間章 夏祭り#2
次の日の18時、約束の時間にインターホンを鳴らす。はーいという声が聞こえてしばらく経った後、水沢が出てきた。いつものオレンジ色のパンダTシャツではなく、余所行きの格好に彼女の姿をまじまじと魅入ってしまった。
服は夏らしい白いワンピースに黒色のシャツを羽織っており、頭には黄色いカチューシャにリボンを付けたものを身につけている。もはや彼女のトレードマークになっている黄色いカチューシャはコスプレの一環らしい。
風に靡く髪は、夕日に照らされキラキラと輝いている。その中で一際輝きを放っている銀色の髪。前髪にしかなかった銀髪はマンションの1件以来、少し面積が広がっている気がする。
てっきり家にいるような格好で現れると思っていたが浅はかだったようだ。
「なに?」
「巫女のコスプレでもすると思ってたから。」
水沢は明らかに不機嫌になる。
「男子はいいわよね、制服でもバレなくて。」
「まあな。」
2人並んで祭り会場になっている神社へと向かう。神社には少子化の時代にどこから人をかき集めてきたのか混雑していた。定番の屋台は長蛇の列を成している。
「人が、ゴミのようだ……。」
水沢は圧倒されているのか口数が少なくなっている。
「祭りってこんな人がいるもんなの?客がいない神社で、いつ潰れてもおかしくない屋台がずらっと並んで下火の閉店レース繰り広げてるもんじゃないの?」
彼女の田舎は相当な限界集落だったらしい。
「どこかで休むか?欲しいのがあったら買ってきてやる。」
「な、舐めないでよね。争奪戦には慣れてるんだから!」
強がっているがいつもより覇気がない。
「無理しないほうがいい。この後花火大会もある。人は増えるばかりだ。」
「じゃあ、綿あめとりんご飴、回転焼きのチョコレートとカスタード、バナナチョコクレープ生クリーム増し増し、ミケの餌用金魚10匹お願い。」
よくこんな清々しいほど図々しくなれるものだ。
「……やっぱり無理したほうがいい。」
俺達はまず綿あめを買うことにした。定番中の定番ということもあり、すぐ見つけることが出来た。
「おっちゃーん!綿あめ2つ!」
「俺はいらな……」
「あたしの分よ?」
水沢は200円を店主に手渡し、綿あめ2つ手に入れた。
「食べずらいから持ってて。」
1つ押し付けてきた。水沢は器用に黙々綿あめを食べ進める。少しずつ顔に覇気も戻っていく。
あっという間に綿あめを1つ完食し2つ目に突入する。これもすぐに食べ終えた。
「よし!これで体調も戻ってきたわ!」
「一体どういう仕組みなんだ。」
「甘いのが切れるとあたし駄目になるの。」
それは禁断症状じゃなかろうか。
「折角来たんだし、屋台の端から端まで制覇するわよ!」
すっかり元気になった水沢に反比例して俺の体調が悪くなってきた。
りんご飴も食べないと祭りに来た気がしないなどと言って今度はフルーツ飴の屋台へと行く。フルーツに飴をコーティングしただけなのに美味しそうに見えるのだから祭りというものは不思議だ。
水沢はりんご飴を1つ選ぶ。これまた水沢は美味しそうに頬張っている。
「鬼塚はなんか買わないの?」
「俺は、見ているだけでいい。」
祭りにこの歳まで来たことがないので楽しみ方が分からない。ただ水沢と一緒なら楽しいと思って誘ったのだ。
「かき氷の早食いでもしてくれば。あっちでなんかやっているわよ。」
水沢が指を指すとかき氷屋の前で高校生くらいの5人組が誰が一番早くかき氷を食べられるか競走していた。キーンとする頭を抑えながら必死に食べている。
「優勝賞品次第だな。」
「かき氷もう1個おまけだって。」
「遠慮する。」
「こうしちゃいられないわ。花火大会が始まる前に制覇しなくちゃ!行くわよ!」
水沢は宣言通り片っ端から屋台を周り、1時間で半分の屋台を制覇した。宿題もこのくらいやる気を出して欲しかった。
屋台の冷やかしも切り上げ、俺達は観覧席に足を運ぶ。まだ30分以上前だというのに、観覧席は既に多くの人で埋まっており、俺達はなんとか空いている場所を確保した。
待ち時間の間、地元のアナウンサーが会場を盛り上げるべくトークを披露しているが、暇潰しにはならない。水沢はつまらなさそうに金魚を眺めている。
「2人合わせて金魚12匹かぁ。ミケの餌1日は持つな。」
金魚は己の末路を予知したのか、袋の中だが水沢から逃れるようにヒレを必死に動かして泳いでいる。
「お前って意外と器用だったんだな。本当に10匹取ると思わなかったぞ。」
俺も付き合わされたが1匹も取れず、店主からオマケで2匹もらった。隣の水沢は気がつけば10匹も掬っていて、俺に気を取られていた店主は顔を真っ青にしていた。
「お姉ちゃん達から教わったからね。お姉ちゃんだったらあと10匹は捕まえれたのに。」
水沢の親戚はこんなのばっかりなのだろうか。
『間もなく、花火大会スタートです!』
アナウンサーはカウントダウンを始める。0になった瞬間観客は一斉に空を見上げ、歓声が上がる。たった1人を除いて。
「鬼塚、ちょっとここで待っていて。」
「は?もう始まって……」
「戻ってくるから。この金魚逃がさないようにね。」
既に空には花火が何発も打ち上がっていた。水沢は人の流れに逆らって屋台のほうへ向かう。
何か嫌な予感がする。待っていろという約束を早々に破り、水沢を追いかける。しかしあの小柄故にすぐに見失ってしまった。
俺は人混みを掻き分けて水沢を探す。屋台の隅々まで探したが一向に見つからない。そればかりか花火大会も始まったことで人が押し寄せ焦るばかりだ。
この人集りでは戻ることも出来ず、一旦比較的空いている神社の境内で一息つくことにする。この様子では水沢を見つけるのは不可能だ。




