。二機のジェガンの挟撃に対応するため、強引な回避機動を取った結果、偶然にもセラへ発砲しようとしたレオンの機を弾き飛ばしただけだ。
激しい衝突でコルカスもバランスを崩し、コックピット内のルカは頭を揺さぶられる。彼は無意識に下の小さな人影を捉え、焦りから外部スピーカーで叫んだ。緊張で声が裏返る。
「逃げろ——!」
その叫びは戦場の喧騒を貫き、セラの耳に届いた。彼女ははっと顔を上げ、灰色ガンダムの単眼に灯る緑の光と、必死に敵を食い止めるぎこちない姿を見た。
「鬱陶しい虫けらめ!」ヨセフ・クラインは、目標捕獲の邪魔をするコルカスを見て目に冷気を宿す。彼は隊長機を駆り、完璧な戦術動作でミューラの側面死角に滑り込み、ビームライフルを正確にコルカスの脚部関節へ点射した。
ドン!
コルカスがよろめき、片膝をつく。ミューラは必死に操縦桿を引くが、機体反応が鈍く、警報が再び鋭く鳴る。ヨセフのジェガンは冷たい死神のように一歩ずつ迫り、ライフルを再び構え、コックピットを狙う。
「終わりだ……」
恐怖と絶望がミューラを呑み込む。巨大な精神的圧力の下、脳が爆発しそうになる。自分でない記憶の断片が狂ったように渦巻く。彼は無意識に手を伸ばし、致命的な銃口を防ごうとするかのように、操縦桿を乱暴に動かす。ジェガンの引き金が引かれる寸前——ガンダムがその足首を掴んだ。
突然!
【精神感応場過負荷……接触モード強制起動……星宿海システム、介入】
ブゥゥン——!
コルカスを中心に、無形の強大な波動が爆発的に広がった!
「何?!」ヨセフは愕然とする。自分のジェガンが突然制御を失った! 操縦桿が手の中で激しく震え、画面データが乱数のように踊る。機体はまるで無形的亡霊に憑かれたように、硬直しながら彼の意志に反して銃を持った右腕を上げる。
照準は、側面で援護し、コルカスの反対側を抑え込もうとしていたダミアン・ホルトのジムⅢに向けられた!
「ダミアン! 避けろ!!」ヨセフはチャンネルで絶叫するが、自分のジェガンを止められない。
シュッ——!
ビームが正確に放たれ、外科手術のようにダミアン機の頭部主センサーユニットを直撃!
ドカン!
ジムⅢの頭部モニターが火球となって爆発、機体は瞬時に「盲目」となり、よろめいてバランスを失う。
「隊長?! 俺を撃ったのかよ!!」チャンネルにダミアンの驚怒と荒い息が響く。
ヨセフはコックピットで硬直し、背中を冷や汗が伝う。自分の機体がこの不可解な一撃を終えた後、機械的に左腕を上げ、大型煙幕弾を発射したのを目撃する。
ボン!
濃密な灰白色の煙が瞬時に広がり、区域全体を覆う。
煙が濃くなるにつれ、ヨセフはようやく制御を取り戻せたが、視界はすでにぼやけていた。
煙の中で、ルカもこの突然の異変に呆然としていた。何が起きたのかわからない。ただ、敵の隊長機が突然「裏切って」味方を撃ち、煙幕を張っただけだ。
生き延びる本能がその隙を掴む。操縦桿を押し、コルカス・ガンダムはよろめきながら立ち上がり、煙の中のわずかなセンサー優位を頼りに、もう一方の隔壁を突き破り、基地外縁の闇へと逃げ去った。
セラも、この煙と突然の混乱に乗じてレオンの追跡を振り切り、複雑に入り組んだ基地通路の奥へと姿を消した。
煙がゆっくりと晴れていく。残ったのは頭部から煙を上げる、無力に怒り狂うダミアン機と、コックピット内で顔を鉄青にし、初めて任務中に骨の髄までの寒気と未知の恐怖を味わったヨセフ・クラインだけだった。




