風呂
三題噺もどき―ろっぴゃくさんじゅうご。
※この後しっかりのぼせて蝙蝠くんが介抱しました※
「ふぅ……」
全身を湯船に沈め、体の力を抜く。
どうしてこう……ため息が漏れるのだろうな。無意識にこうしてしまうのは、私が年だからだろうか。見目の変化がゆっくりだから、周りから見ると年を取ったと言う感じはないだろうけど、それなりに生きてはいるのだ。いや、死んでいるのか。吸血鬼だからな。
「……」
そういえば、吸血鬼は水を渡れないとは言うが……まぁ同族でもこんなに水に浸かるやつはいないか。水場は避けるやつが多いのかもしれない。太陽を避けるのと同じように。
私はまぁ、そんなことは気にしなくてもいいような体質だから、平気なのだけど。
「……」
この国にきて、気づけばこうして湯船につかる事やシャワーを浴びることは当たり前になっているから、何も気にしたことなかったな……アイツも普通にしているはずだし。湯船に浸かっていないかもしれないが。気にするほどではないだろう。料理をする以上水には触れるからな……。
あれもあれでそれなりに能力的には上の方なはずだ。だから私の従者なんかになってしまったのだろうけど。
「……」
まぁ、そんなことはさておき。
自分たちの生態程どうでもいいことなんてないのだ。
誰かが言った、風呂は心の洗濯だと。
ならば、些細なことはきにせずに、何も考えずに、ぼうっとはいるのが良い気がする。
「……」
そうは言っても、思考は止まらないので、ぼうっとは完璧には出来ないのだが。
何も考えないと言うのは、案外難しいものだな……。本当に疲れている時には出来るかもしれないが、今日の仕事はそこまで重いものでもなかったので、思考停止することはないだろう。
「……」
肩まで浸かれるように体を動かし、口元のあたりまで水に沈む。
視界の先には、湯船に浮かんだあひるがいる。
いつの間にこの風呂に居座るようになったのか分からないが、気づいた時には当然のように浮かんでいた。多分、アイツがどこかで買って来たかなんかだとは思うのだけど……案外可愛い趣味を持っている。
それとも、私がこの国に来た時に、風呂にはあひるがいるらしいと言う言葉を鵜呑みにでもしたかな……そんなことはないか。あれはもういつの話だろうというくらい過去の話だ。
「……」
その話をしたのだって、確か温泉の話から広がっていたはずだ。
温泉には猿が入るらしいと言う話をして、風呂の話になって、そういえばあひるが浮かんでいるらしいみたいな……脈絡があるようでない話だな。まぁ曖昧なものだ記憶なんて。そこまで記憶力が悪い方ではないが、こう長年生きていると忘れるものもある。
忘れたくても忘れられないものある。
「……」
その温泉にもいつか行ってみたいものだが。
出来る事なら、少しいい宿に泊まって、温泉に入って、浴衣というのを着てみたい。外から来たせいか、着物というモノにはそれなりに興味がそそられはするのだ。着物と浴衣ではまた違うだろうけど。
「……」
そういえば、夏になれば、夜に浴衣をきて出歩く人々を見かけはするが、さすがに風呂上りに着るモノとは違うモノだろう。
あれはあれで、華やかなものが多かったり、男物……という言い方であっているかは分からないが……はなかなかに引かれるものがある。
「……」
そうだな。
今年の夏は、アイツも連れて夏祭りにでも行こうかな。
花火はこの家からでも見えるのだけど、祭り会場というのに行ったことが実はないのだ。
近くと通り過ぎるくらいはするけれど、結局知識だけでしか知らないのだ。
綿菓子だって、子供たちが持っているのを見たことがあって、機械は写真で見たことがあるだけで、実物を見たことはない。味の想像はなんとなくつくが……きっと甘味料の塊みたいな味がするんだろう。
まぁ、以前、家庭用の綿菓子機で食べたりはしたけどな。アレはアレで美味しかった。
「……」
しかし他にも屋台飯というものがあるだろう。
たこ焼きとか焼きそばとか、焼き鳥というのも気になるし、かき氷も食べてみたい。……かき氷に関してはそのうち家庭用をアイツが買ってきそうではあるが。
あとはまぁ、金魚すくいだのヨーヨー釣りだの、そういう遊びもあるらしいし。
「……」
ふむ。
なかなかに楽しそうだ。ついでに、夏祭り用の浴衣でも着ていくのもいいかもしれない。
その辺は通販で良いようにしよう。サイズは同じので良いはずだからな。……外に出るときのアイツのあの、美丈夫が浴衣を着たら大変なことになりそうだが。
「……」
それはそれで見ものではあるな。
今年の夏が楽しみになってきた。
「ご主人、のぼせますよ」
「……お前、いきなり開けるな」
「恥ずかしいこともないんですから、さっさと上がってください」
「ゆっくり浸かるくらいいいだろう」
「……のぼせても知りませんからね」
お題:甘味料・あひる・浴衣