File6 消える死体#1
「水沢さんは、学年でも成績優秀ですが、3学期から国語の点数が少し下がっているのが気になりますね。って、聞いてますか?」
「んえ?あぁ聞いてます聞いてます。所見なしと。」
「健康診断じゃないんだから……。久しぶりの登校だからって気が緩んでいませんか?」
「あたしはいつも気が緩んでいるので、引き締まっている時は調子が悪いです。」
「開き直らない!」
あたしは空いている教室で二者面談の真っ只中だ。新人の先生は教育熱心らしく、親身になって話をする。
「それと、今年度から部活動の入部が必須となりました。水沢さんはどこの部にも所属していませんよね?」
「え?!なんで?!文部科学省の陰謀?!」
「政策です。青少年の心身の健康を目指すだとか。」
「あたしゲームで運動してるんだけど。」
「そういう中高生向けの政策なんです。たまには体を動かしたり仲間と同じ目標に向かって努力するのもいいですよ。」
研究室だかいう訳の分からない団体のお陰で体を動かすどころか空まで飛び回っているのだが。
「確か、鬼塚君も野球部に顔を出すようになったとか。水沢さんには心を開いているみたいですので、マネージャーとかどうですか?」
マネージャーか。というか翔瑠君、この先生に何を言ったの。
「あれ?違いましたか?朝一緒に登校していたので仲が良いと思ったんですが。」
なんと見られていたとは。
「偶然よ、偶然。はぁ、どっかに入部しますよ、すりゃあいいんでしょ。」
「投げやりにならない!」
二者面談を終えて教室を後にする。
「それで野球部に来たのか。」
ピッチャーが球を投げると、バッターが球目掛けてバットを振る。カキーンと心地よい音を響かせ、ボールは吹っ飛んでいく。
「ホームラン?」
「違う。あれは……」
翔瑠君が毎回説明してくれるけれど、さっぱり分からない。恐らくあたしの背後には宇宙が広がっているだろう。するとふっと笑った。
「お前はこういうのはからっきしなんだな。」
「アニメの録画ズレるから野球中継嫌いだったもの。」
翔瑠君はめげずに解説してくれる。お陰様でちょっとずつ分かってきた気がする。
「翔瑠君は野球しないの?」
せっかく幽霊部員から昇格したのに、翔瑠君はグラウンドの坂でマネージャー志願のあたしに付きっきりだ。
「俺は、ほら、野球じゃなくなるから。」
それは自分の妖力のことを言っているのだろう。ある程度は制御出来るようになってきてはいるが、ふとした瞬間に人間とは思えないほどの身体能力を発揮してしまうらしい。ちょっと残念な気がする。
「だから今まで幽霊部員だったの。」
「それだけじゃないが、まあ。そしたら財団が、一応国の機関だから文科省の要請に従え、幽霊やめろってさ。だから仕方なく来ている。」
翔瑠君も珍しく気が進まないらしい。
「部活なんてやりたい奴がやればいいのに。これで皆健康になってたら闇医者以外廃業するわよ。」
「江利、そろそろ休憩時間だ。ドリンク用意しないと先輩がうるさいぞ。」
「まっかして!あたし、その人好みのスポドリ用意できるのよ!夢創作で!」
気合を入れて準備しようと立ち上がった途端、
「おいマネージャー!サボってねえで用意しろや!!」
「あぁ!?自分のものくらい自分で用意しろや!あたしはてめぇのママじゃねぇんだよ!」
脊髄反射だった。これには流石の先輩も、
「えぇ……」
とこの困惑だ。
「……江利、向いてないと思う。」
「うん、あたしも思った。」
『文芸部もあるぞ。活動はそんなにしていないようだから江利にぴったりじゃないか?』
と翔瑠君が提案してくれた。よくよく考えてみなくとも人から指図されるのが苦手なーあくまで苦手だ、嫌いじゃないーあたしがサポーターの鬼であるマネージャーなんてできるはずもない。
あたしは野球部を後にして2階の空き教室を占領しているという文芸部の部室に向かう。文芸部というと詩集や小説でも創っているのだろうか。一見つまらなさそうだが、事件が起こるのは文芸部や古典部など地味な部活と相場が決まっている。
「わぷっ。」
ぼんやり歩いていたら曲がり角で何か柔らかいものにぶつかった。ふんわりと香水のいい香りがした。
「oops!sorry。ボンヤリしてマシタ。」
流暢な英語とカタコトの日本語を話す人物は1人しかいない。
「ごめんなさい。あたしも考えごとしてました。」
「Oh!エリサンではないデスカ。思ッタより小サイデスネ。」
あんたがデカすぎるんだろ。美人なシャーロット先生はあたしを見下ろして悪気がなさそうにそんな感想を漏らした。身長は170cmくらいある先生。
おまけに体付きも悔しいくらいグラマラスだ。課外授業で写真会を開いた方がいいのではないか?一枚一万円で。一体何人の男子生徒に写真撮影をお願いされるだろうか。そんな人とちんまりしたあたしを比べないでほしい。
「コノガッコ、女ノ子アナタシカいないのザンネンデス。日本ノ女ノ子、楽しみにシテマシタ。エリサン、仲良くヨロシクデス。」
共学になってから2学年目。1年生の教室を少し散策に行ったが女子生徒は一人もいなかった。シャーロット先生は手を差し出してきた。あたしも握り返す。
「よろしく、シャーロット先生。」
「そして困ッテマス。美術室ワカリマセン。」
美術室は反対側にある校舎の方だ。どうやらこの先生ずっと迷っていたらしい。
「案内しますよ。」
「アリガトウゴザイマス。」
入り組んでいる校舎は初めてきたしかも外国の人には迷路のようなのかもしれない。
「先生はイギリス出身なんだっけ?」
「ソウデス。」
「いいなぁ、行ってみたいなぁ。」
イギリスといえば貴族や騎士のイメージだ。おまけに有名な魔法使いの話のロケ地になっているなどどこか異世界なような気がしてワクワクする。一度行ってみたかったのだが、空港まで5時間かかるというド田舎に生まれた人間には無理な話だった。
「来テクダサイ。イイ所ですよ。」
先生はにこりと答える。貢ぎたい。
「日本はどう?」
「イギリスと違ッテ面白イデス。テラ、ニンジャ、サムライ、スシ、」
シャーロット先生は定番をあげる。だが次の言葉にビクリと体を震わせてしまった。
「ソシテ、妖怪。」
「妖、怪?」
なんでもない風を装って声絞り出した。
「ソウデース。イギリスにもフェアリーイマース。妖怪、フェアリー、ニテマス。エリサンは妖怪、信ジマスカ?」
「うーん、いや、どうだろう?SFだしいないんじゃない?」
「ソーデスカ。私ワいるト思イマース。コノガッコにも。例エバ、鬼塚、サンとか。」
先生はニコっと笑っていた顔を真顔にして、あたしの目を真っ直ぐ見つめる。あたしの青よりも濃い青色の目に吸い込まれてしまいそうだ。頭が真っ白になる。
初めて会った時の違和感といいなんなんだこの人は。次の言葉を探していると、先生は悪戯が成功したかのようにまた笑った。
「鬼塚サン、鬼デース。私知リマシタ、鬼ハデビル。桃太郎ニモ出てきマース。」
ホッと胸をなでおろし、自分が呼吸を忘れていたことに気がつく。
「それを言ったら狐とか龍とかもじゃないですか?」
「詳しいデスネ。」
「そしてここが美術室です。」
これ以上ボロが出る前に着いて良かった。
「ココデシタカ。thankyou。またお話シマショウ。」
そう言って先生は美術室の扉を開けて中に入っていった。引き止められる前に急いであたしはその場から離れる。
「ね、水沢江利さん。」




