File8 初めてのお使い#10
心臓が止まりかけながらもコンビ発足の合格を告げられたあたし達は、報告のために研究所の茨城支部に連れていかれることになった。
「俺達は支部長に挨拶して来るから、F男とQ子に会いに行くといい。」
と言われすけさんと桃原とは別行動することになった。
「江利さんに鬼塚さん!お久しぶりです!」
相変わらず元気に挨拶してくれたのは姐さんだった。両手にはダンボールが抱えられていた。
「姐さん久しぶり。」
「随分な大荷物だな。持つよ。」
翔瑠君は大きなダンボール箱を易々と持ち上げた。
「ありがとうございます。トラックまでお願いします。」
あたしも床に置いていたなるべく軽そうなダンボールを持つ。
「ごめんなさいバタバタしてしまって、ご挨拶にも行けず。すけさんから説明があったはずですが、この度東京に戻ることになりまして。」
「エリート街道まっしぐらね。そのせいであたしは桃原と組まされることになったわ。」
「桃原さん、不思議な方ですよね。残念美人というか。鬼塚さんそういう人好きですよね。」
「もっと変なのがタイプです。」
「あ〜。」
なんで2人してあたしのほうを見るんだ。建物の前に止められたトラックの中にダンボールを入れる。トラックの荷台にはエージェントがダンボールの数を確認していた。
「先輩〜。江利さんと鬼塚さんが来ましたよ。江利さんは桃原さんとの試験に合格しましたって。」
「おめでとうございます。……と言うべきなのでしょうか?私自身彼女と試験に合格してコンビを組むことになりましたからね。」
「おめでたいことじゃないですか!先輩は私とじゃ不満ですか!」
『はい』の言葉をエージェントが飲み込んだのが分かった。
「合格したとなれば江利さんも研究室の立派な戦力です。危険なこともあるでしょうが、鬼塚さんや桃原さんと協力して困難を乗り越えてください。陰ながら応援しております。」
「「はい!」」
一生のお別れみたいなことを言われ、自然といい返事が出てしまった。
「もう!東京に来ればいつでも会えるんですから、そんなお別れみたいなことを言わないでくださいよ。江利さんはいとこも霞ヶ関にいるんですから、会った時気まずくなっちゃいますよ。」
「貴女が軽すぎるんです!出会いも別れも大事にすべきですよ。」
はいはいと姐さんは軽くあしらう。このやり取りがもう見られなくなるのは少し寂しい気持ちもある。感傷に浸っていると後ろからドンッと抱きつかれた。
「戻ったぞ!!」
戻ってこなくていいのに。
「F男とQ子!東京に行っても元気でな!」
「桃原さんも、江利さんと頑張ってくださいね。あとすけさんの影響をあんまり受けないように。」
姐さんもすけさんのことを懸念していたらしい。この失礼な態度といいもう既に手遅れな気もするが。
「おう。異動は明日だっけか。」
遅れてすけさんもやって来た。
「そうです。無理を言って伸ばしてもらってしまいました。」
「すけさん、この土地のことお願いしますね。」
姐さんとエージェントは頭を下げた。
「ま、東京よりは楽だがな。怨念や恐怖ってのは人の数だけあるからな。お前らも気をつけろよ。」
あたし達は姐さんとエージェントに別れを告げ、建物の中に戻った。
「そういえば、えと、江利。」
桃原が両手の人差し指をちょんちょんとしてモジモジする。
「呼び方だが、『桃原さん』っていうのやめないか?」
「あんたが先輩風吹かしてきたんでしょ。手のひら返しも早すぎるわ。」
「数時間前の私はどうかしていた。だから、もうちょっと距離を縮めてくれないか?」
「じゃ、桃原。」
「苗字はちょっと。」
「恭子。」
「江利に呼び捨てにされると蔑ろにされている気分になる。」
「勝手な奴ね。じゃ、赤髪。」
「身体的特徴も嫌だ!」
「んもー、めんどくさい奴ね。じゃあタオは?」
「タオ?」
「桃は中国語でタオと言うらしいわ。」
漫画の情報だが黙っておくことにする。
「タオ……。タオか。鬼塚のことは何と呼んでいるんだ。」
「翔瑠君。」
改めて聞かれると恥ずかしい。
「なら私も『ちゃん』付けがいい!」
「ま、気が向いたらね。」
「私も『江利ちゃん』と呼ぶから!」
お姉ちゃんとお兄ちゃん達の怒った顔が脳裏をよぎる。それだけでぶるぶると全身が震えた。
「それはやめて。怒られている気がする。」
「じゃあ江利だ。よろしくな!」
日陰者には眩しいくらいの笑顔を貼り付けて桃原改めタオちゃんは手を差し出し、握手を求めてきた。あたしもそれに答える。
「叱る時は江利ちゃんと呼べばいいのか……。」
翔瑠君に余計な知識を与えてしまった。
「あと1人加入すればいいな。こういうのは3人と相場が決まっている。」
「白、赤とくれば青よね。テレポーターがいいわね。」
サイコメトラーがいないのが残念だが。
「白と赤なら黒だろ。」
「縁起でもないからやめろ。案外黄色がいいんじゃないか。」
「絶対青だよ。可憐だし、子どもだし。2人とも……」
知らないのと言いかけて飲み込んだ。非オタの反応2人分は致死量だ。後でユウキと消化しよう。
「あー、そういえば。」
あたし達のやり取りを無視していたすけさんが立ち止まる。
「お前らゴールデンウィークは京都な。」
「「「えっ?」」」
突然の旅行宣言に3人の声がハモった。しかし重大発表はまだまだあった。
「龍の子孫に逢いに行く。」
「「「え〜〜!!」」」
翌月曜日。部員全員の俳句を提出したと結束から聞かされ、部活動の途中で帰ったことを言い訳しようと職員室を訪れた。土御門先生は既に出勤していて、ブラックコーヒーを飲みながら、金曜日に提出した俳句の細長い紙を眺めていた。
「先生。」
「水沢さん。金曜日は用事があったみたいですね。間に合いましたか?」
「はい、ちゃんと。俳句は結束君が提出してくれたようですね。」
「全員分、きちっと受け取りました。皆さん季語も忘れずに書いていますね。では提出していただいたものでコンクールにエントリーできます。」
並べられていた俳句の紙を眺める。結束と御書のようだ。そういえばあの2人はどんな句を書いたのだろう。先生はあたしの視線に気がついて少し避けてくれた。結束は吹奏楽部のことを詠んだようで、
『春の空 息を合わせて 大行進』
御書は文芸部のことを詠み、
『ペン先に 芽吹く想いと 初桜』
と書かれていた。
「俳句も悪くないでしょう。」
「そうかもしれませんね。今度は何させる気ですか?」
「ちょっとヤな言い方。そうですね、百人一首のカルタもいいのではないかと。定番ですし。」
「上の句だけ読んで、下の句を探すやつですか?覚えきれないですよ。」
あたし達がカルタ大会なんて開いたらきっとすべて読み終わるまで膠着状態が続くという盛り上がりに欠ける競技が誕生する。
「協力し合えば覚えられますよ。大会も初心者枠がありますからね。」
初心者といったって大会に参加するくらいだから100首中20首は覚えているはずだ。100首あるのか知らないけども。
「水沢さん、ちょっとお聞きしたいことがあったのですが。」
「改まって何です?」
「歳の離れたお兄さんか、水沢さんによく似た親戚の男性はいますか?」
「いとことか?あたし1人っ子だから上はいませんよ。」
「親戚の方は皆さん瞳が青いんですか?」
「いやぁ。」
この青い目は育児放棄したあのクズ譲りだ。あたしはこの目が嫌いだ。ふとした時に鏡の中に写る自分の瞳を見るとクズの顔がチラつくから。考えれば考えるほど表情が険しくなっていっていく。
「他人の空似だったんでしょうか。私が今の水沢さんと同じくらいか少し下の歳だったときに出会ったんです。命の恩人ですよ。顔を忘れてしまっていたのですが、水沢さんを見て思い出しましてね。もしかしたらと。うん、忘れてください。」
「……いつか会えるといいですね。」
「ありがとうございます。ではまた授業で。」
あたしは軽く会釈をして教室に戻った。ゴールデンウィーク直前の学校は授業そっちのけでどこか浮き足立っていた。
続く!
物語の中で文芸部が俳句物語を作成していますが、1人だけAIに作成させたものがあります。それは誰のでしょうか?正解はFile10(来月更新“予定“)で!
ストック尽きたので投稿遅くなります。




