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街角豆腐連合  作者: もん・えな


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2/6

恋する少年・甘木君

 甘木あまきは中学二年生の素朴な少年である。


 同級生の美少女――セラさんに絶賛片思い中だ。


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合とはまさに彼女の事を指す。星の瞬きを着飾る月すらも、その美貌の前では恥じ入り、雲隠れするという。


 彼女を初めて見たときの衝撃たるや。意図せぬ不幸に見舞われた、自分を迎えに来た天使であると錯覚したものだ。


 それは甘木だけではなかった。


 セラさんの微笑はキューピットの矢の如く、あまねく男子の胸をいたずらに射抜き、激しい動悸は若年性ほにゃららを想起させ、列を成すアホの軍勢が病院を占拠した。


 辛抱たまらんと、セラさんに思いを告げるものが一人、また一人と現れては、母性に目覚めた同級生女子が結託してバリケードを築いた。その隙間から彼女は申し訳なさそうな表情で――だが確固たる意志でばっさばさとフリまくる。しかしアホの軍勢はそれがまたいいと、拗らせるのだった。


 そのセラさんもまた恋をしていた。


 天道大志――その人である。彼はおおよそ褒めるところのない人物だが、かといって悪し様にけなすようなところもない。


 なぜセラさんが天道に思いを寄せるのか、それは当人以外にあずかり知れない。


 二人は「天セラちゃんねる」なるアカウントでユーチューバーとして活躍をしていたし、スマホの待ち受けは互いの写真だった。ともすれば、二人は交際関係にあると考えるのが自然である。


 しかし、二人は付き合っていないという。


 その事が、脳みそをどっぷりと恋漬けにした思春期男子を狂わる。思春期特有の方向違いの爆発的推進力は、いつしか「天道大志なくば、セラさんの隣は我がものとならん!」と集団妄想を生み、その思想は教室から教室に伝播した。去年の生徒会選挙では、これをプロパガンダとした名もなき男子生徒が支持を集めたが、流刑の憂き目にあったのは記憶に新しい。


 甘木もまた、どっぷりと脳みそを恋漬けにしていた。


 この少年は、SNSで流れてくる街角豆腐連合の情報を頼りに、これを見つけ出した。事情を説明し、恋糸の切り裂き魔・新田氏に弟子入りを果たしたのだった。


 甘木は新田がひとの好い顔で、心の隙間に付け込んでくることを人伝で聞いていた。そのため警戒心を募らせ彼と対峙したが、その笑顔は恐るべき魔力で少年の心を寛解かんかいさせた。


「このひとのもとでならば、あのにっくき天道を恋愛レースから排除できるはず!」


 二人は固い握手を交わし、「打倒、恋の邪魔者」を打ち立てた。


 しかし新田は少年の小さな手を取りながら、思春期の妄執を心の中で冷笑に伏す。


「恋敵を討ったからといって、思い人が君に微笑むわけではないだろうに。それに自分の恋路を邪魔した男を、好きになる女がどこにいるというのか」


 すでに新田の頭の中では、三つの恋散華こいさんげが浮かんでいた。



***



 それからというもの、甘木少年は新田のもとに入り浸り修行に励んだ。


 早朝、自転車で豆腐屋に行き、仕込みを終えるとその足で中学に向かった。学校が終わると矢のように教室を飛び出し、豆腐屋に隣接している中華料理屋で雑用をこなしながら、新田の背中に学ぶ日々。週末になると、公園で炊き出しのボランティアをし、街角豆腐連合の屋台のシフトをこなし、小樽に咲く若い恋の花弁を散らせることに勤しんだ。


 頭の中では、すでにセラさんとのバラ色の学生生活が“髭男“と共に流れていた。


 そんな日々が三ヵ月続いた。


 しかし一向に、新田は甘木に激辛マー坊豆腐の作り方を教えようとしない。しまいには「子供が包丁を持つんじゃありません」と言い出す始末。


 次第にフラストレーションが高まり、甘木は新田の目を盗み、その調理風景をメモに認めるようになる。家に帰っては「打倒、恋の邪魔者」を胸に、マー坊作りに励んだ。しかし出来上がるのは決まって、おいしいマー坊のみ。 


 おいしいマー坊を食べるたびに、甘木は自分の不甲斐なさを嘆いた。


「よもや、自分には人の恋路を妨げる才能がないのでは?」と疑いすらした。


 しかしその度に、セラさんの笑顔を思い出し、甘木は奮起した。


 新田は甘木のその努力を陰ながら見守っていた。彼は恋する若者が嫌いであったが、努力する若者は嫌いではなかった。さしもの彼も、少年のその姿勢に胸を打たれた。


「甘木君、作ってごらん」新田は厨房で皿洗いを終えた甘木にいった。


 少年は緊張の面持ちで、調理場に立つ。厨房で料理をするのと、家の台所で料理するのとでは心持が全然違った。震える手で甘木は、渾身のマー坊を作った。


 新田はその場でレンゲを差し込み、マー坊を一掬い、口に放り込む。


 緊張の一瞬、甘木は強い渇きを感じ唾を飲み込んだ。


 しばしの間を置き、


「美味」と厨房に響く。


 甘木は思わず膝からくずおれた。


「……師匠、自分には何が足りないのでしょうか」と絞り出すような少年の声。


「君の作るマー坊は幸福の味がする。ともすれば、それは素晴らしいことのように思える。だが我々の目標は、恋する若い芽を摘むことにある。このマー坊は、その意識が欠けていると言わざるを得ない」


 滔々と語る新田に、しかし、と甘木は食い下がる。


「自分は、師匠をつぶさに観察し、記録し、そのレシピを家で練習したのです。火加減、調味料、食材の大きさ、可能な限り模倣したつもりです」


「それはお客様に出すものだ」


「え?」


「当然じゃないか。こちとら生活もあるんだ。普段の営業であんな劇物を出すわけがなかろう? 思い出してごらん。君が屋台で運ぶ激辛マー坊を。私が作っているところを、君は見たことがないはずだ」


 甘木は記憶を辿る。たしかに新田の言う通りだった。


 新田は意図的に押し黙った。街角豆腐連合の長く険しい活動で、彼は時に言葉よりも沈黙が力を発することを知っていた。たっぷりと時間をかけ、甘木がしびれを切らすのを待った。しばらくして彼は主導権を握るように、


「時は満ちた」と意味深に呟く。


「では……!」


「うむ」新田は強く頷き、「秘伝のレシピを君に授けよう」


――三十分後。


 甘木は新田の激辛マー坊を習得した。


 新田はそれをレンゲで一掬い。口に放り込む、刹那、劇物は発汗作用を引き起こし、新田の作務衣をびしょ濡れにした。喘ぐように、用意していたヨーグルトを飲み干す。途中喉に突っかかり、むせた。甘木が心配そうに背中を撫でる。しばらくして、新田の手が力強く、甘木の肩に置かれた。


「桃色の民に鉄槌を! 木綿の誓いをいまここに!」


 と意味の分からぬことをほざき、新田は厨房に倒れ伏した。


 甘木は打倒天道を胸に、アホのむくろを越えて帰路についた。


ここまで読んでくれてありがとう。

気軽に感想とかくれると嬉しいです。

次回未定。10月30日であれと願っています。

よろしくどうぞ。

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― 新着の感想 ―
Xから来ました。 無論誉め言葉なのですが、あらすじからくだらなくて笑いました笑。 コメディを久しぶりに読むので新鮮です。個人的に、カップルと書かずにアベックとかいてあったところ気に入ってます笑。
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