間章 夏祭り#3
「うーん、どうやって取り除くんだろう?」
ぼんやりと花火の音を聞いていると、裏のほうで話し声がした。聞き覚えのある声だ。
「この子も祭りの日なのに災難ね。怨霊のときみたいに出来ないの?」
「木っ端微塵にするイメージならできるけど、この子を無事なまま内部から破壊って無理ゲーじゃね?」
女子2人分の声。足音を立てずに近付くと水沢がいた。そして猫集会に出掛けていたはずのミケも一緒だ。1人と1匹の視線の先には小さい子が倒れていた。
「白子達に頼んだほうが早いのかなぁ?」
「問題はこの子の親ね。さっき迷子の放送をしていた子の特徴に似ている。」
水沢1人しかいないはずなのに誰と話しているのだろう。
「ちょっとなんとかやってみるわ。」
「大丈夫なわけ?」
「大丈夫よ!エネルギーチャージしたし!」
「不安しかないわ。鬼塚とかっていういけ好かない奴の呪いも解けないのに。」
「いけ好かないって、ミケは人間嫌いなだけでしょ。あれは頭を使わなきゃいけないの!」
「どーだか。さっきまで忘れてたんじゃないの?夏休みの半分も呼び出して何やってんのよ。」
「しょうがないじゃん。悪いのは宿題を出す学校よ。それとこの2週間、ちゃーんと不幸体質の正体も探ってたんだから。」
「探ってたのは宿題でしょ。まさか、片思いしているとか言わないわよね?家に面倒事を持ち込まないでちょうだい。」
「うるさい猫ね!今はあいつのこと関係ないでしょ!待たせてるんだから早くしないと!どうするの?
これで鬼塚があたしの正体に勘づいて、実はあたしの家系が超能力者で隠れて怪奇現象を解決しているって見破られたら!
パンダになるのよパンダ!一生動物園暮らしじゃない!毎日毎日飽きもせず笹ばっかり食って!嫌よ!そんなの!」
悪いが全てはっきりと耳に入ってしまっている。只者ではないとは思っていたが、まさか超能力者だったとは。しかも正体を言い当てられるとパンダになるという厄介な設定付きの。……なんでパンダなのだろう。
「心配しなくてもあんたきっともう勘づかれているわよ。挙動不審だもの。あたしは完璧なまでの変身スキルがあるからね。」
そしてミケの声もはっきりと聞こえてしまった。察しのいい猫だと思っていたが、本当に人語を理解していたとは。
この2人の秘密を墓場まで持っていかなくてはならないのか。というか警戒心無さすぎではないだろうか。
「そんなスキルより今必要なのは悪霊退散スキルよ!よし!ちょっとやってみる!異能は、イメージ!」
水沢は深呼吸をして、子どもの胸に手を当てる。
「それじゃ駄目だ。」
「「えっ?」」
体が勝手に動いた。違う。今のは俺の意思ではない。1人1匹は思わぬ人物の登場に驚いている。これでは水沢が必死に隠していたことが無に帰してしまう。
動揺している素振りを見せないよう、なんでもない表情を作る。ポーカーフェイスなら慣れている。
「お前があまりに遅いから、探したぞ。その子、倒れたんだろう。素人があまり手を出さないほうがいい。本部に連れて行こう。」
「いや、それが、そのっ、なんというか。」
水沢は必死に弁明しようとしている。超能力者の少女はどうやってパンダにならず、子どもに取り憑いた霊を取り除くか喋りながら考えている。その証拠に支離滅裂なことを口走っている。ミケの表情はどんどん険しくなる。
根拠はないが水沢に除霊させてはいけない気がする。俺は話を無視して、子どもをおんぶする。
「取り敢えずこの子を連れて行ったほうがいいだろ?」
「あぅ、そうなんだけれども……。」
水沢はもごもごするがどうすればいいのか分からなくなり黙り込んだ。本部に向かう俺の後を黙って付いてくる。
「どうするのよ。」
「まさか来ると思わなかったんだもん。」
「あんな廃墟に近づくほど頭イカれてんのよ。そんな奴が探しに来ないわけないでしょう。」
「ミケ、聞こえてたらどうするの。」
はっきり一言一句聞こえている。頭イカれた奴で悪かったな。
出会ったときから水沢江利をなんとしても守らなくてはいけない使命感が湧き、咄嗟に自分でもとんでもない行動を取ってしまうことがある。
出会った当初、水沢を職員室まで抱えてしまったのも、人間どもに虐められている姫様に居てもたってもいられなくなって勢いで抱えてしまった。
よくよく考えれば、水沢は特に気に病んでおらず、余計なお節介で、しかも変な噂を流されてしまったのは大変申し訳ないと思っている。
切り裂き事件のときだって、傷付いてなかなか目を覚まさない姫様に胸が張り裂けそうになっていた。目を覚まされたときには国を上げて快気祝いを行いたかったほどだ。
マンションの件は明らかに怪しい黒子の白いバージョン姿の2人が信用ならなくて水沢を追いかけてしまったのだが、そのせいで姫様を危険な目に合わせてしまった。今度こそ、姫様には幸せになって欲しい。
『……何を犠牲にしてでも。』
「鬼塚!鬼塚!」
姫様……、水沢の声にはっとする。
「本部とっくに過ぎてるわよ。」
水沢は俺の腕を引っ張り、本部を指す。
「あんた大丈夫?考え事してたみたいだけど。」
姫様って何だ。まさかこのチビのことじゃないだろうな。これはじゃじゃ馬を超えた猛獣の類だ。ネコ科の。
「人が多くてぼんやりしてただけだ。それより子どもは大丈夫か?」
誤魔化すように、注意を子どもに向ける。すると水沢は信じられないという顔をした。
「ミケ、これ……」
「なんで?さっきまでがっちり取り憑いてたのに。」
そっちの問題も解決したらしい。子どもを涙目になっていた両親に引き渡した頃には花火大会は既に終わっていた。
「せっかく来たのに悪かったわね。」
「俺らは来年もまた来ればいい。あのちびっ子は水沢がいなかったら一生のトラウマになっていたかもしれない。」
「そうよね!さっすがあたし!いい事した!」
立ち直りも早すぎる……。
「あーあ、夏休みも終わりかぁ。冬と春は短いし。」
「お前は学校来ても寝てるだろ。」
なんでこんなのが成績優秀なんだか。やはり天は不公平だ。
「でも逆に考えるのよ。まだ5日ある!今からでもゲーセンに行くわよ!」
あの夏休みずっと休憩と称し遊びまくっていたくせにこの期に及んでまたどこかに行こうというのか。そして中学生は補導される時間が近い。
「お、エリじゃないか。」
他校の制服を着た男子学生に声をかけられる。水沢は目にも止まらぬ速さでスカートを翻しながら振り返った。
「ユウキ!あんたも来てたの!」
水沢は声をかけてきた人物に満点の笑顔を向ける。俺の前でも、学校でもこんな顔は見たことない。
男子学生は髪はくせっ毛で、何故か前髪をピンで止めていた。
「塾の帰りだよ。俺はエリと違って暇じゃないからな。今度の定期で学年10位以内だったら小遣いもらう約束してんだ。」
「あの限定版のため?」
「この為に俺は生きていると言っても過言では無いからな!勿論観賞用、保存用で買い揃えるつもりだ!」
2人は俺のことなど気にせず楽しそうに絶え間なく話し続ける。
「あ、こいつはユウキ、佐々木祐希。」
水沢がようやく俺の存在を思い出し、男子生徒の紹介をした。
「エリの親友とでも言っておこう。お前は?」
「親友……。」
「こっちは鬼塚翔瑠。クラスメイトよ。」
「なんか熱血教師になってそうな名前だな。そうだ、夏休みあと5日もあるけどどっか行かね?」
「当たり前でしょう!色々回らないと!」
「鬼塚とやらも来るか?」
佐々木がこちらを誘ってきたが、俺は一刻も早くこの場を去ってしまいたかった。
なんでだ。なんで水沢が他の奴と楽しそうに話しているのに腹が立っているのだ。
「俺はいい。水沢、俺は用事を思い出したから先に帰る。」
「え?そうだったの。宿題助かったわ。じゃあまた学校で!」
返事はしなかった。原因不明の憂鬱を抱えながら、最後の5日間を過ごすこととなった。
続く!!




