File6 消える死体#4
「怪我ないか?!怖くなかったか?!」
翔瑠君はあたしの両手を握り早口で捲し立てる。
「うん、平気。ただ厄介な案件だね。」
「また怪奇絡みか?」
「そんなとこ。」
「そうか……。まずは家に入ろう。」
翔瑠君が家の扉を開けると美味しそうな匂いが広がる。今日は彼が料理当番だ。
「今日はなーに?」
「肉じゃがだ。今日は上手くできたんだ。」
翔瑠君は嬉しそうにはにかむ。彼が居候することになってから、あたし達は料理当番を交代でしている。料理なんて今まで全く作ったことの無い翔瑠君が初めて作った肉じゃがは、本人にはとても言えないけれど醤油の味しかしなかった。
それからこっそりミケと練習していたらしく徐々に腕を上げてきている。何度も指を切っていたらしく、日に日に手に貼る絆創膏が増えていった。危ないからあたしがすると言っても翔瑠君は譲らなかった。
そんな努力のおかげで今じゃ老舗日本料理店に負けないくらい美味しい肉じゃがを家で食べられるようになった。家で誰かが自分のためにご飯を用意して帰りを待ってくれているなんてこんなに嬉しいことはない。
「お腹すいちゃった。早く食べたい!」
ご飯も食べ終わってお腹も心もほくほくしていると、翔瑠君が神妙な面持ちで口を開いた。
「それで、何があったんだ?確か文芸部に行っていたよな。」
あたしは事の経緯を説明する。最近の翔瑠君には隠し事が効かない。ついいつもの癖で黙って1人でふらっといなくなると烈火のごとく怒られる。心配になると言われた。毎度のことなので心配する必要はないのに。
「荒崎猟史か。」
「知ってるの?」
「大半が小学校からの付き合いだからな。あまり関わったことないけど、ガラが悪そうな奴だった。」
「うちの学校そういう奴ばっかりじゃない?」
「まあそうなんだけど。高校生の不良集団を壊滅させたとか、犯罪集団の一人を病院送りにして報復に来た奴らも血祭りにあげたとか物騒な噂が出回っている。」
「うちの学校は噂好きの主婦しかいないのかな。あと安っぽい。」
これならまだ警察署長の家にピンポンダッシュしたと言われたほうが真実味がある。
「しかも翔瑠君のときも根も葉もない噂ばっかりだったし。」
「そうやって信じてくれるのは江利くらいだよ。けど、荒崎にいたっては本当のこともたまにはあるんじゃないかと思う。」
噂を信じるなんて翔瑠君にしては珍しい。
「なにかあったの?」
「下校途中でたまたま見たんだ。荒崎が怪しげな集団に囲まれていたところ。流石に通報しておこうと近くの公衆電話で警察に連絡しようとしたら、囲まれていたはずの荒崎に声をかけられたんだ。離れたところでは集団が1人残らず倒れてた。荒崎には『大事にするな』って念を押されたよ。」
そんなヤンキー漫画みたいな。
「荒崎猟史か……。」
あたしが考え込むのを見て、翔瑠君ははぁと大きなため息をこぼす。
「言うべきじゃなかった。江利、分かっているな?」
顔は笑っているが、目は笑っていない。
「……。」
「分かっているな?」
「むぅ。好奇心で行動しない。危険なところに行かない。なにかあったらすぐ連絡。過保護すぎるんだよ。1人でどっか行くのもいつものことだし。」
「あたしがそれを毎回止めているのに、聞かないのは江利じゃない。ちょうどいいわ。」
ミケも余計なことを。
「だ、そうだ。まったく。お前はもう少し自分を大切にしろ。江利に何かあったら……」
翔瑠君は悲しそうな顔をする。それはズルくないか。
「わ、分かったよ!危ないことはしないよ!」
今回だけは例外だけど。
「水沢さん!昨日は大丈夫だった?!」
次の日、教室に入ってすぐ前の席の結束が駆け寄ってきた。元気そうだ。
「平気よ。あんたこそ。」
「僕も大丈夫。まさかあんなところで遭遇するとはね。怪我もないみたいだし安心したよ。」
「今日の部活は休止。あんたはさっさと帰ったほうがいいわ。」
「水沢さん、すっかり部長の気分だね。僕はって、まさか、水沢さん変なこと考えて、」
言葉を途中で区切ったのはあたしが必死にしーっと合図をしたからだ。翔瑠君に聞かれたらどう責任を取ってくれるのだ。
「ダメだよ絶対!遊びじゃないんだ!まだ判明していないけれど被害者が出ているんだよ!それに見たでしょあの血の量!致死量とっくに超えているんだよ!」
それでもなお結束は声を潜めて説教を始める。あたしははいはいと聞き流しているうちに始業の時間になった。
「えー、最近不審者の目撃情報が相次いでいます。皆さん、なるべく1人では帰らず、可能な人はお家の人に迎えに来てもらってください。それに伴って、」
死体事件は思っていたよりも大事になってしまったらしい。授業はいつの間にか始まっていたが、あたしはあの死神のことで頭がいっぱいで、内容なんてさっぱり入ってこなかった。いつものことなんだけどね。
「だからやめよって!まっすぐ帰ろ!」
結束はあたしが急いで荷物をまとめて帰ろうとすると腕を掴んできた。あたしは気にせずに前に進む。




