番外編2『密かに動く兎』(本編は来週から!!)
来週から本編に戻ります
『あ、冬華聞いたぜ!!』
ある日、アキが休んだ日があった。
それはわたしが、自由な身となって翌日の事だった。
……次の日に来たアキの顔が酷い有様になっていたのと、腕の骨が折れていたのを見てあの人が───────アキのお父さんやった事なのだとわたしはすぐにわかってしまった。
そしてそれは、その休みの日の事だった。
『お前、シューヤに助けられたんだろ?
良かったなぁ、お前は弱っちょろいから今みたいに自分を守ってくれるような存在が無きゃ生きていけないもんな!!』
私をそう、怒った様子で声を掛けに来たのはクラスメイトの本多くんだった。
『そんな、こと…………』
『無くねぇだろ』
否定しようとするわたしに、鋭く彼は言葉をを投げる。
『ならなんでアイツは征鬼軍を手玉に取ってお前を無罪にするなんてことしたんだよ?』
そして容赦なく、自身が無力である事実が胸を貫いた。
───────気付けば、私の周囲を他の生徒が囲んでいた。
彼らの視線には敵意が、感じ取られていた。
『いやよ、あのバカがチョーシ乗ってくれたことしたみたいでよ……黒奈の親父さんも赤っ恥かかされたし、降格になったみたいなんだわ』
目の前の男の子、本多くんが指を鳴らしながら、
『……顔はやめてやるよ。
あの家がうるせぇだろうしな……だけどよ、痛い目はあわせてやるよ…………!!』
そう言い、わたしに───────
───────その日から何日かの間は、煌月の人にもアキにもお腹を見せようとはしなかった。
…………じゃないと、勝忠が酷い目に遭うから。
でも。
その日から、ううん。
腫らしたアキの顔を見てからわたしはひたすらに強くなりたいと思うようになった。
そうすれば、彼に迷惑をかけずに済むから。
今日みたいなことも、あの日の事も。
アキいわく、わたしの大事なモノが失って、おじいちゃんが亡くなったあの日の事も。
それら全て、のようなことによる迷惑をアキにかけずに済むから。
けれど、わたし強くなりたいと明らかにしたアキは酷く狼狽えながらわたしのその願いを否定した。
…………だから、わたしは《《この日》》を待つ事にした───────
秋夜達が入学式の日。
東京都征鬼軍本部の黒鳥の部屋で、コンコンと扉が叩かれる音が響く。
書類にサインを書いていた黒鳥の手が、ピタリと止まる。
「なんだ?」
『黒鳥様、因幡の女が貴方様にお願いしたいことがあると仰っておりまして』
(不良少女め、入学式すらまだ終わってないでは無いか。
…………仕方ない、入れてやるか)
彼の中では、少女は恐らく言うだろうと確信を抱いていたのだ。
だが、大事な行事をサボるなどと思わず内心で呆れる。
手に持っていた万年筆をキャップで閉めて、机の上に横にして置く。
そして少女に、
「入れ」
そう、促しすのだった。
数秒後、「し、失礼します!!」と緊張した声音で冬華が黒鳥の部屋へと入室してきたのであった。
赤い瞳は何処か恐怖を抱いているが、黒鳥は心当たりなどあるはずが無く、思わず首を傾げたのだった。
「……なんだ、冬華。
私に何か用があるのでは無いのか?」
「あ、は、はいあります!!
あるんですけど……ちょっと待ってください、お、落ち着かせて…………」
すう、はあ、と。
何度か深呼吸を重ねた後、冬華は黒鳥の顔へと視線を移し───────
「お願いします、わ、私に呪術とか……鬼との戦い方とか、色々と教えてください!!」
そう、大声をあげながら黒鳥に頭を下げた。
教えるのは別に構わない、黒鳥自身は冬華からは呪術を扱う者としての才能は大いに感じれていたから。
しかし、彼を少し悩ます原因……それは秋夜との約束であった。
秋夜はあの日、少女の無実と自由……そして安寧を約束させた。
その約束を違えることになる。
黒鳥は、その一点でどうしても快く承諾してあげることが出来ずにいた。
だから、まずは訊ねる事としたのだった。
「……なぜ、強くなりたいんだ?」
それは、理由。
少女が力を欲する理由であった。
───────脳裏に昨年の出来事を思い浮かべながら、少女が口を開く。
「わたし、はアキに守られっぱなしは嫌なんです……
アキだけ傷付いてばっかりで、わたしはなにもしないなんて事はもう、嫌なんです!!
だから……わたしは、強くなりたいんです!!
せめて、自分の身は自分で守れるように……ううん、アキすらも守れるように強く───────!!」
「それは無理だ。
君では到底、彼を護ることは出来ない」
赤い瞳が揺れる。
そんな冬華を見ながらも、お構い無しに黒鳥は現実を突きつけた。
「当然だ。君が今から呪術を学ぶとしてどうする?
あの少年は君よりも才能がある、そして君よりも早くに呪術を学び始めた。
今からでは、影すら踏めぬだろうよ、それでもいいなら鍛えてやる」
「大丈夫です、たとえ追いつけなくても自分の身は自分で守るようにしたいんです!!」
少女の即答に、黒鳥は笑む。
断った所で他の者に頼むか、それとも何度も頼みに来るか。
どちらにせよ、それは少女の意思を尊重しないこととなる、つまりは少女は不自由であることに変わりない。
秋夜はその矛盾に気付いているのかは分からない、けれど籠に囚われた兎は些か可哀想に思えたのだ。
だから黒鳥は、頷く。
そして少女の願いを聞き入れたのだった。
「構わん。だがそうだな……私は毎日時間が空いている訳では無い。
そこでだ、蒼龍に教わるようにしてくれ。
当然、手が空いているなら私も手ほどきしよう」
「わかりました、ありがとうございます!!」
少女は晴れやかな笑みを浮かべる。
その笑顔はとても愛らしく、心の芯から冷え切っているハズの黒鳥の心を僅かに温めてしまうほどだった。
黒鳥は黒電話の受話器を手に取り、蒼龍へと電話を掛け始める。
「蒼龍、貴様に新たな仕事をくれてやる。
因幡冬華の呪術を鍛えろ、拒否権は無いぞ」
その急な仕事を与えられ、蒼龍はこめかみを押さえながらも渋々とその仕事を受けることとなってしまったのだった。




