File9 そうだ、京都に行こう♯11
「おのれ小ムスメェェェェ!!」
「こんな姿になってまで龍神を殺したいわけ?!」
江利は突風を吹かせ、その勢いに体を乗せて邪龍の爪を振り払った。
祟り神って実写化したらこんな感じだったのだろうか。半分に一刀両断された7つ頭の龍は、分かれた胴体を粗い縫い目で繋ぎ合わせていた。縫い目を観察……、するんじゃなかった。
「なんだアレ?!気持ち悪っ!」
「さしずめ邪龍といったところか。切断面をそこら辺の怨霊を掻き集めてきて縫ったんだな。」
蛇が冷静に分析する。よく直視できるな。蛇が言ったとおり縫い目がウゴウゴしている。おまけに全身目玉がギョロギョロしているし。
突然謎の青年がしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?!」
「僕は、君達を。そんなになるまで追い詰めていたんだね。」
青年の体から黒い霧みたいなのが溢れ出している。凄く嫌な気配。
「小僧。無闇に近づくな。瘴気に当てられるぞ。」
狐は再び九尾の姿になった。
「信仰というのは哀れだな。」
「九尾さんは手厳しいね。」
「あの小娘では歯が立たんぞ。伏見の狐共でも相手になるかどうか。」
視線を向ける先には邪龍と戦う江利がいた。小さな体に木の枝1本で化け物と渡り合っている。だけどちょっと様子がおかしい。狐の制止も聞かずに俺は江利の背後に周り、服をグイッと引っ張った。
「江利!」
「わっ!」
江利が立っていた場所にドシンと邪龍が飛び降りた。危うく踏み潰されるところだった。
「もしかして見えてないの?」
俺は江利を背中に乗せる。
「全くってわけじゃないんだけど、ゲームのバグみたいに一瞬姿が見えなくなるの。これ系統の感知は苦手なのよね。」
「じゃあ俺が目に……」
邪龍に取り込まれている怨霊と目が合った。ピタリと体が固まる。
「翔瑠君がいれば百人力よ!」
「や、ややや、やっぱり無理!怖い!気持ち悪い!夢に出てきそう!」
咄嗟に目を瞑ってしまった。もう直視できない。
「えっ?!ちょ、ちょっと!瘴気放射する気だ!避けて!」
逆に江利が目になってくれた。気配だけでなんとか躱す。
「落ち着いて!よーく見てみなよ!」
「見れるわけないだろう!7つ頭ってだけで気持ち悪いのに、なんだよあの蛆虫!!」
正直さっきも気持ち悪かった。胴体が1つしかないのに、それぞれが言葉を話す時点で生理的に受け付けなかった。それでも我慢した。でもこれ以上は限界だった。
「1回だけ!ね!1回!落ち着いて!」
江利が頭を撫でてきた。
「そ、そこまで言うなら。」
恐る恐る目を開ける。相変わらず7つ頭だし、全身蠢いているし京都の街を放置して逃げ出したくなる。こんなのを倒さなくちゃいけないのか。
「やっぱ無理だって!」
「ほんとによく見た?!メドゥーサよりマシじゃないかしら?」
「どっちも一緒だ!!」
江利は再び木の枝を横にして、化け物の爪を受け止めた。化け物の重量が一気にのしかかる。こんなのに耐えていたのか。潰されないように4本足に力を込める。
「……んぐ!これ……!!」
「あ!ふ、太ったからじゃないからね!これでもあたし去年より1キロしか……」
「わぁーてるよ!」
江利は突風を吹かせて振り払う。と、邪龍は大きな翼を広げバタバタと仰いだ。それだけだった。なのにハリケーン並みの風が起こり俺と江利は吹っ飛ばされる。おまけに取り込んでいた怨霊まで雨のように体に降り掛かってきた。
「熱い……。なんだこれ……。」
体が燃えるように熱い。
「無茶をしおって。だから近づくなと。何百年何千年と地獄の炎を浴びてきたモノ共なのだからこうなるのも当たり前だ。」
狐が駆け寄ってきてくれてしっぽで怨霊を振り払った。
「このままでは焼け死ぬぞ。」
「江利、江利は?!」
数十メートル先に江利はいた。既に半身は怨霊に覆われ、皮膚は焼け爛れ始めている。それでも、なお、江利は立ち上がる。
「江利!!」
邪龍は江利の頭上に再び鋭い爪をかざした。
「あたしが死んだって、あんた達は神にはなれない!誰にも信仰されないで朽ち果てればいいわ!人間を、舐めるなよ!!」
爪が振り下ろされる。このままでは、江利が……
「その威勢の良さは君のいいところだけど、最大の欠点でもあるね。寿命を自ら削るものでは無いよ。」
江利を突き飛ばした青年の腕は、胴体から切り離され、宙を舞う。飛び散る鮮やかな赤黒い液体は、江利の頬を濡らした。
「お兄さん……!!なんで……?」
「僕に構うな。江利ちゃん、逃げるんだ。」
「何言ってんの!早く、手当しないと!」
江利は青年を肩に担ぐ。立ち上がることもままならない。無情にも邪龍は、次の攻撃の体勢になる。500年前の悪夢が蘇る。
邪神の生贄にされて絶望に染まる百合さん
漸く見つけた逸材だというのに我の邪魔をする人間にも妖怪にもなれぬ出来損ない。
ピクリとも動かず、血だらけで地面に伏せる百合さん
姫はついぞ我のものにならなかった。妖怪使いで代用したが、姫ほどの器にはならなかった。
『江利がまた我の手から離れていく。また出来損ないに奪われる。』
させぬ。二度も我の者を奪わせてなるものか。指一本触れさせてなるものか。
「消えろ。」




