第4話 欠片の掟(おきて)
「乗れっ!」
葛西の声と同時に、私たち四人は黒いワゴンへ飛び乗った。
ドアが閉まるとほぼ同時にタイヤが悲鳴を上げ、裏門を離れる。
バックミラーの中、スーツの女がゆっくりと手を下ろしていた。掌にはあの――私から抜け落ちた六つ目の光が握られている。
……心臓の奥がざわつく。
なにを……忘れた?
助手席から振り返った葛西は、あの古道具屋でのゆるい印象とはまるで違う鋭い目をしていた。
「派手に狙われてんな、お嬢ちゃんたち。……特にアンタ」
視線は私に向く。
後部座席で佐伯と紗夜が息を整え、蒼真は黙ったまま窓の外を見ている。
「どうしてあの人たちは……」
問おうとすると、葛西は片手を挙げて制した。
「“欠片”を扱う連中は二種類いる。自分か他人か、どっちを切り売りするかってな。今回は……後者だ。お前らの分岐を根こそぎ持っていくつもりだったろうさ」
「根こそぎ……?」
「“選択”を失えば、その人間は自分で道を選べなくなる。わかるか? 迷わなくなった人間は、操るのが楽なんだよ」
言葉の端が、どこか冷えていた。
走ること十五分、ワゴンは古道具屋「葛西堂」の裏口に滑り込んだ。
店の灯りは落とされ、代わりに奥の部屋の明かりだけが点いている。
棚には無数の瓶や箱――中には見覚えのある淡く光る粒が詰まっていた。
「ここならしばらくは安全だ」
葛西は木机に古びた地図を広げ、その上に欠片を一つ置いた。
「ルールを覚えておけ。ひとつ、欠片を再生すれば必ず代償がある。ひとつ、欠片は強制的に“見せられる”こともある。……で、三つ目が一番大事だ」
彼は欠片を指で弾いた。澄んだ音が部屋に響く。
「三つ目、欠片は同じ未来を二度見せることはない。二度目は必ず、別の欠片に化ける」
私は小さく息を呑んだ。
――なら、蒼真から貰ったあの欠片も、たった一度きり。
「如月さん」
不意に名前を呼ばれて振り向くと、紗夜がすぐそばに立っていた。
「今日、屋上で見せた欠片……あれ、本当は見せるつもりじゃなかった。でも、あなたなら見てくれると思ったの」
その声音には本心のような温度があった。
けれど胸の奥――どこか“言わないこと”を秘めている感じもする。
問いただそうとした、その時だった。
奥の棚の上に置いてあった瓶がひとりでに揺れ、中からひとつの欠片が落ちた。
床で輝くそれを見た瞬間、頭の中に小さな声が響く。
――紗夜と、あの女が並んで歩いている。笑っている。
息が凍る。
「梨央? どうしたの」
振り返った紗夜が、不思議そうに首をかしげる。
声はいつも通り。けれど、さっき見えた“もし”は――何だ?
葛西が瓶を拾い上げてふっと笑った。
「どうやら、お嬢ちゃんは知りたくない未来を覗いちまったらしいな」
その瞬間、外で車のドアが閉まる音がした。
蒼真がいない。
窓の外――路地を曲がっていく彼の背は、まるで何かに急かされているようだった。