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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校一年生編
25/75

File4 水沢江利と呪いの少年#5

 思考が一斉に停止する。()()とはなんだ。お気に入りとかの意味だっけ。油断しているときに出来るやつだっけ。タレ入れて鍋にするやつだっけ。

「好き。」

 ()()のゲシュタルト崩壊をしている間にも翔瑠はもう一度繰り返す。別に聞き取れなかったわけではない。翔瑠はこちらをこそばゆくなるほど穏やかな目で見つめてくる。

「ち、ちょっと待って。その感情はきっと翔瑠の中のご先祖さまが……」

「違う。」

 翔瑠はキッパリと否定する。とてもまっすぐで綺麗な瞳。

「違う。ちゃんと俺の感情。」

「消去法でしょう!」

「人間がいっぱいいるのになんで消去法になる?」

「じ、じゃああたしの好きなところ10個あげてみなさいよ!言えない奴とは付き合わないことに決めてるの!」

「えーと……」

 どうせ言えないではないか。あたしはとどめを刺すかのように、

「40秒以内!!」

と時間制限まで設けてやった。無理だろうというつもりで言ったのだが、翔瑠は考え込んだと思いきやすぐに口を開いた。

「自分が見たものしか信じないところ、意地を張っているけれど実は無理をしているところ、凄くお人好しなところ、意外と純粋なところ、ちょっとたまに抜けているところ……」

 その後もゆっくりとあたしの耳に一言一句聞き間違いのないようはっきり噛み締めるようにあたしの好きなところを並べる。ちっとも時間制限なんて気にしていない。しかもいつの間にか20個は超えている。

「ま、待て!もういい!」

「まだ半分くらいだけど。そういえば40秒以内だったな。早口で言ったほうがいいか?」

「そういう問題じゃない!新手の嫌がらせ?!」

「江利が10個言えって言ったんじゃないか。」

 翔瑠は楽しそうに笑う。やっぱり嫌がらせだ。

「保留。」

 思わず不貞腐れたような声になってしまった。翔瑠は気にも留めずに、

「分かってる。江利は佐々木が好きなんだろ。」

と少し切なそうに言う。

「は?」

「よく楽しそうに帰ってるじゃないか。夏祭りのときだって学校では見たことない顔をしていた。あの後冷たくしてごめん。嫉妬していたんだ。返事はいい。ただ伝えたかっただけだから。」

「ちょ、ちょっと待って。なんでここでユウキの話が出てくるわけ?あいつはただの親友だって。」

「親友なだけ?」

「何万回目よその質問。親友だってば!」

 そんなに女と男の友情を否定したいか。そもそもユウキは、女子が苦手でまともに話せない。

 なぜあたしは大丈夫なのか一度尋ねたことがある。すると脳が女子じゃないと判断しているからなどと半笑いで失礼なことを言ってきた。絶交が頭の中をチラついた。

「ユウキとはね、恋だとかそんな気まぐれみたいな薄っぺらい関係性じゃないわけ。以心伝心っていうの?生き別れた双子の姉弟って感じがするのよ。」

「もっと深い関係だった……。」

「だから違うって!ユウキとは別に何も、そもそもあたしは翔瑠のほうが……」

 何故あたしは必死に弁明しているのだろうか。あたしとユウキはよく茶化されることがあったけれど、説明しても他人には到底理解できないだろうから放置していた。それなのに、翔瑠にこのまま疑われるのは嫌だ。この気持ちはなんなんだろうか。

「やっぱ保留!あとユウキとは全然そんな関係じゃないから。勘違いしないでよね。」

「そうか。」

「まったく、こんなことしている場合じゃないんだからね!」

 戸惑いを隠すために話題を変えた。姐さんから早くしないと翔瑠が戻らないと言われていたし、逃げたわけではない。

「あんた、早く元に戻ったら?」

「戻れたらとっくに戻ってる。こういうのは江利が詳しいんじゃないか?」

「あたし化け犬は専門外なんだけど。白子ならなんとかなるのかしら?」

「あいつらはイマイチ信用ならないからな。」

「研究室は信用できるよ。」

 研究室は何も手を打っていないようでしっかり対策しているみたいだからな。敵にも味方にも手の内を無闇に見せない。

「能ある鷹は爪を隠すってやつ。」

「江利がそう言うなら、まぁ。」

 あたしは怪しむ翔瑠の背中に乗って、半壊したビルから出た。規制線の向こうでは数十人の白子達が慌ただしくしている。姐さんがあたし達に気がつくと走り寄ってきた。

「江利さん!ご無事で何よりです!鬼塚さんもお変わりありませんか?」

「異常はどこにもないし、意識は人間なんだけれど、戻れなくなっちゃったみたいで、あんた達でどうにかならない?」

「その状態でしたら朝飯前です!じゃあ物陰にでも解呪しますか。制服は諦めてくださいね。」

「「え?」」

「人間としての質量から変換される際に、服は消え去りますから。」

 確かに変身ものを見ていて元々着ていた服はどうなったのだろうと思うが、まさか消え去っていたとは。今の状態の翔瑠は、と考えかけて慌ててやめた。

「俺の制服は?!」

 気にするところそこなんだ。

「ちゃんと用意しておきますから。先輩!お願いします。」

「こちらにどうぞ。」

 翔瑠(超大型犬)は姐さんの先輩白子男に連れていかれてしまった。


 10分もしないうちに白子男と一緒に物陰から出てきた。二本足で立っているし、手の爪も人間のサイズに戻っている。いつもの翔瑠だ。目が合うと、ほんのり顔を赤くして照れたのを誤魔化すように頬を掻いている。

「怪我ないか?変なところは?」

 思わずあたしは駆け寄る。が、着ていた服を見てピタッと止まる。

 黒色の生地に遠くからばっちり見えるくらいデカデカとした白字で表面に『江利様サイコー!』、背中に『ビッグバンに一人の美少女』と書かれたいつぞやのトレーナーを着ていたからだ。

「江利様お久しぶりです!いかがですか!Tシャツではこの時期寒いので、トレーナーも作りました。セーターも鋭意制作中ですよ!」

 犯人は翔瑠の肩に乗って決めポーズをしていた。あたしはイタチの首根っこをむんずと掴む。

「今すぐ製造中止にして自主回収なさい。さもなくば、お前をここで始末する。」

「そ、そ、そんなぁ?!いいではないですか!江利様の良さを世界に知らしめることができるのですよ!」

「どこがだ!完っ全に笑い者じゃない!」

「江利さん!我々の大事な稼ぎ頭をぞんざいに扱わないでください。」

「あんたらもあんたらよ!本人に無断でなに商品展開してくれちゃってるのよ!今すぐやめさせろ!そして翔瑠は脱げ!」

 ずっと黙っている翔瑠に話を振ると、

「いいなこれ。」

「季節によって半袖、長袖、セーターがありますよ。生地も拘ってます。」

「だけどビッグバンに一人の美少女は過小すぎやしないか?」

「……そう、ですかね。」

「10次元を超越した美少女とか。」

 なんとモニターとして白子男にアドバイスなんかしちゃってくれてる。

「や、やめろー!!」


 その後翔瑠は白子達により研究室や要注意団体の存在、自分のことを聞かされキャパオーバーになっていたが、

「江利が元気で幸せでいてくれれば、俺はそれだけで頑張れるから。」

 などと悟りを開いたオタクみたいなことを言って自分の中で整理したようだった。翔瑠のあたしへの認識がどんなものか分からないが、漫画のキャラ(好きな人)が幸せなだけで生きていけるのは凄くわかる。

「江利さんと翔瑠さんにお伝えできるのはここまでです。我々の活動は秘密裏に行われていることもありまして、階級によって開示できる情報が限られています。私も全てを把握しているわけではありません。ですが、提供できる情報は最大限お伝えしますので今後もよろしくお願いします。」

「まだ江利も危ない目に遭うのか?」

「そうですね。怪奇現象は近年被害が増加しています。件数も多い分、危険な目に遭うこともないとは言い切れません。」

「江利は……、」

「あたしのことはいいわよ。問題はあんたよ。翔瑠はヤバい協会に目を付けられちゃったし。研究室は協力する代わりに保護してくれるのよね。」

「それは勿論、全力でお二人をお守りします。」

「じゃあ決まり。あんたもいつああなるか分からないし、研究室に力の使い方を教えてもらってたほうがいいわよ。」

「江利。」

「あたしはこういうの慣れているからいいの。安心して。翔瑠のことはあたしが守るから。」

 翔瑠は何故だかまた照れている。つい数時間前まではポーカーフェイス気取っていたくせに。

「それよりここはどうするの?高層階ビルが崩壊したとなれば大騒ぎじゃない?」

「ご安心を。ビル内の人間、付近の住民には秘匿班が高度忘却装置を用いてここ2、3時間の記憶を消去しましたので皆さん記憶にも残っていません。」

 そんな魔法みたいな技術があるとは。

「怪奇現象のことは公安のトップでも数人しか知らない特定機密情報です。軽率にご自身の能力をひけらかさないでくださいね。」

 パンダになってしまうのでそんなつもりは毛頭ないが一つ疑問に思った。

「忘却技術があるんだからこそこそ活動してないでそれ使って堂々とすればいいじゃない。」

「装置の発動までいくらかかると思っているのですか!予算がおりないんです!」

「我々の存在自体超機密事項ですからね。いるんだかいないんだかの組織にお金は出せないってことです。」

 どこも人手不足で資金不足なんだな。

「きっと協会はまた近いうちにお二人に接近してくるでしょう。今度は何を仕掛けてくるかは未知数です。このことは頭に入れて置いてください。」

「また今回みたいなことが起こるの?」

 白子男は顔を隠していた布をあげる。声からして若いと思っていたが、まだ幼さが残る顔を見るに高校生くらいの年なのではないだろうか。

「いいえ。我々がさせません。」

 それはうっかり信じてしまいそうな真っ直ぐした瞳だった。

「先輩ばっかりカッコつけて!」

 姐さんも一緒に布をあげる。とても笑顔が似合う、素敵な女の人だ。

「先輩は私より年下ですけれど、私よりも研究室が長いんです。研究室の構成員はお二人と年があまり変わらない人達が大半を占めています。そのくらいのほうが純粋で怪異も見やすいんですよ。」

「あんた達も生活があるだろうに。こんなことにかまけていいの?」

「そうですね。だからといって、見えるものを見えないフリをすることはできませんから。」

「なんでそこまで?」

「研究室への恩返しというのもありますが、一番は我々が生きるためです。」

「生きるため……」

「この年で地球が荒廃してしまうのは嫌なので。やりたいこともいっぱいありますからね。」

 白子男はにこりと笑う。

「あんた達のことも秘密じゃないの?」

「江利さんがここまで頑張ってくれているのに、いつまでも顔を隠したままでは失礼ですから。呪い対策のために名前は伏せさせていただいておりますが。」

「じゃあエージェントと姐さんって呼ぶわ。」

「だから、姐さんはやめてください!」

続く!!

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