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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校二年生編
39/75

File6 消える死体#6

 小高い丘の麓にあり、雑木林の中にぽつんとある神社。たとえ元神社の娘だとしても夜はあまり近づきたくはない場所である。

「今回は早かったじゃねぇか。だが、それでも一歩遅い。」

 本殿の前には罰当たりにも殺人犯、いや殺鬼犯(さっきはん)が殺鬼したてだった。昨日と同じ格好をしている死神が持つ鎌には、新鮮な血が滴っている。

 そしてタイミングも良く被害者も消滅していなかった。大量の血が女の体内から溢れ出している。透き通るような白い肌を持つ女が血を流す様は、さながらサスペンスドラマだ。しかも真っ二つに斬られている。見ていて気持ちのいいものではない。女の下には魔法陣が描かれ、それらを囲うように蝋燭が円形に配置されている。

「てっきり昨日の二の舞をしていると思ったけど。」

「邪魔されたくなかったからな。ま、こうしてまた邪魔しに来やがったがな。」

「あんた、こうやって怪奇を退治し回っていたんでしょう。消えるはずよね、こいつらは人間のように実態を持たない。」

 死神は答えない。あたしはサスペンスドラマの刑事が犯人を追い詰めるように推理を披露する。

「去年の四月……」

「江利!!!」

 自分の推理に浸っていたのに邪魔が入った。翔瑠君が追いついてしまった。相当急いできたのだろう。息を切らしている。

「説明しろ!」

 物凄く怒っている。超大型犬になっていなくてよかった。あの姿は神々し過ぎて怒られると無性に泣きたくなる。

「いや、これは、そのぅ。」

「あぁ、鬼塚か。お姫様のナイト気取りか?帰んな。お前の力じゃ何も護れねぇよ。」

「なんだと?」

 翔瑠君が小物の挑発に乗ってしまった。あたしは翔瑠君の傍に駆け寄ってまあまあと宥める。だが内心死神に高評価を連打していた。おかげで翔瑠君の怒りの矛先はあたしから死神に向かった。

「説教は後だ。まずあいつから片付ける。」

 矛先が変わっただけで忘れてはいないらしい。

「ま、待ってよ!2人とも。……荒崎君?」

 結束も遅れて到着した。

「凪。」

 結束はふらふらと死神に近づく。さっきの威勢はどこに行ったのか近づいてくる結束に死神は狼狽えている。

「荒崎君だよね?なんでこんなところに?おばさん心配してたよ?ねぇ、おばさんに……、ひぃ!」

 結束は血溜まりに漸く気がついたのか短い悲鳴をあげた。腰を抜かしてその場に座り込む。

「血?!女の……、人……?し、死んでる!」

 真っ二つになった死体を直視してしまったらしく結束は直立不動で倒れた。翔瑠君が地面スレスレのところで結束を受け止める。

「死んだ?」

「縁起でもないことを言うな。失神したらしい。まぁこの光景を見ればな。俺だって見れない。よくお前は平気でいられるな。」

 翔瑠君は死体を見ないようにするためかあたしの顔をずっとガン見している。

「うん。だって人間じゃないもの。」

「そういう問題か?」

 動物の捕食動画も険しい顔で見ている翔瑠君には難しいことかもしれない。

「……なんで凪を連れてきた?」

「へぇ、冷酷無慈悲なデビルハンターが幼馴染の心配とはね。」

「答えろ。それ以外の発言は認めねぇ。」

「だって本人が来たいって言うから連れてきたんじゃない。だいたい妖術師一年の新米デビルハンターが調子乗ってんじゃないわよ。こっちは十三年の中堅だっつーの。」

「ハッ、化け物と戯れていただけの奴がよく言うな。」

 『戯れていたと言ってもこっちは元本業から遣い方くらい教わったわ』と言い返したところで無駄な酸素を使うだけだ。

「なぁ、あいつ、荒崎なのか?」

 翔瑠君はこっそり耳打ちする。

「そうだ。」

 あたしが答える前に死神が肯定した。そしてフードを取り、影で見えなかった顔が露になる。

 その正体は1年も不登校をしていた2年5組出席番号1番の荒崎猟史だった。せっかくあたしが推理で当ててやろうと思ったのに、自ら名乗り出るとはガッカリしてしまう。

「去年の四月、あんたはどういうわけかデビルハンターの力を手に入れた。」

 そろそろ翔瑠君もあたしの推理が聞きたいだろうと思い無理やり推理ショーを始める。

「学校に来なくなったのもそれが理由。こそこそ消える死体事件を引き起こしていたとはね。事件現場をわざわざ十字になる場所を選んだのは、怪奇を封印するために拘ったのかしらね?」

 荒崎は答えない。

「死体も飛び散った血もそりゃ跡形もなく消えるわよね。幽霊だったら原型なんてないんだし。その証拠に、ほら、半分消えかかってる。」

 真っ二つにされ倒れていた女は、あたし達が話している間に既に体の半分が消滅していた。

「いつもこうやって猟奇殺人みたいにしてるわけ?成仏は女の子を扱うみたいに優しくしないとって母ちゃんから習わなかったか?このままだとあんた、取り憑かれるわよ。」

「ハッ、それも公安様からの指示か?」

「宅建士からのアドバイスよ。」

 助言してくれた見栄っ張り廃墟亡霊のおかげか、今のところ呪詛返しなるものをされたことはない。死神もとい荒崎は理解できないと首を傾げる。

「困ってるなら研究室に紹介してあげようか?」

「誰があんなその場凌ぎの奴らに頼るかよ。」

「だからってこんなフリーランスの妖術師みたいなことはやめなさい。フリーランスなんて創作で十分よ。」

「お前みたいなお姫様には分かるわけねぇよな。何の前触れもなく人に見えちゃいけねぇものが見えて、そいつらに追われる恐怖を。」

「そんなの当たり前じゃない、生まれつきだもの。だからこうやって出向いてきてあげたんでしょ。少しでもあんたみたいな人を減らすために。」

「殊勝なことで。」

「それで?あんたはその腹いせのためにこんなことをしてたってわけ?」

「そうだ。俺の生活をこんな地獄みたいに変えやがったこいつらを根絶やしにする。まずは近場からと思ってこんな回りくどい真似までして、悪魔どもを十字架になるように封印していたのに、お前が邪魔するせいでやり直す羽目になった。今日は邪魔すんなよ。」

「寿命縮むわよ。」

「結構だ。こんな狂ったのが治らないならこの世に留まる理由もねぇ。」

 説得も無駄なようだ。ならば好きにするといい。事件の真相も分かったことだしこいつにもう用はない。諦めて帰ろうと思った時、

「江利、なんか、来る!」

 翔瑠君が切羽詰まったように言い、あたしに覆いかぶさった。

「え、え?えぇ?か、かか、翔瑠君?血迷ったの?!」

 近い。凄く近い。どのくらい近いかというと翔瑠君の心臓の音どころか振動まで伝わってくるほどだ。あたしはかつて人生の中でここまで他人と距離を詰めたことがあるだろうか。

「江利が言っていた懸念って、これのことだったのか?」

 話すたびに振動がまた伝わってくる。金曜名作劇場のおばあちゃんが心臓を狙っているワケが今なら手に取るように分かる。これは欲しくなる。などと考えている場合ではなく、覆いかぶさっている翔瑠君のせいでよく状況が飲み込めないが、非常にまずいことになったらしい。

『人間ごときが、この私を封印などと。』

『我は貴様ら人間のせいで生み出されたのだぞ。』

『呪ってやる。呪ってやる。』

 複数人の女の声が重なった音を発しながら恨みを叫んでいる。

「こいつらっ!俺が封印したのに!」

 どうやら狙いは荒崎のようだ。

「翔瑠君、なんとかしないと。あの初心者マークの期待のルーキーではどうにも出来ないわ!」

 翔瑠君は安全を確認すると漸くあたしの上からどいて、起こしてくれた。

「俺達も初心者だぞ。」

「新入りでもあたし達は先輩抜かしてベンチ入りしているからね!」

「……研究室に連絡しときゃ良かった。」

 翔瑠君は渋々と言った様子だが、状況が状況ということを理解してくれたらしい。気絶した結束をなるべく奴らに見つからなそうな木に寄りかからせる。

「どうすりゃいい?」

「前にお祭りの時に男の子の中にいた悪霊を追い払っていたでしょう。それみたいにすればいいんじゃない?」

「簡単に言うなよ。あれは偶然だったんだ。どうやったのか俺だって分からない。それにだ、」

 翔瑠君は指を指す。荒崎を囲っているのは日本ホラーに出てくる定番の白いワンピースを着た長い黒髪の女ではなく、露出度の高い真っ黒なワンピースに角や尻尾を生やしている。創作の悪魔と同じような格好だ。

「あいつらたぶん悪魔だろ?てことは外国人だろ?貴族とか相当の身分じゃないと言う事聞かないんじゃないか?」

「貴族の言うことすら気かなそうだね。やっぱりいつものアレ?」

「しかないんじゃない?」

「じゃあまずはターゲットをこっちに目を向けさせないとね。」

「どうすればいい?俺も手伝うよ。」

「ありがと!ちょっと耳貸して。」

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