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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校二年生編
45/75

File7 第一回文芸部活動#3

「じゃあ今から1時間後、部室に集合ってことで。荒崎、さぼんじゃないわよ。」

「お前に言われたくねぇよ。」

 厳正なくじ引きの結果、中の部活をあたしと一ノ瀬君、外の部活を荒崎、結束、御書が見て回ることになった。外メンバーは少し不安が残るが、結束がいるからなんとかなるだろう。外メンバーが校舎の外に行ったのを確認し、

「では我々も行きましょうか。」

と正真正銘の爽やか転校生一ノ瀬君が言った。

「そうね。まずは体育館に行きましょう。」

 手がかりがない以上、体育館倉庫をまずは調べる必要がある。あたしと一ノ瀬君は体育館に向かった。

「でも意外でした。」

「なにが?」

「てっきり水沢さんは断ると。転校前にこの学校には冷血無慈悲な女子中学生、白い悪魔がいると聞いていましたから。」

「誰よそんなこと言った奴。噂は所詮噂でしかないのよ。」

「僕もそう思います。」

 一ノ瀬君は笑う。言動の節々が上品な雰囲気を纏っている。だが誰にでも敬語で話しているところを見ると、他人と少し一線を引いているような気がする。だからあたしもなんとなく距離を取ってしまう。

「あとこんな噂も流れてきました。水沢さんがこれまで解決してきた事件は、実は妖怪など所謂怪奇の類ではないかと。」

 お兄ちゃんがあれだけ大々的に取り上げたのだから、疑われるのは当然だ。こんなこともあろうかと一応台詞を用意してある。

「怪奇も何も記事のとおりよ。さっきも言ったでしょう。幽霊とか悪霊とか、散々騒いだところで真相は大したことはないものよ。切り裂き事件の犯人はただの野良猫だったし、連続死体事件も近所の悪ガキが赤い塗料をぶち撒けて、ネットから拾った女の悲鳴を聞かせてただけだし。」

 次の日には跡形もなくなる塗料ってなんだと言われたら困ってしまうが、大抵の人はここで興味を無くす。

「やはり記事の通りだったんですね。では今回の事件はどうお考えですか?」

「ネズミあたりがどっかに隠したんじゃない?」

「ふふ。ありえますね。」

 そうこうしているうちに体育館に辿り着いた。どの部も真面目に練習をしている。顧問かコーチが来たのかと思ったのか、何人かがこちらを見たが部外者だと分かると練習を続けた。

「よう!来たか。あれ、他の部員は?」

「外の部活を見に行ったわ。」

「あぁ、他の部も被害にあってるかもしれないしな。流石名探偵水沢江利。」

「その呼び方辞めて。今後も変なことに巻き込まれる可能性が高くなるでしょうが。」

 会ったことはないが言霊というものをあたしは一応信じている。冗談でも名探偵なんて渾名を付けられたら、事件の方から擦り寄ってくるようになるかもしれない。

「あー、はいはい。早川さん!早川さーん!」

「大声で叫ぶなよ。ただでさえ肩身が狭いんだから。」

「すんません。」

 委員長に呼ばれてやって来たのは少し背の高い男子生徒だった。他の部員がシューズで練習している中、この人だけは指定の中ズックを履いていた。側面に描かれている線が赤色ということはこの人は3年なのだろう。

 ちなみにこの学校の学年色は、今の3年が赤色、2年が青色、1年が緑色に振り分けられており、中ズックだけでなく制服に付けている名札もそれが反映されている。

「この人は早川さん。3年生でマネージャーをしている。んで、この2人がさっき言った文芸部部長の水沢と部員の一ノ瀬です。」

「横断幕を探してくれるんだって?って!水沢さんじゃないか!何の用だ!うちにあげるものなんてないぞ!」

「なんも盗らないわよ!」

 初対面だというのになんだこの人は。

「早川さんビビりすぎですって。よーく見てみてください。ほら、背の小さい可愛らしいJCでしょう。うちの1年みたいなもんですって。」

「小憎たらしい生意気な後輩にしか見えない。」

 ほんっとに失礼だなこいつら。

「小憎たらしい後輩はお呼びでなさそうなので帰ります。」

「待ってくれよ!約束したじゃないか!ほら早川さんも謝ってください。横断幕が無くて心を痛めているのは早川さんも一緒でしょう?」

「それはそうだけど。なんとかしてくれるのか?」

「微力ながら協力させていただきます。ですよね、水沢さん。」

 本当は帰ろうと思ったが、一ノ瀬君に言われてしまっては帰れない。

「あんまり過度な期待はしないでくださいよ。」

「探す人数は多いほうがいいしな……。二階堂がせっかく連れてきてくれたし。悪かったよ。倉庫を見に来たんだろ。こっちだ。」

 早川は渋々という様子であたし達を倉庫に案内した。委員長は「じゃ、あとよろしく」とだけ言ってまた練習に戻っていった。

 練習熱心なのか、面倒事を引き受けるのが嫌だけなのか分からないが、キャラの濃いクラスメイトによって薄まっているが、こいつも大変な人間という結果があたしの中で算出されている。

「横断幕はここにあったんだ。バスケ部と一緒に置いていたが、一緒に無くなった。」

 早川は倉庫の中の棚を指さす。そこには何も無い。

「あとこれがネットな。」

 床を指差す。そこには畳まれてはいるが、ネットが雑多に置かれていた。

「こんだけ雑に置いててよく無くなったと気が付きましたね。」

「部活終わりに数をちゃんと数えているからな。」

「二階堂さんからは倉庫に穴があいていると伺っていましたが。」

「それはこっちだ。」

 早川は跳び箱をずりずりと押し出す。跳び箱で隠れていた壁には委員長が言っていた以上に小さな穴が開いている。ネズミが1匹ようやく入れる大きさだ。

「これじゃあたしの腕も入らないわよ。どんだけ小さいと思ってんだか。」

「何故このようなところに穴が?」

「誰かがぶつけて開けたんじゃないか?いつからかは知らないけど3月の練習中にふと見たらこうなってた。おかげで虫が入ってきてうっとおしいのなんのって。」

 このくらいの大きさなら黒いヤツも侵入しかねない。岩手にいた頃はそんなもの1度も見たことがなかったから、初めて見た時は全身の毛が逆立った。新聞紙で潰しても死なないとかもはや怪奇の一種だろう。

「修理しないんですか?」

「業者の都合も考えると、5月ぐらいになるだろうな。それまでガムテープを貼って持たせるつもりだけど、すぐ剥がれるんだ。」

「黒いアレが出てきたらあたしはすぐ逃げますからね。」

「黒いアレ?あぁ、ゴキ……」

「それ以上口に出さないでください。穢れます。」

「そんなに苦手なのか。」

「苦手じゃないです、嫌いです。国、いえ全世界を上げてヤツらは滅ぼすべきだと思います。バスターコールも辞さない構えです。」

「へぇ、意外と人間らしいところあるじゃん。カエルと蛇も嫌いか?」

「それは別に。パンダはちょっと苦手ですけどね。」

「「パンダが?!」」

 一ノ瀬君まで驚いている。

 一般人からしたら人畜無害で笹ばっか食ってる愛らしい動物に見えるかもしれないが、未来の自分の姿かもしれない。はたまた既に正体を見破られ哀れにもパンダになり、動物園で展示されているのかもしれない。

 そう思うと見ていられなくなるのだ。イラストなら可愛らしいのでいいのだが。

「色々あったんですよ。可愛い顔して本体がどんなものか分かったもんじゃないですからね。」

 あたしはそんなことよりと話題を変える。

「細くて長い棒ってありますか?」

「そんなもの何に使うんだ?」

「空き巣に入れるか試すんです。」

「結束さんが言っていたアレですね。」

「なるほどな。待ってろ。バスケ部に聞いてくる。」

 早川は倉庫から出てバスケ部の3年に声を掛ける。バスケ部の3年は誰かを手招きし少し話し込んだ後、早川と仕事を押し付けられてしまった人物と一緒にこちらに戻ってきた。

「よっ、怪奇探偵。今回は横断幕を探しているらしいな。」

 最悪だ。このタイミングでオカルト好きの菅原が来た。

「おお、謎の転校生も一緒か。」

「初めまして。一ノ瀬と申します。貴方は……」

「こいつが委員長が言っていたオカルト好きの菅原よ。作り話で下級生を脅かすのはどうかと思うわ。」

「名探偵の言う通りだぞ!お前のせいで1年が準備に時間がかかるようになったじゃないか!」

「へへっ、すみませんね。」

 これは全く反省していない。

「棒を使いたいってことだったよな。ほらこれ。」

 そういって菅原が渡したのはバスケットゴールの高さを調整するための操作ハンドルだった。下はハンドルが付いているが、それ以外は普通のただの棒なので検証には問題ないだろう。長さも丁度いい。これ以上長い棒を探すのも困難だ。あたしは倉庫の窓を開ける。

「じゃ、菅原でいいや。1回外に出てあの穴からこれ通してみて。」

「えー、俺かよ。練習あるんだけど。」

「そもそもあんたが変なこと言い出したからでしょう。ほら、早く外に出て。」

 菅原は文句を言っていたが、バスケットシューズのまま外に出た。あたしは窓の鍵を閉め、外に向かって指示をする。

「この状態で鍵開けてみて。」

「はいはい、仰せのままに。」

 何回か壁に激突している音を鳴らした後、操作ハンドルは倉庫内に侵入した。

「どうだ?」

「もう少し鍵との距離がありますね。」

 あたしと一ノ瀬君、ついでに早川も空き巣犯の協力をすべく指示を出すが、さっぱりだった。倉庫から怪しい音がするので生徒も何人か野次馬に来た。

「無理だな。」

「無理ね。」

「無理ですね。」

 そのまま外に締め出してやりたかったが、心の優しいあたしは窓を開けてやった。

「無理ということは分かったわ。あんたは用済みよ。」

「なんだよ〜。あぁ、そこに雑巾あるから取ってくれ。」

 近くにいた一ノ瀬君は雑巾を床に置き、菅原はそれでバスケットシューズを拭く。

「やっぱりグレムリンみたいな小さい奴の仕業なんじゃないか?」

「妖精だってもっと裕福な学校で暮らしたいわよ。」

「確かに。俺がグレムリンだったら東京の広い校舎に住む。」

「東京も似たり寄ったりな校舎しかありませんが……。」

「そうかい。なんか判明したら教えてくれや。」

 そう言って菅原はまた部活に戻って行った。

「取り敢えず体育館の現場は見れたので、手芸部に行ってみます。」

「収穫なさそうだしな。」

「では。」

 あたしと一ノ瀬君はぺこりと早川に会釈をして、体育館を後にしようとしたとき、

「名探偵。」

 と呼び止められた。名探偵じゃないと訂正しようと振り返ると早川は浮かない顔をしていた。

「犯人はどうでもいいんだが、横断幕だけは見つけてほしい。」

「3年が最後の試合だからでしょう。分かってますって。」

「それだけじゃない。あいつらは誰よりも頑張ってたんだ。俺なんかより。」

「肩身が狭いというのは、もしかして早川さんは1度バレー部を辞めていたのではないですか?」

 よくあの一言で出戻りと推理したものだ。やはり名探偵は一ノ瀬君じゃなかろうか。

「そうだよ。前の3年に耐えられなくてな。去年は部活をやめてふらふらしたけど、ほら今年から入部が必須になったろ。本当は別の部に行こうと思ったけど、バレー部が気になって、顧問と相談してマネージャーとして出戻ったんだ。」

 そんな話を聞かされて、何も無かったですとは言いづらい。

「保証はできませんけど、やれることはやりますよ。」

「お願いします。」

 今度は早川が逆にお辞儀をした。

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