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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校二年生編
35/75

File6 消える死体#2

 あたしはいそいそと文芸部の部室に向かった。まだ活動していれば良いのだけれど。遠回りはあったが、ようやく2階の文芸部の拠点に着いた。たのもう!という気持ちで勢いよく扉を開くと、たった一人の男子学生が驚いた顔でこちらを見ていた。

「水沢さん?どうしてここに?」

「あんた誰?」

結束凪(ゆいつかなぎ)だよ!去年も同じクラスで2学期では前の席だったじゃないか!!」

 そういえばそんな奴もいたな。

「また鬼塚君となんかあったの?宿題なんてもう見せないからね!あの後ずっとすれ違うたび鬼塚君に睨まれてるし!」

 あのときはちょっとした勘違いして、偶然席が前だったこいつに宿題を見せてもらったのだった。

「そんなこともあったわね。それよりここって文芸部よね?」

「そうだけど。水沢さん、入るとか言い出さないよね。」

「あたしだって入りたくないわよ。でも教師に言われたら入らざるを得ないじゃない。」

「あー、必ず部活動に入部しなきゃいけなくなったんだっけ。だけど残念だったね。ここ、もうじき部として認められなくなるんだ。」

 ちょっと嬉しそうなのはなんなんだ。

「なんで?」

「部員が僕しかいないからだよ。本来部活は5人以上いる必要があるんだ。去年は先輩がいたから良かったんだけれど、残ったのは僕と不登校生だし……。」

「せっかく楽そうなの見つけたのに!」

「楽って言わないでよ。そういうことだから、ここは諦めてね。」

 一歩遅かったというわけか。

「ん?もうじきっていうことはまだ部ではあるわけ?」

「1ヶ月くらいだけどね。」

「だったらその間に幽霊生徒を復帰させて、部員あと2人集めればいいじゃない。」

「え?本気?不登校生はかれこれ1年くらい不登校だよ?」

「このあたしが学校に来てやってるのにそいつが来ないのは納得いかないわ。どこのどいつよ?」

「2年5組出席番号1番の猟史君だよ。荒崎猟史(あらさきりょうし)

 なんだかぶっそうな名前だ。だがどこか聞き覚えがある。

「その顔、水沢さん覚えてないね。去年も同じクラスだったじゃん。4月は来てたんだけど、そこからぱったり。」

「え、あの席の奴?」

 1番前の1番左端っこのぽっかりと空いた席。てっきり教師の荷物置きのために用意された机だと思っていた。

「たぶんクラスのみんなも忘れてるよね。」

「あんたは知っているような口ぶりね。」

「幼なじみってやつ、だから。」

 なぜ切なそうな顔をしているのだろうか。

「ま、どうでもいいわ。さっさとそいつの家に行って明日から来るように言いに行くわよ。あと2人も集めなくちゃいけないのに世話が焼けるわ。」

「え?!本気?!」

「グズグズしてないでさっさと行くわよ。」

 あたしは結束の腕を掴む。しばらく抵抗していたが、こんな非力な腕じゃあたしには敵わないことを悟ったのか、

「分かったよ。鞄だけ取らせて。」

 と言って、自分の鞄を持つと諦めてあたしに捕まる。荒崎の家は1年の頃にクラス全員の住所を覚えているので迷う心配はない。

 名前は全く覚えていないが、名簿の1番上の住所だけはしっかりと脳内に保存されている。校門から西にひたすら真っ直ぐ進んでいれば、荒崎が住んでいる住宅地に着く。

「なんで荒崎君の家わかるの?」

 あたしが迷わずいることに疑問を持ったのか結束はこんなことを聞いてきた。

「なんでって1年のときに……」

『江利は気にしないだろうけれど、1年のときの名簿の話はしないほうがいい。不快に思う奴もいる。知られなくてもいいこともあるんだから。』

 ふと翔瑠君の言葉が蘇る。あたしは言いかけた言葉を呑み込んで、

「勘!」

 と言い切った。結束は不信そうな顔をしていたが、すぐ大人しくあたしの後ろを歩く。

 ここの中学校の生徒は大抵はこの辺の住宅地から登校しているため、取り敢えず住宅地に向かえば誰かの家には辿り着く。15分ほどかけて歩いていると『荒崎』という表札を見つけた。2階建ての普通の家だ。

「学校に行くためだけに用意されたような家に住んでいるくせに不登校とか舐めてんの?」

 40分かけて学校まで歩かなくてはならないあたしや翔瑠君からすれば羨ましい限りだ。

「水沢さんは周りの中学校が満員だったせいで1時間かけて来てるものね。」

「あんたもじゃないの?」

「僕の家、荒崎君の家の向かいだよ。」

 なんと。こいつは満員だからあの治安の悪い中学校に連れてこられたわけではないのか。結束が指さす先には確かに『結束』と書かれた表札が掛けられている家があった。

「それを早く言いなさいよ。」

「まさかここまで来るとは思わなかったんだよ。」

 結束は少し俯く。

「僕は荒崎君とは保育園のときから一緒だったんだ。小学校までは一緒に登校してた。家も近いからお互いの家に遊んでたりした。のに、ある日ぱったりと姿を見せなくなったんだ。僕だって荒崎君が不登校になってから何度かここの家に来たさ。でも、もう1年くらい荒崎君を見ていない。おばさんによると部屋に引きこもっているんだって。理由も分からない。」

 話が長くなりそうだったので、あたしはインターホンを鳴らす。

「ち、ちょちょちょっと!水沢さん?!」

 『はーい』と女の人の声がする。

「あたし達、荒崎君のクラスメイトなんですけれど、授業のプリントを渡したくて。」

 ちょっと待っていてくださいねと言って、インターホンが切れる。

「水沢さん!何してるの?!てか僕の話聞いてた?!」

「あんたこそ今日なんのために来たと思ってるわけ?こいつが幽霊部員のままだとあたしが困んのよ。どんな理由があろうと部活には来てもらうわ。」

 気に食わない奴がいるのであればあたしがぶっ飛ばしてやるまでだ。家の中から小走りしている音が聞こえる。数秒もしないうちにガチャリと玄関の鍵は解錠され扉が開く。出てきたのは、少し背の高い女の人だ。

「こんにちは。わざわざごめんなさいね。」

「いえいえ、こちらこそごめんなさい。あたし、水沢江利と言います。」

「猟史の母です。」

「で、こっちが……」

「凪君、よね?貴方には迷惑をかけたわね。」

「いえ、僕は……。」

 荒崎のお母さんはあたしと隣の結束を交互に見る。何故今頃来たのか探るように。不審に思われる前にあたしは予め適当に用意していた教科書数冊と宿題のプリントが入った封筒を鞄の中から取り出す。

「あたし、荒崎君と同じ部活に入っているんです。去年は色々あって会いに来れなかったけれど……、これ、2学年からの教科書です。あと今日配られたプリントも入っています。」

 あたしは人畜無害であることをアピールするために、営業スマイルを顔に貼り付ける。お母さんはそれを受け取る。

「ありがとう。渡しておくわ。」

「あの、荒崎君……、元気ですか?」

 今度は営業スマイルと打って変わって、目を少し潤ませる。世の親たちはこの顔に弱いはずだ。

「……中にどうぞ。」

 お母さんは少し迷っていたが、あたし達を家の中に入れてくれた。リビングに通され、

「こんな物しかないけれど。」

 と言って麦茶とお菓子を用意してくれた。

「もう1年も見ていないわ。」

「ずっと部屋の中にいるんですか?」

「毎日深夜にお風呂に入っているようだから、ずっとというわけではないみたい。たまーに掃除機の音が聞こえてくるわ。私や主人がいない間はどうやら部屋から出てきているみたいね。」

 引きこもりのくせに綺麗好きなのか。引きこもりというのは埃まみれの暗い部屋の中で永遠にゲームをしているものだろうが。(※江利個人の意見です。)

「……引きこもりらしくないな。」

「そうね、外に出かけていることもあるみたいだし……。ただ、私達に会いたくないだけなのかもしれない。」

 お母さんの顔が曇る。一人息子に避けられているとあってはこうなってしまうのも無理はない。

「何か、きっかけがあったんですか?」

「分からない。ある日を境にぱったり部屋から出てこなくなってしまって。そもそも学校の話をしてくれないから。凪君なら知っていると思ったんだけれど。」

 年頃の男は今までの恩を忘れて親に冷たくなるからな。

「上級生に目を付けられていたのは知ってたけれど、猟史君、返り討ちにしてたから……。逆に僕が目をつけられた時は守ってもらってしまって。」

 あの学校は下級生に目を付けなくては気が済まないちっちゃい奴しかいないのかね。

「凪君にも気を遣わせてごめんね。小さい頃、よく遊んでくれてたのに。」

「懐かしいな。でも、今は、僕には何も出来ない……。」

 重く暗いどんよりとしたオーラが2人に纏わりついている。落ち込んでいる場合ではないのだ。

「荒崎君の部屋ってどこですか?」

 こうなれば本人に殴り込みだ。

「え?」

「ここは部長として、何か出来ることはないかと思いまして。あたしも、色々あったから。そんなあたしに、荒崎君には良くしてもらったんです。今度はあたしの番。」

 結束はさっきから口から出任せを言っているあたしに呆れたような視線を向けてきた。嘘も八百なんだよ。おかげでお母さんは感激している。

「ありがとう。」

 そして2階の部屋に案内してくれた。

「猟史、水沢さんと凪君が来てくれたわよ。」

 お母さんが扉をノックするが返事はない。人のいる気配はする。あたしは結束を見る。結束は何故かビクゥッと肩を震わせたが、あたしは構わず結束の背中を押して、前に来させる。

「や・れ」

 と、口パクで合図をすると、結束は意を決して扉をノックした。

「猟史君、凪、だけれど。」

 幼なじみと言っていたがどこかぎこちない。

「その、最近、全然会いに来なくて、ごめん。僕が、来ても、迷惑かなって思って。また、来るね。」

 ちっとも説得になっていないではないか。

「また来ます。今日は、押しかけてしまってすみません。」

 仕方ない。今日は退散だ。あまり無理強いをすると家に上げてくれる確率が下がってしまう。引くことも大事なのだ。

「せっかく来てくれたのに、ごめんね。」

 思えばずっとこのお母さんは謝ってばかりだ。息子がこんなことになってしまってずっと落ち込んでいたのかもしれない。もしくは自分を責めていたか。あたしと結束はお辞儀をして荒崎の家から出た。冬ほど日は長くなったとはいえ、既に空は夕焼け色に染まっている。

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