第0010話:ラースの森③VS野盗12名
「あ!? なんだ、てめぇら!!」
焚き火の一番手前に座っていた男が立ち上がり、叫んだ。
他の男たちも次々と立ち上がる。
最悪だ。
他の大木で隠れて見えていなかったが、視界外の範囲から盗賊たちがわらわらと集まってきた。
その数ざっと10人近くはいる。
終わった。
どうにかしてペティを連れて逃げなければ。
そんなことをボンズが考えていると、
「あんたたちのその白い猿が、大切な指輪を奪ったのよ! 返しなさい!」
1人だけ座ったままでいる男の、その肩に乗っている白猿を指差して、ペティは叫んだ。
最悪だ……。
「ほう。俺の猿がお嬢ちゃんの指輪を奪ったと……くくっ、面白いことを言うな、お嬢ちゃん」
白猿を肩に乗せ、大股開きで台座に座りながら一人どっしりと構えている長髪のリーダー格の男。
その者が焚き火から視線を逸らさずに、彼女の言葉にせせら笑う。
「私じゃないわ。私の恩人の大切な指輪をよ。今なら門番に叩き出さないであげるから、ほらっ! はやく返しなさいっ!」
20m程先にいる男たちに向かって右手を伸ばしながら、示すように彼らにはやく返すように催促するペティ。
「く、くくっ、くははっ!!」
そんな彼女の言葉に座っている男が大笑いし、伝染するように周りの男たちも笑う。
「な、なにがおかしいのよ!」
「くくっ、いや、くくっ、すまんな、くくっ、あはははははは!!」
爆笑する、白猿を乗せた男。
白猿も男に同調するように、笑い声のような鳴き声を上げ始めた。
「ひぃひぃ……ゲホゲホっ……それで、お嬢ちゃん。どうやって門番とやらに差し出すんだ? 後ろの大っきなお兄ちゃんが連れて行ってくれるのかい? くくくっ、くくっ、くははっ!!」
値踏みするように二人の姿を見たリーダー格の男が、ゲラゲラと笑いながら周りの男たちに左手を一瞬軽く上げて合図する。
その合図を起点に、周りの盗賊たちは服の袖や裾から暗器を出し始めた。
「12対1だ、おっと失礼。くくっ、12対2だ。改めて聞こうか。くくくっ、どうやって差し出すんだ?」
凶器を手に持ちながら、ニヤニヤとこちらを薄ら笑う盗賊たち。
だが、ペティは恐れてなど全くいなかった。
「そう……死にたいようね。それなら」
ペティは背中の服の中から渦巻き状に仕舞われていたロープのような物を取り出した。
「――こうするわ」
地面をバチンと勢いよく叩きながら、2m近くはありそうなロープのような物が流れるように地面の先へ伸びて行く。
それを見た盗賊たちは大爆笑した。
「ぎひゃひゃひゃひゃあっひぃっひぃっ! ぃっひぃっひぃっひぃっ、そっ、それで俺たちにっ、おっ、お仕置きするのかいっ? ぎひぃっひぃっひぃっ!」
その言葉を気にせず、ペティは伸びたロープ、いや細長い鞭を半分に合わせ、何かを中央部分に細工しながら、
「こうするの」
ゆっくりと、ぐいんぐいん鞭を頭上で振り回し始めた。
徐々に勢いづいていく革製のしなやかな鞭。
「なんだありゃ! ぎゃははっ!! 勢いつけて伸ばしても届かねーぞ! ぎゃはははっ!! ばかかよっ! ぎゃははははっっ!!」
一番手前にいる男が、ペティを馬鹿にしながら大笑いする。
鞭の回転が盗賊たちの目で追えない速度に到達した、次の瞬間。
ペティは鋭い速さで前傾姿勢になりながら、彼らに向けて鞭をおもいっきり伸ばした。
ヒュンという甲高い音と共に伸ばされた鞭はそのまま2mほど先の地面を強く打ち付け、土を激しく抉る。
――と、同時に。
20mほど先、座っているリーダー格の男のすぐ後ろにある大木の一部がパァンと弾け散った。
笑っていた声が一瞬で静まる。
予想外の出来事に固まる者たち。
数秒の沈黙の間。
「なっ、なんだいまの……」
「み、みえたか……?」
「い、いや……」
盗賊たちがざわざわと焦り始めた。
それは座っていたリーダー格の男も例外ではなかった。
ペティが再び鞭を折りたたみ、中央部分に何かを細工する。
「お、お前。今、何をした」
猿を肩に乗せ座っていた男が目を見開きながら立ち上がった。
「――スリングよ」
「ス、スリング?」
なんだそれはと言った具合に、盗賊たちがお互いの顔を見合わせている。
「太古の遺物よ。私の地域では今も優秀な狩猟道具として使われているけれどね」
スリング。
当時、世界全体で投擲道具として使われていた中長距離用の武器である。
魔法との組み合わせにより、その速度はとんでもない速さだったというが、弓、長弓等の精度のよりコントロールしやすい武器の登場により、過去の遺物として廃れてしまった投擲武器である。
加工されたロープや鞭等の間に石や玉を軽くはめ込んで挟み、それを振り回して片方の紐を手から離し、離れた対象へ目がけて挟んでいた物体を直撃させる武器である。
「――さようなら。あの世でまた逢いましょう」
捨て台詞を吐きながら鞭を振り回す彼女が、再び細工された直径5cmほどの丸い鉄の玉を勢いよく盗賊たちに放った。
今度は別の大木の幹にパァンと激しく当たる。
幹の一部は爆ぜるように弾けて大きく抉れた。
「くっ、お、お前らあいつをやれッッ! はやくッ!!」
焦ったリーダー格の男が周りの男たちに命令する。
「す、すごい……」
ボンズの口からぼそりと漏れる呟き声。
一連の光景を呆けた表情で見ていたボンズは、完全に場の空気に呑まれていた。
そのあまりの想像を絶する彼女のカッコよさに。
盗賊たちと同じようにスリングを聞いたことも見たこともないボンズにも、それはあまりにも鮮烈に映った。
彼女が奏でたあの鋭い鞭の音も、
どこまでも勇ましくみえた、あの躍動感に塗れた目にも止まらぬ速さの前傾姿勢も、
はるか先の木々の幹を激しく抉った、そのスリングという武器も、
――それら何もかもが鮮烈に映った。
だが、それ以上に……。
彼女が鞭を取り出してから今に至るまでの盗賊たちへの圧倒的な振る舞いに……。
その圧倒する堂々とした佇まいに……。
誰よりも大きく逞しく見えたその彼女の後ろ姿に……。
ボンズは……これでもかと惚れ惚れするほどに、その勇ましき彼女の姿に見惚れていた。
と、同時にボンズの視線がある男に移る。
弓を持った盗賊の男が一人、真横からペティに狙いを定めていた。
ペティは気づいていない。
「あ、危ないッ!!」
鞭を再び振り回そうとしているペティに向かって、ボンズは走った。
届け。
届け……。
届けッッ!!
両手を伸ばし、横一直線に飛び込みながら体当たりして彼女を押しのける。
「きゃっ!?」
「ぐああっ」
瞬間、ボンズの左肩に鋭い痛みが走る。
盗賊の放った鋭い矢がボンズの左肩を命中した。
「え、う、嘘でしょっ!? 木偶の坊っ!?」
ボンズは一瞬、彼女が彼らに勝つんじゃないかと期待していた。
それはボンズが場に呑まれていたからだ。
だが、現実は違う。
たとえどれだけの強者がいようと、数の前では為す術もならない。
そんなこと、ボンズは嫌というほど見てきた。
刺さった矢を身に携えながらボンズは起き上がる。
「に、逃げて……くっ。は、はやくっ!」
痛みに耐えながらボンズは立ち上がり、近づく盗賊たちと向き合った。
彼らに大杖を向けるボンズ。
後悔はない。
僕より弱いと思っていたあんなに小さくて非力な子が、あんなに強くて格好良い姿を見せてくれた。
この大人数を相手に、怯むことなく彼女は最後まで立ち向かっていった。
この子はいずれ立派な冒険者になる。
どんなに困難な壁があっても、きっとこの子は最後まで諦めない。
きっと最後まで、彼女は目を伏せない。
どこまでだって、彼女は立ち向かって行くんだ。
だから……絶対に死なせちゃだめだ。
絶対に、絶対に絶対に絶対に。
死なせちゃだめなんだッ!!
「はやくッ!!」
短刀を持った男たち3人が襲い掛かってくる。
その距離、3メートル。
僕が産まれた意味は、きっとこの日のためにあったんだ。
冒険者志望の勇ましいこの子を守って、この子が無事に逃げられる時間を1秒でも長く稼いで、そして時間をどうにか少しでも稼いだ怯弱な僕が死んで。
生き残ったこの子はいつかすごい冒険者になって、そして冒険者として落ちこぼれだった僕がいつかこの子にお墓の前で感謝されるんだ。
なんて素敵な英雄譚だろう。
小心な者が勇ましき者に感謝される。
そっか、僕なんかにも価値は有ったんだ。
あぁ生きてて良かった。
うん……だから。
これは……僕の立派な冒険者として与えられた最初で最後の役割なんだ。
最高の勇ましき職業、冒険者。
その冒険者としての。
ずっと臆病で約立たずで何もかもが。
心までもがずっとずっとどこまでも落ちこぼれていた僕の。
――最初で最期の意地なんだッッッ!!
「ぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああッッッ!!!」
魔力を最大限に溜めながら、
全てを捧げる覚悟で、
おもいっきりの全身全霊で、
後悔の無いくらい全力で、
最期の命の叫びをどこまでも、
どこまでもどこまでもどこまでも、
「ッパラライズァァァァァァッッッッッッゥゥゥゥゥゥッッッッッッゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」
ボンズはこれでもかと叫んだ。
1人の向こう見ずで勇ましい小柄な少女――蛮勇の少女を、自らの命を捨ててでも守るために。
すぐ目の前の男3人に湯気が勢いよく湧き出る。
雷初級魔法、パラライズ。
呪文、
――成功。
「「「ぐあああっ!!!」」」
ボンズのすぐ目の前で、ボンズに斬りかかろうとしていた3人の男たちが一斉に鈍く激しい重低音と共に後方へ吹き飛んだ。
全身からバチバチッとした音を奏でながら、起き上がることなく大の字で倒れたままでいる男たち3人。
「はぁはぁっ……やっ……た……成」
あれ?
体に力が入らない。
「木偶の坊っっ!!」
ボンズの巨体がガクリと大きく地面に崩れるように倒れる。
途切れそうになる意識のはざまで、僕は最後に言葉を振り絞った。
「だ……誰か……」
彼女を助けて……。
『――青年、よく頑張った』
誰かの声が聞こえた、そんな気がした。