天道大志、その美徳
甘木の恋敵が激辛マー坊を完食し、街角豆腐連合は少年に歓声を上げている。その暴挙を前に、新田は衝撃で動けずにいた。
歓喜の中心にいる天道がおもむろに立ち上がり、
「ごちそうさま。また来るよ」と甘木の肩を叩いた。
下を向き、唇を食む甘木。その身体は失意と屈辱に震えている。
「じゃあね甘木君! また学校で!」
セラさんが元気よく立ち上がり、とと、と出口を目指す天道の背を追った。
甘木は顔を上げることが出来なかった。足元に雫が滴り落ちる。自分の初恋の遠ざかっていく音が、いやに大きく響いた。
街角豆腐連合の男たちが二手に分かれ、出口まで花道を作った。彼らの表情は実に清々しく、「いいものを見せてもらった」「完食するものが現れるとはなぁ」と感嘆の声を上げる。
セラさんは自分の事のように誇らしげに胸を張り、「いやはや、どうもどうも!」と手を振って歩く。彼女の愛嬌道中には目もくれず、天道はドアノブに手をかけた。
「待ってくれ!」
歓声は途切れ、首を傾げ声の方を向く花々。甘木が顔を上げた。花道に立つ新田の背中が視界に飛び込んでくる。ドアノブから手を離し、ゆっくりと振り向く天道。新田は少年の顔――顔面蒼白、虚ろな瞳、唇は明太子のように紅く腫れている――を見て、「あれこんな顔だったかな?」と脳裏を過った。その疑問を斜に置き、彼は重々しく口を開いた。
「……なぜ?」
新田は激辛マー坊に絶対の自信があった。アベックを破滅させること二十余年。小樽に築かれた記念塚は、市政の謀略により後世に残ることはない。しかし人々の記憶に、深く刻み込まれてきた。その歴史的傑作を、四半世紀も時を知らない小童が、攻略したことを受け入れられないでいた。
気だるげな天道の視線。新田は喉が干上がるのを感じた。少年の息遣いがすぐそこで聞こえるようだった。皆が天道の言葉を待つ。
「食事は残すな、両親にそのように教わりました」
天道は静かにそういうと、頭を下げて、堂々たる足取りで店を出た。
セラさんも天道に倣い、ぺこりとお辞儀をして彼に続いた。
店のドアがばたりと閉まる。
新田は力なくその場にくずおれた。
「……両親の教え? そんなものに私は、激辛マー坊は……」
失意がポツリと言葉になった。肩に伸し掛かっていた何かが落ちるように――
***
燦然と煌めく太陽。冷涼な風に潮の香りが混ざっている。
天道とセラさんが小樽の街を並んで歩く。
上機嫌に捲し立てる少女を、適当にあしらう少年。
「ねえそんなにおいしかった?」
「旨かったよ。ただ、ひとの食うものじゃないな」
「なにそれ」
セラさんはおかしそうに笑った。
「それにしても……、あははっ、大志君、ひどい顔!」
彼女はそういうと、アイフォンで写真を撮る。
天道は抗議の視線を向けて、彼女の手からアイフォンをひったくろうとした。しかしその瞬間、腹が悲鳴を上げた。それを聞いて、セラさんがまた笑う。
一通り笑い終えてから、彼女は急に真面目腐った表情を繕った。
「ところで、辛くなかったの? 残せばよかったのに」天道の前にセラさんは躍り出ると、いたずらっぽく上目遣い。「もしかして、好きな子にいいところを見せたかった、とか?」と含み笑い。
天道は渋面を作り、セラさんの隙をついてデコピンを食らわせた。デコを抑え、非難の目を向けるセラさん。それを素通りし、彼は腹をさすった。セラさんは不貞腐れたように、天道の隣まで駆け寄ると、彼の腕に自分の腕を絡めた。天道は面倒くさそうに彼女を見やったが、特に何か言うでもなく、そのまま歩き続けた。
了
ごきげんよう。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
『街角豆腐連合』これにて完結です。
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では、またお会いしましょう。
かしこ。




