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街角豆腐連合  作者: もん・えな


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4/6

マー坊神の尖兵なりや?

 中華鍋が火にくべられる。 


 義憤に燃ゆる甘木と、都市ガスは深く共鳴し、中華鍋の上に火柱を立てた。臆することなく調理する少年に、街角豆腐連合の首領は邪悪な笑みを浮かべた。しかし一方で、善良なる市民の新田氏は、狂気を孕むその光景に恐れをなしていた。カラカラと回る換気扇の音が、焦燥感を煽る。彼の手に握られたスマホの液晶には「119」の文字があった。


 そんなことは露知らず、甘木は手際よく激辛マー坊を完成させる。大皿に激辛マー坊を盛り付けると、彼は決意に満ちた視線を師に送った。新田はスマホを懐に滑り込ませ、何事も無かったかのように頷き返す。


 3G相当の強固な信頼関係が二人を繋いでいるようだった。


 新田は独善を成そうとする弟子の背を静かに見送った。


「大丈夫ですよ。彼ならば」


 足元に転がっていた金レンゲ氏が、腹を抱えながら、プッチンされたプリンのように震えた。


 少年が厨房を出るなり、新田は不安に襲われた。



***



 店内に戻るなり、甘木は困惑した。


 休日の昼下がりのような、和やかな雰囲気が流れていたのだ。


「不条理に憤る戦士たちは、いずこ?」


 どこを見渡しても鼻の下を伸ばすアホ面ばかり。それが街角豆腐連合の関係者であることは、疑いようがなかった。


 なぜこのような事態に陥っているのか。


 甘木はうっすらと理由を察しつつも、人垣の中心に目を凝らした。そこには、やはりセラさんの姿があった。


 彼女は持ち前の愛嬌で、オジたちを篭絡せしめたのだ。


「セラちゃん、チャンネル登録したよ!」


 と一人が叫べば、「俺も!」「僕も!」と餌を求める湖畔の鯉の挙手嵐。


「本当ですか! 皆さんありがとうございます!」


 セラさんの弾ける笑顔が、のべつ幕なしにオジ達の胸に早鐘を打った。ともすれば、甘木もまた、オジ達に含まれるのやもしれない。


 激しい動悸に苛まれる甘木。片手で胸を抑え、喘ぐように呼吸を整えた。救いを求めて視線を漂わせた先で、木彫りのマー坊神像がドアストッパーとして使われていることに気が付いた。


 その事に甘木は憤慨した。


「なんてバチ当たりな!」


 マー坊神へのたっとい信仰心が、少年を奮い立たせる。その姿は、まっこと勇ましきマー坊神の尖兵なり。


 甘木は恐るべき精神力で店内を進む。一歩進むごとに、彼女との距離が縮まるごとに、セラさんから発せられる清浄な光が、マー坊神への信仰を揺るがす。しかしその度に繰り返されるあの言葉。


――桃色の民に鉄槌を! 木綿の誓いをいまここに!


 甘木を鼓舞する言葉は鼓膜を通さず、直接脳を揺らした。ドアストッパーより送られる声援を背に、人垣乗り越え十数歩、ついに和やか爆心地まで辿り着いた。


 彼はあえてセラさんの方は見ない。失明の恐れがあったからだ。


 代わりに怨敵・天道大志の前に立つ甘木。その姿は一皮剥けた立派なアホである。


 少年達の視線が交差する。一方は何も知らず、一方は嫉妬が生んだ狂信者。対峙する二人に、街角豆腐連合はとうとう本来の目的を思い出し、表情を引き締めた。


 甘木が天道の前にでんと大皿を置く。天道がそれを見て眉をピクリと動かした。セラさんは覗き込むように大皿の中身を見ると、「うげぇ」と顔をしかめる。甘木は挑むように言った。


「当店自慢の秘伝のマー坊、どうぞお召し上がりくださいませ」


 静まり返る店内。


 その場の全員が、天道の動向を伺った。しかし、彼は一向に食べようとしない。そのことを不思議がる者は誰一人としてない。


 刺激臭が目に染み、赤黒い液体の主張が激しいマー坊を、誰が食べたがるというのか。


 セラさんに絆された男たちの間に、天道に対する憐憫の情がにわかに漂いかけた。しかしそれが浸透する寸前、「恋の成就? けしからん!」と彼らはいきり立ち、同情心は霧散した。


 静かに激辛マー坊を眺めていた天道がため息を吐いた。


「甘木」と天道が言った。


「なんだい?」


「俺は食事をしに来たんだ」


「そうだね」


 甘木は内心、天道から弱音を引き出せると期待していた。尻を捲って逃げ出しても、見逃してやろうとすら思っていた。しかし、天道の次の言葉は、甘木の予想に反するものだった。


白飯しろめしはないのか」

ごきげんよう。

次回は明日(11月1日)だと嬉しいです。

無理そうなら、Twitterにて報告します。

よろしくどうぞ。

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