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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校二年生編
64/75

File9 そうだ、京都に行こう♯3

 カタン、とししおどしの音が和室に響き渡る。正座に慣れていない俺は、そろそろ足が痺れてきた。どうしてこんなったんだと頭の中は疑問符でいっぱいだ。目の前の老人は歴戦の猛者のようなオーラを漂わせ、警戒心むき出しでこちらをじっと見据えている。

 あぁ、どうしてこんなことになったのだろう。俺は30分前の出来事を思い出す。


 車を走らせること10分、由緒正しき和風の大豪邸の前で車は止まった。高級そうな木札には『貴船』と書かれている。

『もう着いたの?』

 江利は大豪邸をキョロキョロ見回す。

『鬼塚さん、降りてください。』

『え?俺だけ?』

『いいから!人が出てくる前に!』

 そう言われるやいなや俺は後ろの座席から無理やり引っ張られ、車の外に追い出された。そしてKは投げるようにすけさんに押し付けられていた紙袋を俺に渡した。

『後ろに忘れてます。これ、貴船(きふね)さんの好物なんです。インターホンそこです。車が発進したら押してください。あなたが伝えるべきことは一言。”お孫さんを研究室にください“。』

『は?』

『ちょっと翔瑠君に何させるつもりなのよ!』

 江利は車の中で暴れ出した。俺はもうわけがわからない。

『ご武運を。』

『こらぁ!窓閉めるな!おい!!』

 そして車は颯爽と走り出した。俺は車がいなくなるまで立ち尽くすことしかできなかった。修学旅行でバスに置いてけぼりにされたときの気持ちはこんな感じなのだろうか。

『こちらに何か御用でしょうか?』

『うわぁ!』

 急に声を掛けられたものだから驚いて一歩後ずさってしまった。門はいつの間にか開かれており、仲居のような格好をした女性が立っていた。俺はどう答えようかしどろもどろになっていると、

『大旦那様のお客様でしょうか?』

助け舟を出してくれた。

『そ、そうです!』

 大旦那様が誰なのか知らないが、取り敢えず肯定しておいた。どうやらここを仕切っているのは爺さんらしいし、きっと家でそれなりの地位がある人のはずだ。

『……ではこちらに。』

 女性は怪しんでいたが、何も聞かずに大旦那様のところへ案内してくれた。そして現在に至る。


「こ、これ、茨城のお土産です。つまらないものですが。」

「つまらないものを客人に渡すのか?」

 ねちっこい姑のような物言いに思わずイラッとしてしまう。だいたい『つまらないもの』というのは、『あなた様よりもつまらないものですが。』という意味であって、本当につまらないものでは無い。むしろ『こんなあなたよりも面白いものですよ。』と言う方が大問題だと土御門先生が言っていた。

「……これだから教養のない大人は。」

 心の内に留めようとしたのに、思わず口に出してしまった。爺さんの耳にもとうぜん届いたようでますます眉間に皺を寄せる。江利に会ってからというものの、最近素直になりすぎてきている気がしてならない。

「それで?貴様はいつまでしおらしい男児の振りをしているつもりだ。」

 いつまでもなにもずっとこの調子だが。

「僕は、研究室に置いていかれて……」

「貴様の今の根城などどうでも良い。1000年前は貴様の思うがままであったが、この1000年で子孫達も力を取り戻しつつある。前回のように我らがやられるだけだと思うな。」

 人の話を聞かない爺さんだな。しかも一体何の話をしているのか。もはや取り繕うのも面倒になった俺は、車の中でKが言っていたことをそのまま伝えた。

「掟破りの娘さんを助けに来ました。研究室までご同行願います。」

 爺さんは一瞬動揺した素振りを見せた。『同行』という表現は不味かっただろうか。

「貴様、私の孫にまで手を出すつもりか?水沢百合の子孫をまたも籠絡していると聞き及んでいたが。」

 今度は逆に俺の眉間に皺が寄る。

「籠絡なんかしてない!江利のほうが先に声をかけてきたんだ!……好きになったのは俺だけど。」

「……貴様、よく見なくともただの男児か。数々の一族を根絶やしにしてきた邪神も堕ちたものだな。厳戒態勢にして損をした。お前たち、下がって良い。」

 爺さんはそう言うと、襖で仕切られている隣の和室から人が出ていく音がした。まさか囲まれていたとは思いもしなかった。

「研究室も手の込んだことを。我らの宿敵をわざわざ送り込んでくるとはな。奴らも本気ということか。」

「あの、俺の先祖が何かご迷惑を?」

「迷惑だと!迷惑どころの話ではない!」

 至近距離で怒鳴られ耳がキーンとする。

「1000年前、貴様の愚かな先祖は儂ら龍の一族を壊滅の一歩手前まで追い込んだ!龍神様が天から降りてこなければどうなっていたことか!お陰で龍神様は天に帰る術を失い、1000年間下界に留まったままだ!」

「俺の先祖は500年前に現れて死にましたけど。」

「あの程度の中途半端な若造に、儂ら誇り高き龍の一族が負けるわけがあるか!神のなり損ないのほうだ!」

 一頻り吠えた後、ぜぇはぁ、ぜぇはぁと爺さんは息を切らしている。

「誰が来ようと我々の答えは変わらない。研究室に孫はやらぬ。」

「夫婦を助ける手段があるんですか?」

「ない。」

 きっぱりと爺さんは断言した。

「龍の一族にとって掟は絶対。この掟で我々は龍の血を絶やさず生き残ってきた。あの者達が掟を破ったのであれば、相応の罰を受け、償わなければならない。」

「じゃあなんでその夫婦の子どもを匿っているんですか?罪人の子どももまた罪人というのが龍の一族の取り決めですよね?」

 いくら一族を守るためとはいえ酷い話だ。

「……儂はもう疲れたのだ。親のせいで、罪を被ってきた幼子を何人も見てきた。儂も若い頃は率先して賛成していた。それが我らの発展と思い込んで。いつからだろうか。掟に疑問を持ち始めたのは。龍神様を疑うこと自体が罪だと言うのに、儂は分からなくなってしまった。」

「でも、なんで夫婦は危険を犯してまで龍を殺したんですか?」

「並々ならぬ事情があったのであろう。あの2人が無意味に龍を手に掛けるとは思えん。だが、そうだとしても、龍神様の使いである龍に危害を加えるということは反逆の証。あってはならぬことなのだ。

 もう十分付き合っただろう。帰ってくれ。そして二度と来ないでくれ。」

「また明日来ます。」

「来るなと言っている!」

「俺、研究室に入ってまだ日が浅いですけど、あそこは貴船さんやお孫さんみたいな人を救うために出来たんだと思うんです。あなたが首を縦に振るだけで、研究室は全力であなたの大切な人達を護ります。一晩、考えておいてください。お茶、ありがとうございました。」

 そして俺は痺れきった足をなんともないというふうを装って和室から出た。すると今度は仲居さんの格好をした男が部屋の前で待ち構えていた。学生のようだ。

「やっとお暇ですか。ではこちらへ。」

 そして追い返されるように屋敷から出された。俺が門の外に出ると男はキッと俺のほうを睨みつけてきた。

「時雨は渡さねえからな。次来たら、お前の命は無いと思え。」

 捨て台詞を吐いてそして俺に目もくれずに門を態とらしく音を立てて閉めてしまった。爺さんに明日来ると言ったものの明日には命がないかもしれない。

 呆然としていると目の前に人の形をしている紙が目の前に現れた。紙人形には文字が書かれていた。

『お疲れ様でした。旅館まで案内します。』

 俺が読み終えたのを確認すると紙人形はすーっとこちらが追いついているか確認もせずに、さっさと行ってしまった。

「おい待てって!」

 俺は痺れる足をなんとか動かして紙人形に着いていった。

 余談ですが、爺さんは『つまらないものですが。』の本来の意味を知っていて嫌がらせであえてあの発言をしています。鬼君の教養を試したのです。いじわる爺さんです。

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