File7 第一回文芸部活動#2
「水沢いるか?」
ノックもなく扉がガチャッと開けられた。荒崎と一ノ瀬君は将棋の手を止める。
「委員長?」
記念すべき文芸部の顧客第1号は2年5組の学級委員長の二階堂だった。
「おやおやぁ、珍しいお客さんだ。しがない文芸部に何かご用かい?」
荒崎はすぐさま爽やか少年の仮面を取り付ける。
「いやまあその文芸部というか水沢に頼みたいことがあってだな。」
「指名料は高いわよ。」
「そこをなんとかしてくれよ。」
「冷たい麦茶あるけど飲む?」
文芸部の給仕担当になりつつある結束が尋ねる。
「え?あぁ、お願いします。」
結束は冷温庫から麦茶のペットボトルを出し、紙コップに注ぐ。ついでに部員が各々で用意したお菓子も一緒に出す。
「どうぞ。」
「サンキュ。というかまるで家だな。ゲーム機もあんのか。先生に見つからないようにしろよ。」
などと文句を言っているが、学級委員長は麦茶を飲んでお菓子にまで手を付けた。
「頼みたいこととおっしゃっていましたが、何か事件でもあったんですか?」
「事件といえば事件だな。俺さ、バレー部に入ってるんだけど、部の備品が無くなったんだよな。」
「窃盗事件ね。結束、あんたの父さんの出番よ。」
「水沢さん、もう少し話聞こうよ……。」
「そうだぞ。警察に言ってうっかり内部の犯行だったらどうすんだ。3年は最後の試合なんだ。」
まずその隠蔽体質をどうにかしたほうがいいと思う。
「なるほど。それで内部の者に頼みたいと。」
「そうそう。盗まれたのはバレーのネットと横断幕だ。」
「そんなの盗んでどうすんのよ?」
「さあな。横断幕に関しては売ったらそいつが犯人だってバレるだろうから使い道がないはずなんだけど。バスケ部も横断幕が1枚盗られたって。」
「他の部も?」
「ミントンはシャトルケース一式、手芸部は布と刺し子を盗られたそうだ。」
「なんか変じゃない?」
黙ってにこにこ聞いていた荒崎が口を挟む。
「バレー部とバスケ部は布、バトミントン部は羽、手芸部は布と針。まるで何かを繕うとしているみたいだね。」
「作ってどうするのよ。」
「暮らすためだよ、妖精さんが。」
「はぁ?」
荒崎はいつからメルヘンに移行したのだろうか。
「妖精って小学生じゃないんだから。」
「間違ってないというか、」
曲者ぞろいの2年5組の中で唯一の常識人である学級委員長でさえも荒崎に同意する。
「部員でも座敷童子とか人外的なものじゃないかって話になってさ。」
「あんたまで?非科学的なことが滅多に起こるわけないでしょうが。」
妖怪退治をしているあんたが何を言ってるんだと非難されそうだが、普通に暮らしていて妖怪に出くわすほうが難しい。
「誰もいない倉庫から盗まれたんだぞ。誰だってそう思うだろ。」
「もう少し詳しく事件の経緯を教えていただけますか?」
一ノ瀬君はノートとペンまで用意して事情聴取を始める。その様子に委員長は少し嬉しそうにして、わざとらしく勿体ぶり事件の発端を話し始めた。
「盗まれたのは練習中だと思う。バレー部は1年が準備と片付けをするのが恒例なんだけど、入ってきたばかりだし教育係みたいなのに俺が任命されて慣れるまで手伝ってやってたんだ。
盗まれた日も練習の準備を1年がしているところに、俺と他の2年で手伝っていた。体育館倉庫の中にネットは有り余るくらいあるからその中から一つテキトーに選んで取った。横断幕は普段はネットを置いている棚に保管してあるから、いつも目に付くんだ。その日もちゃんとあった。
それから部活が終わって、片付けをしていたときだった。横断幕が無くなっていることに気がついたんだ。ついでにネットも何個か無くなっていた。」
「それだけの物を持ち歩いていれば目立ちそうですが、誰も目撃していないのですか?」
一ノ瀬君は探偵のように尋ねる。
「それが誰も体育館倉庫に来ていないし、部活中は誰も体育館倉庫に行ってないんだ。」
「バスケ部とバドミントン部は?」
体育館はバレー部の他に、バスケ部、バドミントン部、卓球部も使っている。広い体育館を仲良く4分割にし、舞台側をバドミントン部と卓球部、体育館倉庫側をバレー部とバスケ部と分け合っている。
「どの部も練習が始まる前に全部物を出すからな。サボりで倉庫行く奴も前までいたけれど、連帯責任ってことで全員コーチにめちゃくちゃ怒られて、今はやる奴はいなくなった。」
「ふむ、誰も来ていない……。体育館倉庫の中に窓はないのですか?」
「あるけど中からしか開けられない。それに盗られたあとも閉まっていたし、窓ガラスも割れていなかった。」
「他にどっかから侵入出来るところがあるんじゃないの?」
「うーん、確かに外に通じる小さい穴があるけどあれじゃ水沢くらいちっこい腕がようやく入るくらいだ。しかも腕が入ったところで窓の鍵からも遠いし、なんも出来ない。」
小さくて悪かったな。
「それか何か道具を使ったんじゃないかな?」
と、刑事の息子。
「空き巣が棒をあれこれして開いて家の中に入る方法があった気がする。」
確かにその類の犯行はよく見る。
「そんな横断幕のために手の込んだことするか?」
1円の価値にもできない横断幕だ。
「体育会系の部活に心底恨みがあるとか?」
「恨みか。だったらそいつの計画は成功しているな。部内でも迷推理が飛び交ってな。しかもバスケ部には菅原もいるときた。」
また知らない人物の名前が出てきた。それを察したのか結束がご丁寧に説明してくれた。
「去年一緒のクラスだったでしょう。覚えてないの?初めての席替えで水沢さんの後ろにいたじゃん。彼、オカルト好きだから。1組になったみたいだね。」
後ろの席の菅原……。
『よくあんな不気味なのと話せるよな。』
そうだ1年のあのとき翔瑠君を面白おかしく言っていた奴だ。
「あいつ悪ノリして嘘か本当か分からない怪談話に発展したものだから皆怖がって、誰も体育館倉庫に近づかないんだ。休み出すやつまで出てきた。」
「作り話で少し大袈裟ではないかな?」
荒崎の言うことは尤もだが、そんなに怖い怪談話ならちょっと聞いてみたい気もしなくもない。
「お前達だって、幽霊系を信じていなくても、丑三つ時に心霊スポットに行きたくないだろ。」
あたしを除く部員は確かにと頷くが、あたしは1人首を傾げる。
「元神社の娘にはないか。」
「だから水沢さんへの依頼なのですね。」
「そうだ。」
「妖精さんの仕業だから追い払ってくれとか言わないでしょうね。そんなメルヘンチックなことあるわけないでしょう。どうせなんも考えてないそこらへんの男子の犯行よ。真実は意外とあっけなかったりするんだから。」
「俺だって信じているわけじゃないけどさ、部員達が怖がる以上、解明してもらいたいなって。だってお前、あの鬼塚とも仲良いだろう。」
「……別に、かけ、鬼塚君は関係ないじゃない。」
「あいつも祟りだなんだって小学のときから脚色されてたからな。気にはなっていたんだ。数人で声を掛けたりしたんだが、まったく相手にされなかったよ。」
この荒くれ者しかいない学校は、定期的に定員オーバーで入学させられたお人好しが多いらしい。
「あいつの様子を見ると何があったのかは知らないけど解決したんだろ。他にも切り裂き魔とかこの間の殺人事件も解決してたじゃないか。記事はちょっとダサかったけど。」
すると委員長はパンッと手を拝み、頭を下げる。
「な!このとおりだ!3年は最後の試合なんだ。」
「3年なんだからそうでしょうね。あたし達も来年最後よ。」
「違うんだ!今年の3年は特に!2個上の奴ら覚えているか。あの年は今まで以上に荒れていて部活も無法地帯だった。パシリやら乞食、先輩命令という名のカツアゲ。その他諸々の理不尽な要求。それに嫌気を刺した今の1個上が大量に辞めたんだ。バレー部も今の3年は15人くらいいたのに今は5人しかいない。」
1度に10人辞めるとは異常事態だ。
「文芸部も本当は2年生が3、4人いたのに前の卒業生のせいでみんな辞めちゃったんだ。何だか他人事な気がしないね。」
文芸部にもそんな秘話があったとは。
「あの5人はずっと頑張ってきたんだ。部長は先輩のいびりから耐えてエースでバレー部を引っ張ってきた。それをこんな形で台無しにされるのはごめんなんだ。負けても負けきれん。」
こういう奴は毎年3年最後の〜を使って泣き落としするに決まっている。決まっているのだが……、
「し、仕方なくよ。その代わり!解決しなくても文句言わないでよね。」
考えるよりも先に承諾してしまっていた。なんであたしはこういうのに弱いのだろう。
「本当か!マジ助かる!」
委員長はぱぁっと顔を輝かせる。
「じゃあ俺は部活に行くから、何か聞きたいことがあったら体育館に来てくれ。よろしく!」
自分で頼みに来たくせに早々に部活に行ってしまった。しかも去り際にお菓子を1個持ってポケットに入れるという非常識さ。承諾したことが悔やまれる。
「委員長、絶対水沢さんが断らないって分かってきてたよね。」
「最後は泣き落としでしたからね。」
「また面倒なことに巻き込みやがって。どうすんだよ。文芸部はお悩み相談窓口じゃねぇぞ。」
部員達の冷ややかな目線が痛い。
「あ、あんただって途中まで妖精がなんだっていってたじゃない!」
「あれは冗談だろ。」
引き受けてしまった以上、ここでうだうだ文句を言っていても始まらない。
「まずは聞き込みに行ったほうがいいのかしら?」
「聞き込みは捜査の基本ですからね。もしかしたら二階堂さんが知らないだけで、他の部も備品が無くなっているかもしれません。」
「委員長が言っていたのは中の部活だけだったね。野球部とかサッカー部も被害にあってるかも。」
「外と中に別れて捜査よ。チームはくじ引きで決めましょう。」
あたしはノートから真っ白なページを切り離し、5等分に破った。3枚に外、2枚に中とだけ書いてひっくり返して机の上でかき混ぜる。
「これで分けましょう。あたしは、中ね。」
荒崎と結束、一ノ瀬君は自ずと紙を取る。1拍くらいおいて御書が最後の1枚を取った。ずっと本を読んでいたが、話だけは聞いていたらしい。




