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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校一年生編
32/72

File5 水沢百合の回顧録#7

「わ、私の気も知らないで!……江利さんが交換日記を見たということは大方知っているかと思いますが、姫様は度々お城を抜け出して、城下町で遊んでおりました。

 相手は人間妖問わず。私は名ばかりですが、その地の妖の長でしたから、小耳には挟んでおりました。妖達から私の話を聞いた姫様は、私の元に来たのです。」

 当事者に乗っ取られているからだろうか。当時の情景が鮮明に思い返される。記憶の中の初代は、江利に瓜二つで、輝く銀色の髪を持ち、天真爛漫で太陽のような少女だった。

「行動力の塊みたいな女ね。」

「他人のこと言えないと思いますが。」

 同意。

「人間や妖から隠れて生きてきた私を、姫様は外に連れ出してくれました。初めて見る城下町に私も心を踊らせたものです。

 私が姫様に想いを寄せるのは時間はかかりませんでした。ですが、私は平民どころか、人間にも妖にもなれぬ半端者、身分違いにも程がございます。この心は決して明かしてはならないと誓いました。

 そしたら姫様が突然、私への想いを吐露しまして、両思いなのに結ばれないというのであれば反対するものを半殺しにしてきます!とまで言い始めたんです。」

「殺意が自分に向かないあたり家系ね。」

「姫様が私のせいで罪人になってしまうのは本意ではなかったので、姫様を説得し、今後の事はまず置いておいてこれからも会うことにしました。その頃からですね、交換日記を始めたのは。

 逢瀬も姫様が他の殿方との縁談が来るまで、心が移ろうまでと思っていたのですが、それよりも前に、邪神に生贄となることになりました。」

 場面は一気に変わる。邪神の到来により、澄み渡っていた青い空は、厚い雲で覆われ、昼間でも光が刺さない。それはまるで民達の心境のよう。

「邪神は住処を点々と変え、住処に選んだ地の娘を生贄に出させ、約束通り生娘の代わりに幸福をもたらしますが、やがてその地は人間から腐敗していくという言い伝えがあります。

 しかも自身を倒した者を呪うという邪悪さ。陰陽師さえ容易に手出できません。そんな邪神が姫様の妖力に目を付けたのです。」

 邪神と呼ばれたものは、人間の姿に化け、城内を堂々と歩く。血の気が通ってない真っ白の肌と髪に、紅く光る目は化け物そのもの。纏わりついている黒い影のようなものは怨霊だろうか。

 引き止めた武士達は次々に倒れていく。遂に邪神は領主の元まで着て、領主の傍にいた初代を指さす。太陽だった少女の顔は絶望に染まる。その光景に沸々と怒りが湧いてきた。

「勿論姫様は迷わず一人犠牲になることを選びました。私の話も聞かずに勝手な方ですよね。」

 水沢百合は涙をぐっと堪え、誰にも見送られることなく邪神の元に1人で向かう。そんな彼女を止めたのが俺の先祖だった。

「だから私も勝手に姫様を護ることにしました。穢れに触れることには慣れておりましたので。あの時初めて姫様の年相応に泣いているお姿を見ました。」

 先祖は邪神を倒し、死骸から溢れ出た怨霊を全て取り込んだ。助かった初代は大泣きしながら先祖にしがみつく。

「姫様を助けたことから、公にはされませんでしたが、領主様から婚姻を認められ私達は晴れて夫婦になることが出来ました。

 2人の子どもにも恵まれました。それからというものの毎日がとても幸せで、日陰にしか生きることが出来なかった私には身に余るものでした。また、幸せな日々が続けば続くほど、この日が終わることを恐ろしくもありました。」

 初代や子どもたちの笑顔を見ていると幸せで胸がいっぱいになるが、ふとした瞬間に不安に襲われる。

「邪神を倒した際に取り込んだ怨霊達が、私の体の中を暴れ回っていたのです。」

 取り込んだ怨霊達は少しずつ先祖の体を蝕んでいった。それを悟られないように必死に笑顔を作る先祖。幸せな日々とは裏腹に、徐々に悪化する体。

「姫様にはどんなことがあっても幸せで生きていて欲しかった。私は姫様の前から去りました。私の体は何れ邪神の怨霊どもに乗っ取られる。ならばこの身ごと葬り去ろうと思ったのです。」

 先祖は水沢百合と子どもたちが寝静まった夜に、何も告げずに家を出て、誰も寄り付かない森の中に身を潜めた。水沢百合から離れ、更に体の中の怨霊達は凶悪となっていく。自我を奪われるのも時間の問題だ。

 先祖は持っていた刀の鞘を抜く。鋭く尖った先端を突き刺せばどうなるか、平和に慣れきった現代人でも想像出来る。先祖はその先端を己の腹に向け、勢いに任せて突き刺す。

 が、誰かに止められた。そこには涙で目を腫らした初代がいた。何日間も必死に探していたのだろう。綺麗な髪も着物もボロボロだった。

「すんでのところで姫様に止められました。私は姫様を泣かせてばかりですね。ですが、もうその時既に私は自我を保っていられませんでした。」

 先祖は人間の姿から、俺の化け犬よりも更に大きな化け物に姿を変え、先祖は命をじわじわと蝕まれる恐怖と苦痛から自我を忘れ暴れ回る。木々はなぎ倒され、森にいた生命は食物連鎖の頂点など関係なく全てが虫のごとく踏み潰される。一頻り暴れた後、妖力が尽きた先祖は人間の姿に戻る。

 もうじき命が尽きる先祖の目に写ったのは、血だらけでピクリとも動かない水沢百合だった。

「私は姫様を護るどころか、手に掛けたのです。」

「その後、まだ残ってた邪神の残滓が旦那さんの中に入って、悪さして子どもまで作りやがったというわけ。旦那さんに対する妖怪達の反応も頷けるわね。で、その邪神はどこ?」

「私の孫が全て祓ってくれました。」

「3代目が?!あの人って強いの?!」

「江利さんの前だからあんな感じですけれど、彼女は立派な水沢家の一員であり、当時は最強の陰陽師ですよ。」

「残念。なるべく苦しみを与えて消滅を懇願するまで追い詰めてやろうと思ったのに。そいつさえいなければ初代だって長生きできたし、旦那さんだって辛い思いをして、貶されることもなかった。」

 怒っている江利の頬をそっと撫でる。正直俺以外が江利に触れないでほしい。

「この怒りは貴女が抱えるものではありません。私のことはいいのです。私は貴女がたにはこんな思いをして欲しくありませんから。」

「翔瑠君は?その、大丈夫?だって鬼塚さんの家は、元を辿れば……」

 先祖の話からすると、代々続く鬼塚家はどうやら先祖の体を乗っ取った邪神の家系となる。水沢家と先祖からすれば憎むべき相手だ。

「江利さんは?彼は言ってしまえば、私の血は引いていますが邪神の子孫です。」

「翔瑠君とそいつを同一視しないで。悪いのは邪神であって、子孫は悪くない。一族共々悪事に手を染めてたのなら救いようがないけれど、3代目が旦那さんしか払ってないとなるとそういうわけでもないんでしょ。

 翔瑠君は翔瑠君それだけ。もし旦那さんみたいなことがあっても、あたしが止める。絶対に。翔瑠君は、あたしが護る。」

「それを聞いて安心しました。私は貴女達が大事なように、彼らも大事なのです。本意な形ではないにせよ、彼もまた私の子孫。両家には幸せになって欲しいのです。」

「願われなくたってなってやるわよ。このあたしに任せなさい!」

 その自信はどこから来るのかと問いたいが、江利が言うのなら今後何があっても大丈夫な気がする。

「翔瑠をよろしくお願いしますね。気が向いたらまたお姿を現すかも。」

「成仏できないの?」

「それが、500年も彷徨っていたからなのか、無念がまだ強いのか分かりませんが、成仏出来なくなってしまいまして。水沢家の皆さんは気がついてなかったようですが、私たまに江利さんの周りをぐるぐるしてたのです。」

「ストーカーじゃん!子孫のこと放置しておいて?!」

「ちゃんと翔瑠のことも見守っていましたからね!幼稚園の頃暴走した際に彼を落下物から守ることで手一杯でしたが!」

 助けるのはそこではない気がするが、それに関しては感謝しなければならないかもしれない。

「最後に1つ。私や翔瑠を信じてくれてありがとうございます。陰陽師の代行者の皆さんのこもも信じてあげてください。彼らは姫様や私のような者が出てこないように日々奮闘しているのです。それと、ご家族の、」

「まだあるわけ?信じる心持てってことでしょう。先生か!」

 先祖は江利の父親のことを言おうとしていた。誰も江利の父親に触れない。先祖は何か知っている。だけどそれを飲み込み、

「執拗いと嫌われてしまいますからね。では、これで。あけましておめでとうございます。良いお年を。」

 ふっと力が抜ける。主導権が戻った。

「翔瑠君大丈夫?変なところない?」

 江利は無遠慮に俺の顔をぺたぺたと触る。

「あぁ、なんとか。見てきたよ、初代と俺の先祖の過去。」

「そっか。心配しなくても大丈夫。そんなことがあってもあたしが護るから、大船、いえ、超豪華客船に乗ったつもりでいなさい!」

 江利はふふんと胸を張る。

「それはこっちのセリフ。俺、もっと強くなるよ。」

「あたしも強くなる。」

 江利に力で適わなくとも、心は護りたい。

「帰ろっか。」

 俺達は手を繋いで、家に帰る。帰り道、ずっと気になっていたことを聞いた。

「そういえばなんで突然『君』付けしたんだ?」

「うぇ?!あ、うん、継萊お姉ちゃんと月萊お姉ちゃんが、『男なんて君付けすればイチコロよ!』って言ってたから。」

 思わず溜め息が出る。あの人達は江利に何を教えているのだ。そして江利はすぐ信用しない。

「いや、だった?」

「そんなわけない。名前で呼んで。」

 ぱぁっと江利の顔が明るくなる。

「翔瑠君!」

「でもすぐ人を信用しない。」

「えぇ?!ご先祖さまと真逆のこと言ってるんだけれど。」

「あれは適当な奴だから。アイツ、江利のことを触ったのもまだ許してないからな。」

「えぇ……。」

 家に帰ってすぐ睡魔に襲われた超大型犬と化した俺と江利は、玄関で寄り添うようにして昼頃まで眠っていた。目を覚ました俺達はいとこ達に詰め寄られることとなる。

中学1年生編完。新学年に続く!

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