File8 初めてのお使い#8
「そう。あんたは足止めくらいでいいわ。落とせなかったら死刑だから。風に乗せて叩きつけてあげるわ。」
「更に追い詰めるようなこと言うなよ!」
「じゃあ上手くやんなさい。あたしは早く帰りたいんだから。」
「おい待て!」
引き止める桃原恭子を無視して、あたしは人型の化け物の前に出る。目や鼻だけじゃない、耳もない。だがあたしの気配を察知したということはやはり妖力感知がピカイチらしい。呻き声をあげながら、走ってこちらに向かってくる。
「この分だと脳みそもなさそうね。このまま手の鳴る方へ来なさい!って、そんな機能ないか。」
後ろから着いてくることを確認して、あたしは桃原恭子の場所に誘導する。生への執着はかつて首を晒された者達の怨念がそうさせているのか。
赤色の髪が見えてきた。あともう少しだ。しかし次の瞬間、どぉーんと凄い地響きがした。振動で体が少し浮き、バランスを崩して地面に倒れ込む。
「江利!」
「嘘でしょ!こんなの聞いてない!」
振り返ると巨大な真っ黒い物体が立っていた。踏み潰された人型の化け物は暴れ回っている。煩わしそうに巨大な化け物はガブリとそれを首から喰った。ムシャムシャと生々しい咀嚼音だけが響き渡る。
化け物を喰う化け物はかなりまずい。この手の輩は喰った後も、執拗に捕食した人間だった物に苦痛を与え続ける。死んでも死にきれないというのはまさにこのことだ。
「桃原さん、なるべく全速力で逃げて。」
「江利はどうするんだ!」
「時間稼ぎ。運が良ければ才能開花で勝てるんじゃないかな。そんときはあんたが逃げたってことであたし1人で帰るから。」
軽口を叩けるくらいにはまだ余裕があるらしい。自分に呆れるが、こうやって乗り越えてきた。
「早く走って!」
様子を伺っていた化け物は、あたしが動かないことが分かると一体この図体でどうなっているんだというスピードで突進してきた。今日は木刀を持参してきていないので想像力もいつもの調子が出ない。あるのは気力だけだ。
「なんとかやるっきゃない!」
あたしは全気力を左手に集める。するとどこからともなく突風が吹いた。実は詠唱しなくても風を吹かせるというのは最近知った。
化け物は予想外の攻撃に一瞬怯んだが、すぐ順応すると追いかけっこが再開した。あたしは砂埃を竜巻のようにさせ目眩しをしながら化け物と一定の距離を保つ。
よくよく考えてみなくてもあたしの体力が尽きるのが先ではなかろうか。実際じわじわと化け物との距離が縮まってきている。ピンチかに思われた時、
「江〜利〜! 」
「桃原さん?!」
逃げたはずの桃原が戻ってきた。折角あたしが時間を稼いだというのに。
「どういうつもりよ!このあたしが珍しく助けてあげたのに!」
「こんなことで助けてもらっても嬉しくないぞ!あとそこら辺の枝を折ってきた。」
桃原は何の変哲もない木の枝を前に出した。
「木刀がないと上手く操れないんだろう。これならある程度まともに戦える。」
「ちょうど良かったわ。これなら使えそうね。」
あたしはありがたく枝を受け取る。軽く素振りをする。即席の武器の割にはサイズも重さもベストフィットだ。
「それで、こいつを倒せばいいんだな。」
「倒せるならの話だけどね。」
「あれ?見ないうちに弱ってきたんじゃないか?」
「そうかしら?風で目眩ししてただけよ。」
「よし!私の出番だな!」
桃原は自信を取り戻したのか、またえへんと胸を張っている。そして鞄の中を漁り、でんでん太鼓を取り出した。
「赤ちゃんでもあやすつもり?ふざけてんの?」
「ふざけてない!江利の木刀と一緒だ!太鼓がないと雷があちこちに落ちてしまう。」
だからってでんでん太鼓って小さい子じゃないんだから。もっと笛とか小鼓とか伝統芸っぽいのは無かったのか。
「江利の風と私の雷。嵐を巻き起こせる気がしないか?」
「雨が足りないけれど。」
「そんなの募集すればいいさ。それに今日の敵は2人だけで十分だ。」
「人型でも無理だって言ってなかった?そいつ喰ったヤツよこいつは。」
「私達の敵じゃないさ!」
一体どこから自信が漲ってくるのか教えてほしい。
「絶対、一緒に帰ろう。」
「あんたを置いていってでも帰るわよ。」
「そこは、一緒に頑張ろうね。でしょう!」
あたしと桃原は背中合わせになる。特撮やヒーローのアニメでよくやるポーズ。たったそれだけなのに何故だか自分が最強になったような気持ちがするので不思議なものだ。
桃原はでんでん太鼓を持つ腕を空高く掲げ、ポンポンポンと鳴らし続けるとたちまち夜空を雷雲が覆う。遠くのほうから雷鳴も聞こえてきた。
あたしもそれに合わせてそっと目を閉じ、木の枝に命を吹き込むように力を込める。あたしの長い髪を風がふわりと通り過ぎていく。どちらからともなく手を繋ぐ。桃原の手は少し冷たく、震えていた。怖い中枝まで探して急いで戻ってきたのか。バカな奴。だがお陰でなんとかなりそうなのだから感謝しなくてはならないかもしれない。
互いの集中力が頂点に達したとき、カッと目を見開き巨大な化け物を視界に捕らえ、持っていた枝を化け物の心臓らへんに翳す。空から1本柱のような雷が化け物目掛けて落ち、雷のけたたましい音を掻き消すように巨大な竜巻が呻き声をあげて化け物の体を攫う。雷と竜巻はやがて混ざり合い、竜巻の中で稲光が絶え間なく走っている。それは周囲を次から次へと巻き込み、竜巻が過ぎ去る頃には、あたし達以外も残っていなかった。
「倒した?」
「まさかあんな化け物まで倒せるとはね。ちょっとびっくり。」
「だけど私達、帰れなくなってないか?」
あの竜巻で出口まで吹き飛ばしてしまった気がする。
「まあ、大丈夫じゃないかしら?ちょっと手を貸して。」
桃原は訝しんでいたが、意を決したように手を差し出してきた。あたしも同じく手を握る。願いを込めて。




