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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校一年生編
8/66

File1 切り裂きジャック#4

「なにやってんのよ。」

 姉を名乗る不審者ーいや、猫ーは待ちに待ったあたしの退院の日だというのに、にこやかに無事を喜ぶわけでもなく呆れた表情で出迎える。

「うるさいなぁ。ちょっと怪我しただけ。」

 いとこのお兄ちゃんや律儀なあの鬼塚(バカ)(患部の状態を確認して、30分も経たないうちに居なくなったが)と違って、一度もお見舞いに来てくれなかったくせに、よりにもよって退院の日に来やがった。

「あーあ、またこんな傷付けて。薫が心配するわよ。」

 右腕の縫い目を見てミケは顔を顰める。

「どうせまたお母さんのことよ、半年くらい迷子になって帰ってこないわよ。その間に消えるわ。」

「まったく。さっさと帰るわよ。」

 車どころか免許も持っていないあたしとミケはバスや電車を乗り継ぎ1時間ほどかけて家に帰った。一週間ぶりの我が家だ。やはり病院よりも安心する。ミケは家に着くなり猫の姿に戻った。

「お医者さんがしばらく安静にしてろって。抜糸も1ヶ月後くらいらしいわよ。」

「えー。1ヶ月も痛々しいままなの?」

「しょうがないでしょ。あたしが念押ししたってのに首を突っ込んだのはどこの誰?」

 ミケは細い目であたしを睨む。

「今回限りだからさ。目瞑ってよ。これから約束があるから。」

「まさかあんた、まだ懲りてないわけ?」

「まぁまぁ。そろそろ来るところだろうし。」

 見計らったかのようなジャストタイミングでインターホンが鳴った。あたしはミケの制止も聞かずに鍵を開けた。

「遅い!」

「予定通りだ。花も持ってきてやった。」

 鬼塚は退院祝いに来たのかと問い詰めたくなるような興味がなさそうな様子で立っていた。頬にはガーゼが貼ってある。昨日あたしが引っぱ叩いたからだ。

 そして、仏頂面でぶっきらぼうに真っ黒な花束を手渡してきた。しかも造花。退院祝いで造花はタブーだと聞いたことがあるがきっとわざとだ。よっぽど根に持っているらしい。まあ黒色の花も悪くは無いので黙って受け取る。世話する手間も省けるしな。

「誰この子?」

 インターホンを確認しなかったのは流石にまずかったか。顰めっ面をしたミケが再び人間の姿となって応対した。

「こいつは鬼塚……、なんだっけ?」

「翔瑠。」

「そうそう翔瑠くんね。クラスメイト。病院まで運んできてくれたの。」

「へぇ、心優しい人もいるんだ。あたしだったら見捨てるわ、こんな奴。初めまして、江利の姉です。」

「姉?誰もいないんじゃなかったのか。」

「大喧嘩中だったからそんなことを言ったのね。自分の妹ながら薄情だと思うわ。」

 あたしはミケが姉を名乗っていることに納得はいっていない。生まれた年だって同じだ。なのに化け猫の特権か人間の姿のときはあたしよりいくつか年上に見えるのだから腹ただしい。化け猫であるなどと露ほども思っちゃいない鬼塚はこれまた律儀にぺこりとお辞儀して、

「いつもお世話しております。」

などと聞き捨てならないことを言い出した。

「された覚えねぇわ!こいつしばらく無視決め込んできたんだからね!」

 ふいっと目を逸らされた。

「そんなことよりあたしこいつと出かけてくるから。」

「はいはい。どうせまた返り討ちに遭うんだから大人しくしてればいいのに。」

「そういうわけにもいかないわ。ほら行くわよ。」

「絶対安静じゃないのか?てか本当に行くのか?」

「決まってんじゃない。事件は病院で起きてるんじゃないんだからね!そういうことで留守お願いね、お姉ちゃん!オーバー!」

あたしは鬼塚の腕を掴んで走り出した。

「あの子も春か。」


 ほぼシャッター街になりかけの商店街は昼間でも相変わらずがらんとしていて、あたし達くらいしかいない。

「あたしが倒れてたのは?」

「確か、ここら辺だ。」

 鬼塚は駄菓子屋の寂れた看板が掲げられている店の前に立ち止まった。シャッターと看板から察するにここも既に潰れたのだろう。

「前来た時もだったけど、なんでこんなに寂れてるの?」

「俺が小さい時はまだシャッターはどこも閉まってなかった。けど何年か前にモールが出来てからはほとんど来なくなった。」

「いいなぁデパート。前いたところなんか4時間もかかるから、半年に1回しかいけなかったんだから。」

 あたしは人がいないのをいいことに店の周りを隈なく観察する。

「誰にも見られずに切るなんて出来るもんなのかしら?」

「背中ならな。真正面は無理だ。目の前から襲わないと不可能だ。」

「イタズラでワイヤーを仕掛けてるわけでもないか。防犯カメラとかないの?」

「こんな寂れた商店街にわざわざ付けるかよ。治安云々の前に人がいないんだから設置費用の元が取れるわけない。」

 確かに警備会社もほぼ廃墟みたいな場所に出動するほど暇ではない。

「被害者に話を聞いてみるとか?」

「警察が住所教えてくれればの話だがな。」

「個人情報保護だとかプライバシーだとかめんどくさい法律ばっかで困っちゃうわ。」

「個人情報は大事だろ。うちの学校の教師どもは法律すら知らないみたいだけど。」

 じろりと睨んできた。名簿はたまたま見ちゃったんだから仕方ない。悪用するつもりもないし。

「あたしが気絶してた時警察が来たって言ってたわよね。なんかヒントになりそうなこと言ってなかった?」

「ヒントになりそうなこと?被害者は被害に遭った日、誰ともすれ違っていないとかニュースで聞いたことがあるようなことしか言ってなかった。」

「そういうときは根掘り葉掘り聞くのが当然だろうが。そんなんじゃ助手失格よ。探偵の三毛猫にもなれないわ。」

「なんで俺が助手なんだよ。」

「こういう不可解な物語の助手はあんたみたいな訳あり体質の美少女って相場が決まってんのよ。」

 鬼塚はあたしの言葉を無視して、考え込んでいる。

「不可解、か。そういえばお前以外の被害者の傷からは出血も痛みもなかったってさ。ただ切り裂かれた跡があるだけで。だから水沢を襲ったのは同一犯か怪しいって。俺は一緒だと思うけどな。狂ってただけで。」

 斬られたのに出血もなく痛みもない。

「……人間技じゃないわね。妖怪?」

 あたしは慌てて口を閉じる。昨日から少し喋りすぎだ。田舎のおばあちゃんの言葉を思い出す。


 代々人には見えざるものが見える水沢一家。怪異に巻き込まれることはしばしばだ。だがそれは決して一般人にバレてはいけない。バレたらパンダになる、という言い伝えがある。


 だというのに気の緩みからかNGワードを自ら言ってしまった。鬼塚にバレてしまったら。そんな心配をよそに隣からふっと息を吐き出す音がした。

「お前、妖怪って、本気で言ってんのか?」

 鬼塚は堰を切ったように大笑いし始めた。

「ちょ、ちょっとなによ!」

「妖怪って!随分メルヘンチックだな!」

「あんただって自分のこと呪いだとかなんとか言ってたじゃない!」

「全然別物だろ。よう、妖怪って!」

 鬼塚は再び大笑いし、一頻り笑い終わった後、涙を指で拭う。

「あーこんなに笑ったのは初めてだ。」

 パンダになることは免れたが言うんじゃなかった。

「じゃあ犯人誰よ。」

「知るか。時間の無駄だったな。やっぱり分からなかっただろ。呪いだって解けるわけない。」

「そうね。」

 鬼塚は爆笑していたが、妖怪の仕業だと疑えば疑うほどそれは確信めいたものに変わってくる。心なしか妖気的なものも蔓延しているような感じもする。

「明日からはきっと何も起こらなくなるわ。」

「何言ってるんだ?」

「女の勘!あんたも悲観している暇があるなら、宇宙の果てでも考えてたほうが有意義よ。よし!じゃあ今日はこれでおわり!」

 あたしは一方的に告げて家に帰る。帰り道ずっと鬼塚が抗議していたが、聞き流していたらやがて黙ってしまった。今日の夜は長い。

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