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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校一年生編
13/72

File2 拡張する廃墟#4

 感覚にして5階ほど登ったところで屋上に続く扉が見えた。躊躇いはない。扉を勢いよく蹴り飛ばす。

「まあ乱暴な人。最近の人間はこんな人ばかりなのかしら?」

 クスクスと少女は笑う。白の半袖ワンピースに顔が影に隠れるほどツバの広い白色の帽子、そして半透明な体。人間ではないことは間違いはない。

「外は見せかけだったのね。承認欲求強すぎじゃない?」

「承認?矮小な人間に地下は近付けないでしょうからせめて幻覚をお見せしていたのよ。お気に召した?」

「気に召すも何も、ここはもう誰もいなくなった場所でしょ。終わったところにあんたらみたいなのがいるべきではないわ。」

「終わったのは人間よ。私達が開放された以上、ここはもっと領地を広げる。私達は止まらない!終わらない!」

 最後の叫びは悲鳴にも似ていた。どっから湧いてでたのか無数の黒い手が少女の背後に出現し、あたしのほうに手が伸びてくる。

「ヤバいヤバいヤバいヤバい!!チュートリアルでこの難易度はバクってるでしょうが!」

 あたしは全速力で逃げ回る。煽り方は漫画で学んだ。ただ煽った後の勝利の方法が分からない。白子女の言葉を思い出す。

「異能は、イメージ!成仏しろぉぉぉ!」

 目をギュッと瞑って念じると黒い手が跡形もなく消えていく。

「末裔でも子孫ということね。」

 早々にボスが自ら前線に出てきた。もう少し手下で感覚を掴みたかったのに。

 しかも黒い手が消滅した経緯も目を閉じていたせいで分かっていない。ニチアサ正義のヒロイン達はなんで不思議パワーをもらって即適応できるのだろうか。先程から心の中で念仏を唱えているのだが全く効かない。

「あぁ、まだ妖力すら操れないの。その状態でよくここに来れたわね。」

「伸びしろだ!」

 すると屋上の手すりまで投げ飛ばされた。柵に背中を強打する。

「まだ原型を留められるんだ。」

「あたしの身体は人一倍丈夫なんでね。」

とはいえ背中がズキズキと傷んで、立ち上がることもままならない。それを悟られないように起き上がろうとするが、腕に力も入らない。震えている。怖い。今は誰も助けてくれない。あたし1人でこんな化け物を相手にしなくてはならない。

「私が手を下すまでもなかったわ。」

 あたしの負けだ。少女はあたしに近づくとどこにそんな力があったのか素手で柵の一部を引きちぎる。あたしはどうやら15階の高さから突き落とされるらしい。

「ばいばい。彼も、すぐそっちに行くからね。」

 少女は不気味なほどにっこりと笑っていた。


「江利、困ったことがあったら風を感じるの。きっと貴女を助けてくれる。」

 あたしの頭を撫でるように風がそよぐ。

「3代目?」


 そうだ、小さい頃からあたしの傍には風がいてくれた。使い方もよく分からなくて、それが疎ましく思っていたこともあった。

「……風。」

「最後の遺言くらいは聞いてあげるわ。」

「あたし、高いところって風強くて髪乱れるから嫌だったんだよね。」

「気でも狂った?」

「今はそれも嫌いじゃないってコト。」

 少女ははぁ?という顔をしたが、次の瞬間強風が吹き荒れ少女は吹き飛ばされる。

「まだこんな力が……!これで勝ったと思わないことね!」

 さすが幽霊。バランスを崩しそうになるも空中であれだけ安定できるのは普段から体幹を鍛えているからに違いない。

「逃がさない。」

 あたしは風で勢いを付け、宙を舞う。少女よりも少し目線が高くなったのを見計らい、持ってきていた木刀を構える。

「風神結界!!!」

 大きく振り下ろし、少女の霊体は2つに切り裂かれた。

「決まったぁ!」

 喜んだのも束の間、着地を考えておらず、あたしは屋上を転げ回ることになる。

「いった〜!」

 今日1日で1年分の痛みを経験した気がする。

「怨霊は?!」

 まだあちこち体が痛むが我慢して立ち上がる。すると活気に溢れた光景が目に飛び込んできた。

 殺風景だった屋上は緑色の芝生が敷き詰められ、中央には花壇が設置されており、チューリップやパンジー、コスモスなど色とりどりの花が植えられていた。このマンションの住民と思わしき複数の親子が、楽しそうに花を眺めている。

 落ちないように慎重に柵から下をのぞき込むと、街も人で溢れていた。不気味だった公園には中学生くらいの男子が数人野球で遊んでいる。端っこには女の子達がブランコやシーソーできゃっきゃっと遊んでいた。

「信じられないでしょう。今から70年くらい前、この一体は日常の幸せがそこら中にあった。」

 仕留め損ねたらしい。少女はしっかりと二本足で立っている。もう戦意はなくなったのか、柵に腰掛けて足をぶらぶらしながら下々の風景を見つめている。

「不思議ね。建設中はうるさくて何度も事故を起こしていたのに、気づけば私はこの街が好きになっていた。」

「こんなに人がいるのに、なんで廃墟になったの?」

「建築基準法違反。」

「ケンチクキジュンホウイハン……。」

 怨霊から法律用語なんて聞きたくなかったよ。

「えーと、学校では労働基準法しか習ってないんだけど。」

「建築基準法、建築物の敷地や構造、設備、用途に関する最低限の基準を定めた法律のこと。

 国民の生命や健康、財産を守ることを目的としており、建築物の安全を確保し、公共の福祉を増進させることを目指しているらしいわ。

 本来建築基準法にはマンションという区分は存在せず、共同住宅の項目に該当し……」

 少女は建築基準法の概要を懇切丁寧に教えてくれたが、建築家の娘でもないあたしは右耳から入って、左耳から出ていった。

「ということでこのマンションは違法住宅だったの。」

「なるほどね〜。」

 なるほどとは言ってみたもののさっぱり分からなかった。

「それが判明してからは住民達も引っ越しを余儀なくされて、あっという間に人はいなくなった。マンションもいつ崩れてもおかしくないってことで公園にも誰も寄りつかなくなった。

 本来すぐにでも解体すべきだったんでしょうけど、土地の所有者も複数人いて交渉が難航していたそうよ。その間、私達は人間達が残していった負の感情に蝕まれ続けていた。」

 まさか現実的な問題が怪奇現象に結びつくなどと誰が想像出来ただろうか。

「でも、私達に廃墟を拡張するなんて力は持っていなかった。5年前、ある組織がここを買い取ったの。」

「要注意団体ってやつ?」

「白い布を被った人間達がそんなことを言っていたわね。組織は私達に介入せず、エントランスに不要となった物を大量に置いていった。」

 ただのポイ捨て団体だったのか。

「不法投棄を甘く見てはいけないわ。不要となった物を放置しすぎると怨霊の溜まり場になるのだから。犯罪率も高くなるのよ?」

 落書きが多いところに不良が集っているくらいだからな。

「組織は敢えて事故物件の家電を選んで置いていってたみたいね。お陰で私もこんなことになってしまった。

 安心して。私の負け。大人しく成仏するから。」

「あんた、建物に詳しいんだから公安御用達の陰陽師のところで働いたら?」

 怪奇現象の観察のために支部をせっせと造っているらしいのできっと役に立つだろう。

「気を使ってくれてるの?嬉しい提案だけれど、もう力を使いすぎた。私の霊体は間もなく消滅する。」

「あんたの言い訳くらい聞いておくべきだったわ。」

「無理よ。その間にきっと私は貴女を手に掛けていたでしょうから。今の私は一瞬機嫌が良くなっただけ。   

 怨霊となった私は猟奇的でここを棄てた人間を憎んでいる。この時間が終わったら、また私は廃墟に人間をおびき寄せて階段から突き落とす怨霊に戻っているわ。その前に倒してくれた貴女は正しい。

 覚えていて。貴女の故郷は悪意のある怪異と無縁なんでしょうけれど、理由もなく人間に悪意を向ける怪異はごまんといる。あんなんじゃ、貴女はいつか命を落とす。もっと妖力の使い方を教わることね。

 あと素人なんだから勝手な行動はしない。建設現場でも言えることよ。」

「仕方ないでしょ。デビュー戦だったんだから。」

「それと、」

「まだなんかあるわけ?」

「もう少し優しくしたほうがいいわ。逆上する怪異もいるのだから成仏は女の子に触るみたいに優しくね。」

「あたしも女子だけどね!!」

「私はもう逝くわ。そして、彼に怖い思いをさせたことを謝ってほしい。最後の来客があなた達で良かった。

 私はこの手で多くの人間達を殺めてきた。そんな私に安らかな眠りなんて許されないのでしょうけれど、裁いてくれてありがとう。

 あなた達の行く末に幸福があらんことを。さようなら。」

 そう言うと少女はマンションから飛び降りた。落下する彼女の顔はまるで天使のように穏やかだった。

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