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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校二年生編
49/75

File7.5 要注意団体♯2

 部室の扉をガチャっと開けると人がいた。名前は確か、

「転校生の一ノ瀬、だっけ?」

「貴方とは初めましてですね。一ノ瀬匠海と申します。5組の、鬼塚さんですよね?」

 噂通り好青年という言葉が似合う少年だ。

「そう。鬼塚翔瑠。」

「こんな時間にどうしたんですか?」

「江利が失くし物をしたと言っていたから、代わりに探しに来た。」

「わざわざ?」

 まるでこちらのことを探っているようないいぶりだ。

「世話になってるから。」

 別に隠すようなことでもないが、あっさり答えるのは癪なので少し誤魔化すことにした。

「そうですか。」

 一ノ瀬はふふっと含み笑いをする。ふと左手に目がいった。緩く結んでいて、まるで何かを持っているような。

「なぁ、その左手、」

「おや?疑っているんですか?何も持ってませんよ?」

 一ノ瀬はそう言いながら、少し強く左の拳を握る。ますます怪しい。

「じゃあ見せてくれないか?」

「僕は盗ってませんよ?」

「いいから。」

 一ノ瀬は肩をすくめると、左の手のひらを俺の前に差し出した。手の中にあったのは、

「……人?」

「小人、或いは妖精の類でしょう。流石妖怪遣いの子孫ですね。」

 手の中にいる妖精らしきものは怯えて一ノ瀬の手から逃れようとするが、地面からかけ離れていることに今更気がついたらしく結局一ノ瀬の手のひらの真ん中で自分の行く末を祈ることしかできなくなった。

「水沢さんは妖力探知が苦手なようで、この物達の存在に気が付いていませんでした。今回の窃盗事件の真犯人ですよ。」

 あまりにも自然な物言いだったからさらりと受け流すところだった。思い出されるのは怪奇悪用共依存協会の奴に初めて会ったときの出来事。俺は平常心を装う。

「お前、協会の人間か?」

「全く違いますね。僕の組織と怪異共存協会とは意見が合いませんから」

「じゃあなんだ。」

 俺は警戒心を一層強くする。万が一のときは超大型犬でこいつを仕留めるまでだ。

「そんなに警戒しないでください。研究室は僕達のことを水沢さんや鬼塚さんに伝えていないのですね。脅威ではないと判断しているのでしょうか。まぁ、協会と比べたらまだ穏健派ですからね。」

「何を企んでいる?」

「基本は研究室と同じ、この国の存続を目的としています。協会を初めとする要注意団体の台頭により、再び怪異の脅威に晒されつつあるこの国を護るために活動しています。

 ですが、研究室のやり方では何も守れない。研究室の方針に反対して出来たのが、僕達の組織です。」

 研究室からは内部分裂したことがあるなど聞いたこともない。これも極秘事項なのだろうか。

「少々長くなりますので、お茶淹れますね。」

 どことなく協会と似た胡散臭さを漂わせる一ノ瀬は小さな冷蔵庫の中からお茶を取り出し、紙コップに注ぎ、向かいの椅子に手を向ける。座れということらしい。俺は大人しく従う。

「一般人の目に触れることなく怪奇現象を解明し、それに対処する。研究室はそれが最善だと思っています。」

 妖怪や幽霊などの怪奇現象は、人間の不安や恐怖などの負の感情から生み出されると研究室から教わった。一般人に余計な恐怖を与えてしまうと、怪奇現象を助長しかねない。だから研究室の作戦は秘密裏に行われている。

「ですが、我々は違う。一人一人が怪異の存在を理解し、向き合うことで初めて平穏が保たれると思っています。」

「協会の奴も似たようなことを言っていたぞ。」

「彼らはただ怪異を認識させ、恐怖を植え付けることで支配しようとしているだけですから。虐げられた者達の復讐か知りませんが、はた迷惑な組織です。」

 一ノ瀬は忌々しいと言いたげだ。

「研究室から既に教わってるかと思いますが、今や科学の発展で心霊現象の数々は人の勘違いや偶然が重なり引き起こされていると解明されています。墓場の人魂なる人骨の自然発火が最たる例ですよね。」

 何百年も前の日本は土葬が主流だった。そして土と埋められた遺体に含まれているリンが化学反応を起こして自然発火をしたのが人魂の正体ではないか、と理科の宮本が言っていた。リンの説明ならクラスで一番に答えられると思う。

「それが故に、より一層怪奇と人々の生活はかけ離れたものになり、人々が怪奇と直面したとき更に強い恐怖心を抱くのです。そしてそれが負のエネルギーとなり存在しないはずのものが生み出される。」

 今の時代、人魂が発見されたら大騒ぎだ。それは山に埋められた誰にも知られていない事件かもしれないし、何も埋まってなかったらそれこそ怪奇現象だ。

「そこで怪異の存在を人々に認知させ、怪奇の存在を非現実的なものではなく、現実的なものであると認識させるのが我々の目標です。」

「そんな簡単に行くもんか?」

「影響は未知数です。だからといっていつまでも隠しているわけにはいかないでしょう。現に水沢さんが解決してきた事件の真相には無理があります。」

 確かに鎌鼬の件も野良猫のせいにしていたが、怪しいと思って問い詰めたのだった。パンダにならないために自分の正体を必死に隠していた当時の江利には可哀想なことをしたと反省している。

「江利のこと、どこまで知っている?」

「冷淡なように見えて、実はとてもお人好しで笑顔が愛らしい方であることは。」

 やっぱりここで仕留めるか。

「ふふっ、冗談です。鎌鼬が犯人だったことも、昨年貴方がビルを倒壊させたことも、荒崎猟史が夜な夜な悪魔相手に殺人を繰り返していたのも知っていますよ。」

 研究室が関わっている事件は全てお見通しのようだ。

「江利をどうするつもりなんだ。」

「引き抜き、と言いたいところですが、研究室に()()()がいる限りそれも無理でしょう。せめて邪魔をしないでいただきたい。僕がここに転校してきた理由の一つです。」

「俺が研究室に通報するとか考えないのか?」

「貴方は水沢さんが研究室に所属しているから協力しているに過ぎないのでしょう。研究室でなくとも水沢さんが協会側に付いたら、貴方は必ずそちら側に付く。少し困った事態になりますが。」

 単純な奴だと小馬鹿にされている気がしてならない。

「それに、万が一僕達の組織の脅威になろうというならば、研究室や要注意団体の活動を公にします。水沢さんもさぞ困ることでしょう。もしかしたら、」

 一ノ瀬は言葉を区切りにこりと笑う。

「パンダになってしまうかも。」

「そんなことまで知ってるのかよ。お前、実はストーカーなんじゃないか。」

「ご自分で言っていましたよ。パンダが苦手と。なかなか可愛いところもありますよね。見世物にされるという点では、あながち間違いではないかもしれせんが。」

「石はお前が盗んだのか?」

「あぁ、あれが目的だったのですね。そんな強引なことしませんよ。怪奇を使うのであれば明確な命令をしてほしいものです。」

 一ノ瀬は手のひらの小人をつつく。小人の震えは尋常ではない。俺達のことを巨人だと思っているのだろうか。

「さっき窃盗事件の犯人だと言っていたよな。」

「この物達は水沢さんを解析するために送り込まれたのです。

 ですが、自由奔放な生き物ですから細かく指示をしないと自由行動をし始めるのですよ。本能的に住処を作ろうとしていたのでしょう。

 手芸部の彼の前に横断幕が落ちていたのもこの物達が持ち運んでいる途中だったからです。水沢さんの石を盗んだのはこの物達の操り主です。美術室にいますよ。」

「お前の親玉か。」

「面白い冗談ですね。敵対組織ですよ。気を付けてください、彼女の裏には巨大な組織がいますから。」

「それでは僕は電車の時間なので。」と、一ノ瀬は席から立ち上がり自分と俺の紙コップをゴミ箱に捨てた。まさか電車の待ち時間稼ぎに俺を使ったんじゃないだろうな。

 出ていく直前、笑顔で振り返り、

「水沢さんを狙う組織はいくつもあります。信仰心が薄れた現代に、あれ程までの妖力は異常と表現する他ありません。せいぜい盗られないように、頑張ってくださいね。」

と、人の不安を煽るような言葉を残し、部室から出ていった。無くし物がこんなことに発展するとは。今すぐにでも、江利に会いたかったが、まだ校内に要注意団体が潜伏しているとなれば野放しにするわけにもいかない。俺は意を決して美術室へ足を運んだ。

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