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水沢江利の怪事件簿  作者: 袖利
中学校一年生編
10/72

File2 拡張する廃墟#1

「夏休みだぁぁ!」

「それもう4日は聞いてるわ。宿題は終わったの?」

 浮かれていたというのに、一気に現実に引き戻される。半分はと言いたいところだが、全く手を付けていない。

 もう1週間したら鬼塚に見せてもらおう。 優等生なあいつのことだ。宿題なんて朝飯前だろう。なに猶予は1ヶ月もある。

「当てはある。」

「なんの当てよ。」

 今日もまったりしている場合じゃない。録り溜めた深夜帯アニメを見て、その後ゲームをしなくてはならないのだ。この自堕落な日々が続くことを願うばかりだ。

 だが、それも今日で終わりを告げることになる。

『ピンポーン』

 突然インターホンが鳴った。

「え?こんなときに誰よ!」

 文句を言いながらインターホンの画面をオンにする。カメラ越しに、舞台でよくいる黒子の衣装を纏った2人組だった。何が不気味かって普通黒子は黒色の衣装なのにそれが白になっている。ただの人間ではないことは明白だ。

「ど、どうしよ、ミケ!呪術師がお出ましよ!」

「呪術師相手に居留守って使えるの?江利の妖力だだ漏れよ。裏口から逃げましょう。」

「逃げてどうにかなるわけ?!」

『ピンポーン』

 再びインターホンが鳴らされる。

『水沢さーん。おかしいな、妖力は感じるのですが。』

 ミケの言ったとおりあたしの溢れんばかりのオーラは隠せないらしい。逃げても妖力を辿ってこられたら終わりではないか。

『もし警戒なさっているのであれば、ご安心ください。我々は決して怪しいモノではございません。』

 怪しくない人はそんなこと言わない。絶対開けてなるものか。

『単刀直入に言いますと、先日の切り裂き事件、鎌鼬の件でお伺いしたいことが……』

「馬鹿野郎!そんな大声で言ったらあたしがパンダになるでしょうが!」

 またしても勢いで怪しい客人達を招き入れてしまった。


 カメラ越しでも怪しさ満点の2人だったが、実物はもっと120点満点限界突破の怪しい2人だ。家に招き入れてしまった以上、お茶を出さないわけにもいかない。来客用の湯呑みを用意し、冷たい麦茶を注いで2人の前に置く。

 ミケは悠長なことをしている場合かと非難の目を向けてくるが、あたしがパンダにされるよりは全然いい。

「で、あんたら何者?」

 右側の白子が口を開いた。体格や声からして男のようだ。想像よりもずっと若い声をしている。

「申し遅れました、我々は数々の怪奇現象の原因の解明と現象の停止を目的としている公安所属の機関、異常現象対策研究室のものです。」

「「こ、公安?!」」

 予想外の機関の名称にあたしとミケは変な声が出た。

「公安所属と言っても研究室の者には警察官に与えられているような権限がないので、怪奇現象の解明のためだけに集められた専門家のようなものです。

 私達も元々は神社の神主と巫女をしてたところをスカウトされたんですよ。」

と、女と思わしき人物。

「今日お邪魔したのは他でありません、我々の活動を江利さんに協力していただきたいのです。」

 情報量が多すぎて混乱していたあたしはというとかの有名なインターネットに存在する架空の財団を思い出していた。が、フルフルと頭を振って正気に戻す。

「いやいやいや、あんたら正気?異常現象対策って、今は大袈裟なことにはならないわよ。」

 最近は人間の科学力が発達してきていて、妖怪や幽霊の存在と科学の見分けがつかなくなりつつある。だから、怪異の希少性が薄れ力が弱まっていてよっぽどのことがない限り大騒ぎにはならない。どう考えても公安の匿名組織の出る幕はないはずだ。

「本来はそうでした。ですが、その怪異達を悪用する要注意団体が存在してするのです。」

 またまた厄介そうなワードが飛び出してきた。

「要注意団体は廃れた場所に蔓延る怨霊や悪魔を利用し、この世界の理を崩壊させようと企んでいます。目的も詳細も不明、ですが、我々が立ち上がらなくては確実に世界は滅ぶことでしょう。

 最悪の事態を避けるために、怪異達を捕獲し、適切に管理する必要があるのです。最終的には要注意団体の解体を目標としています。」

「えーと、つまりあたしにその手伝いをして欲しいって言いたいわけ?」

「協力していただけるのですか!」

「するわけないでしょう!そんな不気味なもの!」

 2人とも布越しで分かるくらいシュンと落ち込む。どうしてあたしが悪いみたいになっているんだ。

「あのねぇ、あたしは元神社の娘だけどね、妖怪とは戯れることしかしてないんだから。」

 小さい頃は妖怪達と神社で遊んでばかりいた。住処にも遊びに行ったことがあるが、物騒な妖怪に会ったことがなく、長寿なだけあって呑気な奴らばかりだ。

 都会に来てからというものの、妖怪はイタチくらいしか出会っていない。

「大丈夫ですよ。江利さんくらいの妖力があれば大抵の怪異達は怯みますから。能力は持ち前の妖力と厨二心(イメージ)で扱えるものですし。」

 と、白子女。こちらはどうやら楽観視し過ぎるところがあるようだ。

 とは言え、あたしだって10年経ってようやく感情の起伏による能力の発動を制御できるようになったばかりだ。未だに怒ると風を吹かせてしまうこともある。

 そんな状態で妖怪退治なんてバク転しながら僧侶でもなんでもない人にお経読めって言っているようなもんだ。

「だいたいなんであたしなの?」

「江利さんが鎌鼬を確保した後に水沢辿萊さんが我々のところにいらっしゃいまして、事の経緯をお聞きして江利さんしか適任はいないと。」

「あ、鎌鼬の彼であれば我々のコスチューム造りと我々の怪異の解明のために日々励んでいます!

 彼が製造した服はこれまた大好評でして、儲かっているんですよ。予算が無くてただ働きしていた日々が嘘かのようです。毎日お昼代は出るようになるましたよ!これでしばらくは研究室の存続は約束されています。

 鎌鼬の健康状態もご安心ください、対価として我々の血液を彼に提供しています!それと彼にこれを渡してほしいと頼まれたのです。」

 白子女は持っていた鞄の中から写真とTシャツを取り出し、机に置いた。写真には生地を裁断しながらピースサインをしているあのときのイタチが映っていた。

 写っているTシャツには表に『江利様サイコー!』、裏には『ビッグバンに一人の美少女』などと書かれていた。ミケは大爆笑している。

「ちょっとあいつバカにしてるわよね。」

「このTシャツも最近研究室で流行っているんですよ!」

 白子女は何故だか嬉しそうに衣装の下のTシャツを見せびらかす。あたしの入室を密かに阻止したいのなら効果は抜群だ。

「早急に廃棄処分すべきだわ。」

「このように怪異の心を簡単に射止めてしまう江利さんが適任だと思った次第でございます。」

 今度会ったら本当に心臓を射止めてしまおう。

「また江利さんの命にも関わることなのです。団体は恐らく怪奇能力保持者の力も狙っています。

 江利さんは研究室で把握している保持者の中でも最も力が強い方。狙われるとしたらまず江利さんです。

 我々で保護する代わりに、協力していただきたいのです。」

「危険に応じて見合った以上のお金も払います!!どうか!一生のお願いです!」

 熱心過ぎて怖いんだが。

「盛り上がっているところ悪いけれど、この子の母親には了承得てるの?」

 黙って聞いていたミケがここに来てやっと助け舟を出してくれた。猫状態のミケが人語を話していることに驚かないあたり慣れているのだろう。

「その了承を貰いたくて直接お邪魔したところなんですが、お母様は?」

「お母さんなら世界を股に掛けて絶賛迷子中よ。」

「迷子……」

 信じられないかもしれないが、うちのお母さんはすっごく方向音痴なのだ。おばあちゃんは毎回お母さんが迷子になるもので、ある時からぱったりと買い物に行かせないようになった。

 信じられないくらい方向音痴なお母さんがなぜかアメリカで働くことになり、奇跡的に出勤できていたまではいいが、長期休暇で日本に戻ってこようとしてから音信不通だ。

 まだヨーロッパのあたりでウロウロしているんじゃなかろうか。心配ではあるが、お母さんも能力を持っているので自分の身は自分で守っているところだろう。懸念すべきはこれから仕事をどうするのかということだ。

「困りました……。」

「あたしも困っているわ。2ヶ月くらい前に日本に帰りますって電話が来たきりだもの。」

「一応、その、おとう……」

「その話はしないでくださいと……!」

「あたしにそんなヤツはいない。」

 これまでのストレスとは比較にならない程の憎悪が頭を支配する。普段は考えないようにしているのに一度その名称を口にされると負の感情しか湧いて出てこない。窓も開けていないのに風が吹き荒れる。


 そいつはお母さんとあたしを捨てた人間。今どこにいるかなんて知りたくもないし、どこかで野垂れ死んでいることを切に願っている。


 ミケがザラザラの舌で頬を舐めてくる。ちょっと痛い。ふぅーと息を吐く。子ども扱いされるのはこういうのも原因なのだろう。家を散々めちゃくちゃにしたあげく風は止んだ。学校や町内会から来たプリントが床に散らばっている。後で片付けなくてはならない。

「気分を害してしまって申し訳ございません。悪気があったわけでは……」

「別に気にしてないわよ!」

 こっちは拗ねたいのに、2人はもう諦めムードだ。そりゃあもう折角いい契約を取ってきたのに、契約書にコーヒーをぶち撒けて契約が白紙になってしまったかのような絶望のオーラを醸し出している。ミケまであたしのほうを見てくる。

「ちょっと協力してあげるだけだからね!」

 事情を知らない人にあたしのあんな姿を見せてしまった罪悪感から思わず承諾してしまった。2人は布越しから分かるほどぱぁっと明るくなり、

「本当に本当でございますか!」

と食い気味で聞いてくる。

「また聞いてきたらやってやんないからね。」

「ではさっそく現場に向かいましょう!」

 そう言って白子男はどこかに電話をかけた。と、またもインターホンが鳴り、モニターを覗くとタクシーの運転手のような格好をしたおじいさんが立っていた。

「ここからですと遠いので。あ、この人はうちの研究室専属の運転手ですから変なところに連れていかれませんから。」

 その研究室の奴らが信用ならないんだけど。しかも運転手をスタンバイさせてたあたり、こいつら元々あたしが断らない前提で来ていたんじゃないか。

 あたしは念の為に小学校の修学旅行で買った木刀を持っていく。白子共の頭に狙いを常に定めて。

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