File5 水沢百合の回顧録#4
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!!」
「江利ちゃん、これは大事なことよ。」
手で答えるよう促される。
「似合っている、と言いましたが。」
「それだけ?」
「それだけですが。」
「聞いたみんな!江利ちゃんのこの格好を見てそれしか感想が出なかったのよ!」
そういうと月萊さんはスマホを取り出し、1枚の写真をいとこ全員に見せびらかした。そこにはクリスマスのときの服装をした江利が写っていた。口々に可愛い、ビックバンに1人、二次元越え、尊いなどと言っている。
「私達の可愛い江利ちゃんが更なる可愛いに進化した時、様々な感想が自然と出るものです。それを!こいつは!似合っているで済ませた!江利ちゃんへの賞賛がそれしか出来ない奴に、江利ちゃんは渡さない!!」
パチパチパチと10人の従姉兄全員が拍手を送る。
「劣勢の鬼塚氏!反論をどうぞ!」
翠麗さんはノリノリだ。どっちに転んでも面白がるのだろう。
「えっと、さっきお姉さんお兄さん方が言った感想は、江利にとっては当たり前のようなもので、今更口に出すのも烏滸がましいと思いまして。服に対し、江利に着てもらっている割りには似合っていると伝えたまでです。」
「あたしじゃなくて服に言ってたの?!」
「そうだ。あっ、きちんと江利に言ったほうが良かったか?なら今からでも……」
しばらく江利は目を丸くして口を閉じたり開いたりしていたが、
「いい!あんたちょっと黙ってろ!!」
ついに黙っていろと言われてしまった。今度は7人が拍手する。その中には反対派の辿萊さんと叶夢萊さんもいた。
「ななな、なんて重いの!やっぱり危険だわ!そして辿萊と叶夢萊!裏切ったわね!」
「裏切ってないよ。あたしは江利ちゃんもヤバいから反対してただけであって、鬼塚君も充分ヤバいから心配いらなかったなって。うん、2人ともお似合いだと思うよ。」
「僕も裏切ったわけではない。解釈一致だ。」
「月姉さん、反論は?」
「……っ!ない!!」
「はい、じゃあ次に言いたい奴は?もう何言っても無駄そうだけどな。」
では、と今度は継萊さんが手を挙げる。
「お前は、初代への裏切りをどう思っている。」
また血筋の話に戻ってしまった。今日集まった理由はこれが原因なので仕方ない。
「俺の先祖は、一体何をしたんですか?」
「江利、何も知らせていないのか。」
「あたしは実際見たことしか話せないもの。」
江利からは俺の先祖と江利の先祖は大昔夫婦で、色々あって2人とも死んでしまったということしか聞いていない。人間は誰しも死ぬものなので、冬に花の種を埋めて、春先に咲いたが、夏には枯れた、程度の説明しかされていない。これを説明と言っていいものなのか。それと夫婦で仲睦まじく交換日記をしていたことくらいだ。
「はぁ、代表してあたしから教えてやろう。」
年長者の継萊さんは面倒くさそうに言う。
「あたし達水沢家は代々大昔から時定の土地を治めてきた一族だ。初めは極々普通の領主だった。
それが500年前、3人姉妹の末っ子に超能力が現れる。それがあたし達の始まりの祖、初代水沢百合。ここからあたし達のような他の人間とは違う能力を持った人間が生まれることになる。ま、江利ちゃんや禅麗以外は、見えちゃいけないものが見えるぐらいだ。
初代の力は何がなんでも水沢家は隠したがったが、手に負えないほどやんちゃで天真爛漫な少女で、お付の目を盗んでは城から抜け出し、妖怪達の元に通っていたらしい。そんなんだから家の人も初代を止めるのを諦め、好きにさせていた。危ないことにも巻き込まれていなかったしな。
だが、ある日、時定に危機が訪れる。邪神が初代に目を付けたんだ。初代を差し出せ、さもなければこの地に生きとし生けるものの生命を奪い、2度と人間が住めなくなるだろう、と。王位継承第3位の姫とその地に住む何千人もの命、どっちが大切かは考えるまでもない。初代は快く邪神の生贄になることを選んだ。初代はそこで途絶える運命、のはずだった。どういうわけか妖怪どもの纏め役が初代を助けたんだ。
妖怪遣い、お前の先祖だ。いつから生きているのかは知らん。とにかく奴は邪神を倒し、初代を救った。それで初代は心臓をズギューン!!と貫かれてな、もうベタ惚れだったらしい。初代の熱烈なアタックの末に初代と妖怪遣いは結ばれた。2人の子どもにも恵まれ、めでたしめでたし、と終わりたいところだが、問題はここからだ。
2人の子どもを残して、初代は殺された。他でもない、自分が愛した男に。妖怪遣いの狙いは初代の血。強力な力を持った子を欲していた。人間にも妖怪にもなれない自身の地位を確たるものにするため。邪神さえも妖怪遣いの手引きだと言い伝えられている。
その後、奴は初代の命を奪ってまで手に入れた2人の子どもさえも捨て、行方を晦ました。その子達は、1人は水沢家で保護、もう1人は行方不明で今も消息を掴めていない。これがお前とあたし達の因縁だ。」
酷い話だ。水沢家の人たちが俺を警戒するのも無理もない。
「あの、俺の先祖は行方知らずなんですよね?なんで俺のことその末裔だって分かったんですか?」
「500年の因縁という奴だ。お前に会ってすぐ分かったぞ。」
「そ、そうね。あ、あたしも一目見て分かったわ。」
江利はしばらく俺の正体を気づいてなかったけどな。
ただ1つおかしなところがある。
「江利から聞いた交換日記の内容とはちょっと違うみたいなんですが。」
「交換日記?」
継萊さんは目を顰める。
「初代と旦那さんの交換日記。邪神に生贄に出された時に初めて会ったっていう話だったけど、それより随分前から会ってたじゃん。身分の差があるからって、こっそり交換日記をしてやり取りしてたみたいだもの。」
「何の話をしている?初代の記録は水沢家の日記帳にしか残っていない。」
「交換日記あったじゃん。あたしが小さい頃仏壇の宝箱の中の交換日記を見つけたらお姉ちゃん、絶対に見るなって怒ってたたじゃん。」
その忠告を無視して江利は見てしまったらしい。
「む?あたしそんな話したか?継萊の間違いじゃなく?」
「私も知らないわよ。江利ちゃん他の物と勘違いしてるんじゃないの?」
「勘違いじゃないよ!開けちゃってもっと怒られると思ったから今まで黙ってたの。誰も見つけてないならじいちゃんの仏壇の裏に隠してあるよ。そこに初代と旦那さんのやり取り書いてあったもん。」
「そんなはずは……」
「じゃあ今ばあちゃんに確認してみてよ!」
江利の勢いに気圧され、継萊さんはどこかに電話を掛けた。
「あー、ばあちゃん?私だ、継萊。江利ちゃんが変なこと言い出して、じいさんの仏壇の裏に何かないか?うん……、あった?しかも初代の名前が書いてる?!交換日記?!な、内容は……、ばあちゃん?!大丈夫か?!」
「おばあちゃんに何かあったの?!」
「ばあちゃん、腰抜かしている。江利ちゃんの言ってた宝箱……、今まで子孫の誰も開けられなかったものだって。本当に交換日記が……、あぁ母さん。理由は後で話すからその日記帳の写真撮って送ってくれないか?送れるでしょ、メールとか。うん、うん、じゃあまた後で。」
継萊さんは電話を切った後も呆けていた。全員一言も喋らずメールを待つ。すぐに継萊さんのスマホは振動した。どうやら叔母さんから写真が届いたらしい。テーブルの真ん中に置いて、江利を除いた全員が画面を注視する。
そこには日付と達筆の文字が。筆跡は二種類ある。昔の字過ぎてところどころ読めない。
「恐らく1つは初代の字だと思われる。そして、この字が、」
「たぶん俺の先祖の字だと思います。……なんて書いているんですか?」
「あたしなんとなく分かるよ。勉強したからね。えーと、『貴方に会えない時間が惜しい。すぐ明日会えるというのに、それでも惜しい。私がもし自由であったのなら、こんな気持ちもせずに済んだのでしょう。』
『私も姫様と同じ気持ちでございます。しかしながら、離れていることで深まる思いもあるのもまた事実。お慕い申しております。』だって。ここからしばらくこんなどーでもいいやり取りが続いて邪神の話が出てくるの。
『私は邪神様の元に行きます。貴方はまた勝手なことをと怒るかもしれないけれど、これも領主の娘としての役目。来世、というものがあるならば、また、貴方と。』
って。これでやり取りは終わり。初代は村の人達のために邪神の生贄になる道を選んだから旦那さんは来るなって言ったのに、来ちゃったんだね。そっからのことはなんも残ってないから分からない。だけど旦那さんは、そんな酷いことする人じゃないよ。」
次から次へと送られてくる交換日記。幼い頃の江利はこれを一生懸命解読して、初代と妖怪遣いのことをただ1人信じていたのだろうか。
今度は江利の家の固定電話が鳴った。江利はちょっと面倒そうな顔をしながら立ち上がり、受話器を取る。
「はい、水沢です。ばーちゃん!久しぶり。うん、元気。あの箱?小さい頃見つけてこっそり開けたの。どうやってって、普通にパカって開いたよ。結界?うーん、覚えてないや。うん、うん、ちゃんと調べてね。もう初代の旦那さんのこと悪く言わないで。……それは、ごめんなさい。はい、はーい。またねぇ、良いお年を〜。」
パタパタとまた俺の隣に戻ってくる。少し上機嫌だ。
「おばあさん、なんだって?」
「ちゃんと翔瑠の先祖を調べてみるって。あの箱、普通に開いたんだけどなぁ。ほら、あたしの言ってたとおりだったじゃん!」
江利はドヤ顔しているが、俺にしか見えてない。従姉兄達は全員交換日記に釘付けだ。




