File6 消える死体#9
「水沢さん!昨日はなにがあったの?!」
翌朝、まだ半分寝ていたあたしの前に切羽詰まったように結束が来た。
「僕、気絶しちゃってほとんど覚えてないんだけれど、誰かが家の前まで送っててくれて……、もしかして水沢さんが送ってくれたの?」
荒崎はあのあとちゃんとこいつを送ったらしい。ここは曖昧な返事をしておく。
「それに今朝見たらこの記事!」
なんだか見覚えのあるやり取りだ。結束が机の上に興奮気味で叩きつけた新聞の記事にはこう書いてあった。
『またまた超お手柄!!次元を超越した美少女、消える死体事件を見事解決!』
そこには腰に手を当てて立っているあたしと、フードを被って土下座する荒崎が映っていた。近所の若者の若気の至りということにしたらしい。荒崎の顔は見えない角度から撮影されているため、真犯人の正体はあの現場にいた者しか知らない。またやり過ぎだと思うが、流石隠蔽工作が得意なお兄ちゃんだ。
「凄いねぇ。流石、僕らの部長だ。」
誰がこの朝から鬱陶しい声を発する奴は。拝んでやりたいところだが、眠いあたしにはそんな気力はない。代わりに結束が教えてくれた。
「猟史君!学校来たんだね!」
なんだ荒崎か。
「……荒崎だって?」
顔を上げると本当に荒崎がいた。昨夜とは打って変わって、胡散臭い0円スマイルを振り撒いている。結束を見るに、こいつはこれが平常運転なのだろう。印象操作も甚だしい。
「一昨日、態々僕の家に来てくれただろう。まさか2人があんな風に思ってくれていたなんて。江利さんに関しては、1度も顔を合わせたこともないのに。あなた達が帰ったあと、考えたんだ。このまま逃げていては何も始まらないって。」
よくもまあ思ってもないことをここまでつらつらと話せるものだ。うちの学校に演芸部があるのならそっちに行ったほうがいい。こんな面倒な奴の入部は認めたくない。だいたいこんな演技に誰が引っかかるんだ。
「猟史君……!!」
「ちょっろ。」
結束のあまりの騙されやすさに本音が思わず零れてしまうと、荒崎が顰めっ面をして耳打ちしてきた。
「バラしたらお前のこともバラす。」
なんて器用な奴だ。あの爽やか少年からドスの効いた絶対悪に手を1、2回染めているような声に切り替わるなんて。声優を目指したほうがいいんじゃないか。
「あんまり江利に近づくな。」
「ひっ。」
結束が短い女子みたいな悲鳴をあげた。翔瑠君は珍しくあたしの席の近くまで来て、手にポッケを突っ込み荒崎を睨みつけている。荒崎はそれでもスマイルを崩さないが、火花を散らしているのがバレバレだ。異様な光景に結束はガタガタと体を震わせる。これではまるで翔瑠君が悪役ではないか。
「やぁ鬼塚君、おはよう。どうして?江利さんは僕らの部長だろう。話しかけるのは変なことかな?それとも、貴方の物だと言いたいのかな。それこそおかしな話だ。江利さんは誰の物でもないだろう?(お姫様のナイト気取りかぁ?犬も大変だな!)」
「具合が悪そうなのが見えないのか。(お前は一生引き篭ってろ。)」
「彼女、ただ眠いだけじゃないかなぁ?過保護なのも考えものだよ。(飼い主首輪付け忘れてっぞ。)」
あたしだけ変な声が聞こえるのは気のせいだろうか。
「ほんとだぁ!水沢さん、ちょっと顔色悪いんじゃない?昨日無理したんでしょう。保健室行く?」
結束は本気であたしの具合が悪いと思っている。その純粋さが欲しいよ。
「見ろ!鬼塚と荒崎が女を巡ってバトってるぞ!」
「女なんてこの学校にいねぇだろ。」
「一人いんだろうが!あの白髪女!」
「あぁ!あの顔だけの!」
何人かは後で分からせてやらなくてはならないかもしれない。馬鹿な男子生徒達はあたし達4人を囲って囃し立て始める。だんだんとイライラしてきたあたしは願い込めて叫ぶ。
「どうでもいいから保健室で寝かせてくれ!!」
ー数日後ー
文芸部の部員が揃いそうだと江利から聞かされた俺は、興味本位で野球部を抜け出し、文芸部の部室へと足を運ぶ。文芸部と書かれた教室の扉を開けると、
「ちょっとそこ、そこだって!そこ!もう下手ねぇ!」
「僕ゲームは初めてって言ったじゃん!難しいよ!」
どこから持ってきたのか小型のゲーム機で遊ぶ江利と結束。
「ダウトです。」
「なかなか鋭いねぇ。」
トランプで遊んでいる荒崎と転校生。よくよく見るとカードケースには水沢と書かれている。
そして窓際で部外者と言わんばかりに静かに読書に精を出す隣のクラスの男子生徒。確かに5人、揃ったは揃った。
「……誰が乗っ取れって言ったよ。」
続く!




