第0004話:宿屋オーライ
「はぁはぁ……着いたわっ……はぁはぁ……」
二人の目の前には3〜4階建てほどはありそうな中規模な宿屋さんが一軒あった。
頭上には『宿屋オーライ』と文字の掘られた大きな看板が備え付けられてあるのが確認できる。
「さぁっ……入るっ……はぁはぁ……わよっ」
「あ、あの。だ、大丈夫ですか?」
この場所に到着してからというもの、少女はずっと屈んだ体勢のまま、息を切らし続けている。
その彼女の疲労困憊の姿に心配して、ボンズは気遣いの言葉をかけた。
「なっ、なにがっ……はぁはぁ……な、なにがよっ……?」
ただ、彼女には『ここへ来るまで休むことなく小走りし続けていた小さな体への負担と疲労』を心配しているボンズの気持ちはあまり伝わってはいないようで。
「えっと……こ、呼吸です。少し休んでから」「なんですってぇっ!?」
彼の言葉を途中で遮断してしまうほどに、少女は吃驚の混ざったような声音と表情で、ボンズの言葉に『私を甘く見るなぁ!』という気持ちを込めながら取り乱していた。
「ひいぃぃっ! な、なんでもないですぅぅぅ!」
迫力のある彼女のその一言に、ボンズは恐怖から慌てて返答を訂正する。
心配して彼女を気遣ったつもりであったが、どうやら逆効果だったようだ。
先程よりも呼吸を取り乱してしまっているようにみえる。
これ以上下手なことは怖くて言えない、ボンズはそう強く思ったのだった。
「はぁはぁっ――さぁっ、変なこと言ってないで入るわよっ、木偶の坊っ」
ギルド会館からおよそ500mほどの離れた場所に建てられて在る、宿屋オーライ。
どのような目的があって、この宿屋へ来たのだろうか。
そんな不安な気持ちをボンズは抱えながら、呼吸を整え終えた彼女に手を引っ張られて、二人は宿屋へと入って行った。
「おじちゃん! 連れてきたわよっ!」
宿屋の入り口から受付カウンターに向かって少女の声が響く。
「おぉ、ペティ! 戻ってきたか」
受付には一人の壮年のおじさんがいた。
ところどころ髪の毛には白髪が生えている。
「言ったでしょ。私なら強い人を連れてこられるって」
「え? ぼ、ぼくですか? ひぎぃ!?」
少女に足を力強く踏まれ、痛みの声が出るボンズ。
彼女が、黙れ、喋るな、と目線で脅している。
「そう、この人! とっても強いの! ね?」
ギロリとボンズを睨む少女。
圧が強い。
口元は笑っているが、どうみても私の言葉を肯定しろと笑顔で脅している。
「ふぇぇ、は、はぃぃ」
泣きそうな顔でボンズは肯定した。
「そ、そうかい。じゃあ、こっちへ来てくれ」
そう言って、おじさんは受付の小さな扉を開け、受付の奥にある扉のない小部屋に二人を招き入れた。
小部屋の中には大きな木箱や小物類に埋もれた細長い机が一つと、周りの四方の壁には色々な種類の収納箱のようなものが何個も乱雑に積み重なりながら置かれている。
お店の裏側はたいていどこもこんな感じだ。
商いに必要な道具や物がたくさん置かれてある、小さな倉庫や物置みたいな場所だ。
そう冒険者時代を思い出しながら、ボンズは懐かしむように部屋の四方を見渡していた。
今もまだ冒険者ではあるが。
「よいしょっこらせっと!」
おじさんが机の上に置かれていた重そうな大きな木箱をそのまま持ち上げてそれを床へと置き、一部分がすっきりとなった机の上に地図を広げ始める。
そんなおじさんの様子を眺めながら、
「(あの、強い人ってどういうことですか? ぼ、ぼく弱いですよ……)」
ボンズは体を屈ませて、恐る恐る小柄な少女の耳元に小声で尋ねた。
「(今は私に合わせて。あとで全部話すから)」
やはり今は答えてはくれないようだ。
「……恐らくここら辺だな」
おじさんが、広げた地図に指を差す。
二人は机に近づき、地図を覗いた。
「(……)」
ツンツンとボンズに触れる者有り。
触れられた方をみると、顔を赤らめながらボンズを見やる小柄な少女こと、ペティという名の小さな女性が一名。
「み、みえない……」
ペティは恥ずかしそうに、ボンズにそう告げた。
机が高すぎて見えないようだ。
「おぉ、すまん! ほら、椅子だ。乗りな」
そのやり取りに気づいたおじさんが椅子を端から取り出して乗るようにペティに渡す。
「あ、ありがとう」
顔を赤らめながら、ペティはおじさんにお礼を言ったのだった。