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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校一年生編
12/72

File2 拡張する廃墟#3

 白子の言うことを聞くべきなんだろうけど、もしかしたら今も一般人が迷い込んでいるのかもしれない。しかも鬼塚は超不幸体質。安全地帯に避難するまでに何か起こるかもしれない。

「今のうちに行くかぁ。」

「あんた1人で大丈夫なの?」

「大丈夫だ!問題ない!」

 ちょっと巫山戯ただけなのに首を痛いくらい噛まれた。

「いただだだ!」

「もっと真面目にしなさいよ!」

「大丈夫だって!ミケもいるし。」

「……んもう。」

「照れちゃって。じゃあ、入るよ。」

 あたしは廃墟となったマンションに足を踏み入れた。扉は本来暗証番号を入力してからでないと入れないはずなのに、今は来る者拒まずというように自動ドアが開いたままだ。ついでに去るものも追わないでほしい。

 エントランスは想像通り酷い有様だった。戦後間もなくして建てられたこともあって老朽化が凄まじい。天井の一部は剥がれているし、引っ越す前に不法投棄でもされたのか家電製品があちこちに溢れかえっている。

「でっかい鋏を持った男がしゃきんしゃきんしながら出てきたりしないわよね?」

「安心して。江利のほうが怖いから。」

なんの説得力にもなっていないけれど。ふと壁を見ると赤色で上を指す矢印が書かれている。

「上まで来いってことかしら?」

喧嘩を売られたら値切らずむしろ倍の価格で買い取るあたしはこんなことをされてただで済ますわけにはいかない。行ってやろうじゃないか。

「でもエレベーターは絶対使わないほうがいいわよ。」

 ならばあの非常階段で行けというのか。40階まで上がったらどうなってしまうんだろう。

「や、やっぱり、白子達待とうかなぁ。」

「ここまで来て何を言ってんのよ。行くのよ、上に。」

 まぁそれしかないよね。あたしは非常階段と書かれた扉を開く。ここだけ廃墟とは思えぬほど綺麗だった。電気も着いている。白子が言っていた地下に続く階段もあった。少し覗いて見たが、地下には明かりがささず、暗闇が広がっている。突然後ろから腕を引っ張られた。

「ちょ、わ!」

 驚いて足がもつれたあたしは引っ張られた方向に倒れ込む。何かが下敷きになってくれたお陰で地面に激突するのは免れた。それが人だと気がついて慌てて起き上がる。

「ごめん!ってぇ鬼塚?!なんでいるのよ!」

「わりぃ、てっきり飛び降りようとしているのかと思って。」

「まぁそれはいいけど、じゃなくてなんでいるのよ!白子は?!」

「撒いてきた。」

「撒いてきたぁ?!」

 何をしてくれちゃってくれてんだこいつ。

「あのねぇ、ここは危険なのよ!大人しく白子の言うことを聞きなさい。」

「水沢だって、白子が待っていろと言っていたのに待っていなかった。危険なら水沢も一緒に来るべきだ。」

 なぜこんなに強情なのか。というよりこの不気味な廃墟マンションに単身で平然と入ってくることにドン引きなんだが。

「はぁ、分かったわよ。今から戻っても危ないだろうから、付き合ってもらうわよ。だけどあたしから絶対に離れないこと。嫌だろうけど、あたしの手、絶対離さないでね。」

 あたしは鬼塚の手に指を絡ませる。

「わ、わかった。」

鬼塚はちょっと赤くなっている。こんなときに呑気な奴だな。


 あたしと鬼塚は階段を登る。非常階段にはあたし達の足音しか聞こえない。

「なぁ、水沢。お前、もしかして人間じゃ…」

 あたしの恐れていた事態が起こってしまったようだ。

「それ以上はあたしがパンダになっちゃうから言わないで!」

「……それ答え言っているようなものよ。」

「パンダ?」

 また墓穴を掘ってしまった気がする。

「い、いや、冗談冗談。あたしは普通よ、フツー。残念ながら。どっちかっていうとあんたも怪しいけどね。実は名探偵一家だったりする?」

「違うが。」

「じゃあなんでこんなところに?」

「気がついたらここにいた。……夏休みの間家にいたくなくて、1人で電車に乗ってあちこち行っていたんだ。」

「ふーん。」

 あまり詮索しないでほしいみたいだ。興味のない振りをするしかない。

「あんたも不運ね。こんなところに来ちゃうなんて。」

「あの切り裂き事件からはそういうことはなかったんだが。やっぱり呪いか?」

「そんなほいほい呪われている奴がいたら世界は怨霊だらけになるわ。理由がある。」

 話していたらいつの間にか10階まで来たみたいだ。

「まだ10階かぁ。一旦休憩しよ。」

「何階まで行くんだ?」

「40階。」

「40階?! まだまだじゃないか!」

 改めて言われるとうんざりしてくる。あいつらもタケコプターでも作っておけよな。

 はぁとため息を吐いたとき、鬼塚の足に黒い紙で造った手のようなものが巻き付いているのに気がついた。気がついた時には遅く、手は鬼塚の足を思いっきり引っ張った。突然のことで鬼塚は体制を崩し、その場に倒れ込む。

「なんだこれ?!」

「ちょちょ、ちょっと!」

 あたしは慌てて鬼塚の両腕を掴むが、ずりずりと鬼塚は引き摺られる。何十人分の力が加わっている感覚だ。そして遂に鬼塚は宙ぶらりんの状態になる。あたしは地下を真上から見下ろす形になる。黒い手は地下から無数に手を伸ばしており、このマンションの怨霊達のようだった。

「こいつら…!」

 光が刺さない地下は、鬼塚を丸呑みせんとばかりにぽっかりと口を開けている。

 あたしが離してしまったら、鬼塚は底なしの地下に真っ逆さまに落ちる。間違いなく即死だ。それともこの怨霊達に消費されながら息絶えるのだろうか。どちらにしても最悪だ。あたしの腕に1人の命がかかっていることに冷や汗が止まらない。

「安心して!これでも力は強いほうなの!」

 そんなことはない。女子の平均よりも体力テストはちょっと上くらいだが、男子の平均には劣るほどの力しかない。

 それでもなんとか無理にでも笑おうとすると、鬼塚は見たこともないくらい穏やかな顔をしていた。瞳が赤く光っている。

「離してください。貴女には、生きていてほしい。」

 違う、鬼塚じゃない。あたしの血はこの人を知っている。

「生殺与奪権握ってんのはあたしよ。泣いて離してくれって言ったって離さない。」

とは言うものの今にも引きちぎれそうな腕をどうしたものか。下を見ると更に無数の黒い手が鬼塚の体に絡みつこうとしていた。

 その光景に無性に腹が立ってきた。

「鬼塚翔瑠は、お前らの拠り所じゃない!」

 あたしが叫ぶと地下から物凄い勢いで風が吹き抜ける。黒い手は悲鳴を上げながら宙を舞い、徐々に消滅した。鬼塚も風と一緒に吹き飛ばされるところを掴み、なんとか階段の踊り場まで下ろす。

「怪我ないか!取り憑かれてないか!正気か!」

 鬼塚はしばらく呆けていたが、あたしが肩を揺らすと自分の状況を把握したらしい。

「俺は……、死んだのか?」

 目は元の赤色に戻っている。

「死んでないわよ!死ぬところだったけど!おかげであたしの寿命が10年くらい縮んだわ!」

「ありがとう。」

「……ふん、あんたが無事ならいいけど。」

 これ以上鬼塚を連れてはいけない。

「あんたはここで待ってて。」

「悪い、勝手に付いてきて。逆に足でまといだったな。」

「だからなんであんたが謝るのよ。悪いのはここの奴らでしょうが。こっから先は危険だからあんたは留守番!文句ないわね!」

「水沢も危……」

「文句ないわよね?」

 ちょっと圧をかけたら黙った。あたしは鬼塚の手を取って、白子から渡された御守りを手に握らせる。

「これは?」

「御守り。今度はこれを何があっても握りしめてて。結構強力なのだろうから。それと、」

 あたしは首からぶら下げていた石が付いているペンダントを鬼塚の首に掛ける。

 何の変哲もない石に見えるけれど水沢家代々に伝わる由緒正しい石だ。

「これ、あたしの家の石だから。加護的なものがあるんじゃないかしら?壊したら今度はミンチにされちゃうから大事に持っててね。それじゃ!」

「ま、待て!これは水沢が持っていくべきものだろう!こんな俺に、なんで……」

「あたし、前の場所で貰ってばかりだったから、今度はあたしが誰かにあげる番。こんななんて自分を卑下するものではないわ。」

 ミケはあたしの肩からするっと落ちて、鬼塚の肩に居座る。

「あたしのお気に入り、ううん友達のことお願いね。何かあったら許さないからね。」

ミケは返事代わりににゃあと鳴く。

「……分かった。」

あたしは頬を叩き気合を入れて一気に階段を駆け上がった。

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