第0005話:宿の亭主と謎の大男
「ここ数日、奴をここで見かけた冒険者たちと、ここで見かけた行商人たち、そしてこっちでも見かけたやつらがいてな。ここら周辺を円でそれぞれ囲むと……」
机の上に広げられた地図に向かって、規のような小道具を駆使しながら複数個の円を重ねるように描き記していく亭主のおじさん。
「……うんうん、やっぱり遠く離れずにそこら辺に潜んだままでいるのね。おじさんの馬車が泥濘みで動けなくなって襲われた時の場所もラース森林の大通りよね?」
「ああ。この辺だな」
丸い円の中の一つに指を差す亭主。
「うんうん。そりゃそうよね……なるほどね」
地図に描かれた円の数々を眺めながら、ペティは何度も納得したように頷いていた。
彼女が木の椅子に両膝を乗せていることもあり、頷く度に木椅子がギシギシと音を奏でながら楽しそうに鳴いている。
「おそらくだが、これら範囲の何れにも入っているラース森林、ここに奴の塒が在る可能性が高いだろうな。本当に頼んでいいのか?」
「任せて!」
元気良く、亭主に返事をするペティ。
その声はとてもやる気に満ち溢れた、闘志の漲る声であった。
「そうか……ではお願いする。お兄さん、かなり危険の伴う仕事だ。嬢ちゃんを頼んだぞ」
「えっ、あっ、あっ、は、はい」
突然、話を振られるボンズ。
状況が全くわからないボンズであったが、場の空気に呑まれてボンズは肯定の返事をした。
「さあ行くわよ、木偶の坊っ! あっ! おじさん、地図持ってってもいい!?」
「もちろん、ほれ」
折り畳まれた地図がペティに渡される。
「ありがとう! さあ、いくわよ!」
「えっ、あっ、あっ!?」
ペティに人差し指を引っ張られながら、ボンズはわけもわからずに宿屋『オーライ』をあとにした。
受付から二人を見送り、一人店に残る亭主。
「ペティ……これは俺からお前への16歳の前祝いの贈り物だ。形の有る物なんかじゃねぇが、お前には一番喜ぶ物になるはずだ。だからよ、どんな状況にぶち当たっても絶対に諦めんなよ。お前なら、きっと――」
「――親バカだな」
階段から1人の鎧を身に着けた大男が降りてくる。
「うおっ。いたのか、お前さん」
「ああ、彼女がどんなものか気になってな」
「そうかい、恥ずかしいところを聞かせちまったな。だいぶ歳をとっちまったみてーだ。あと、俺は親じゃねーぞ」
亭主のその言葉に、大男は鼻で笑った。
「なおさら理解できないな」
「理解できなくていいんだ。俺はな、諦めねーバカが好きなんだよ。昔からな」
亭主はニヤッと大男に笑い、大男もそれと同様の笑みを亭主に返した。
「そうだったな。あんたは昔からそうだ」
「ああ、あいつは環境次第できっと化ける。俺が保証してやる。なんたって、この俺様がギルド会館『アーガスト』の館長にあいつの特例認可の推薦状を送った人間だからな」
親指を立てながら、ニカッと笑う亭主。
「そうか、それは楽しみだ」
大男は口元に笑みを残しながら、宿屋を出て行った。
また一人、亭主は出入り口を眺める。
「――最初で最後の一回限りの機会だ。こんな奇跡の連続、もう二度と起こらねぇ。お前は強運だ。その運、絶対に無駄にするんじゃねぇぞ、ペティ」
そう、ぼそりと真顔で呟きながら、
亭主はペティの喜ぶ未来をひたすらに強く祈ったのだった。