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ノクス・トラジェディー  作者: 桜 hiro
一章 『魔王の生まれた日』
3/16

覚悟を抱いて、少年は挑んだ

書き溜めはとりあえずこれで全部吐き出しました

「成程な……全てはこの為の布石だったわけだ。

 丸吉に身体を売ったことも、俺に殴られた事も」



 凡そを理解した蒼龍は、自身の息子である秋夜へと語り掛ける。

 勝ち誇った顔を見せながら、父の言葉に秋夜は頷いた。



「えぇ、丸吉が初めて僕を見た時の下卑た鼻息から彼の性の好みを推察しました。

 そして、学校での件を話せば貴方は絶対に僕を連れて丸吉に謝罪をさせに行くと確信した。

 だから僕はプラスチックの中に適当に機械をを詰めて、それを下着の中に隠して御門さんのボディーチェックを逃れた入る時にそれを口の中に移す時はバレるか焦りましたが、皆さん案外、疑わないものなんですね」



 秋夜は、御門にも視線を向ける。

 挑発をしているのは明白な、その視線に御門は屈辱に感じながらも下唇を噛み締めて秋夜を睨んだ。

 その視線を向けられた秋夜は、さらに笑みを浮かべたのだった。



「貴方は子供だから優しくすると思うな、と仰っていましたが……随分と優しいボディーチェックでしたね。

 僕がこの男に好かれているからなのかは知りませんが……ボディーガードとしては失格ですね」



「このッ…………!!」



「やめろ御門。

 今、お前の胸に隠している拳銃を用いたところで訪れるのは全てを巻き込んだ大爆発だ。

 それで、秋夜…………お前の要求はあの愚かな女の身柄の解放か?」



 蒼龍の問いに、秋夜は無言で頷いた。

 深いため息をついた後、蒼龍は丸吉に視線を向ける。

 その視線は、何故だろうか。

 憐れみが含まれていたのだった。



「こんな餓鬼にまんまと騙されるとは……やはり貴方は、堕ちましたな。

 昔の話をするべきでは無いのは承知ですが……貴方の若い頃はそれはそれは素晴らしい知性と実力を兼ねた名官であったのに。

 そんなに、自身の愛息子の死は堪えたのですか?」



 蒼龍の一言に、丸吉は目を見開いた。

 浮かべる表情は激怒、憤怒。

 ……否、心に受け入れるには不可能な哀しみ。

 丸吉の脳内に染み渡る感情はそれのみ。

 しかし顔は、怒りを。

 その咄嗟の表情は防衛反応と言うべきだろうか。


 しかしやがて、堪えきれずに丸吉の瞳から涙が一筋零れたのだった。



「悪いか……息子が死んで、こうも無様に堕落して何が悪いのか!!

 息子を愛しておらん貴様になんぞ分からんだろうな……!!

 その幻影を追って、何が悪いか!!!!」



 周囲に響くのは、森丸吉という男の慟哭。

 それを聞く室内の征鬼軍兵士達は呆けて見ているだけだった。

 呆けている、というのは間違っている。

 驚き、物怖じている。

 堕落しきってなお、森丸吉という男の覇気はそこらの歴戦の勇士達ですら後退りせざるを得ない程の気迫を宿していたのだった。



「あの子の為にこの戦争を終わらせる……その覚悟だった…………ッ!!

 だがそれはヤツら───────平和主義連合、及び鬼共による襲撃によりあの子……蘭太は死んでしまった!!

 幾つだったと思う……? 今の君と同じ歳だよ、秋夜君!!

 あの子はわずか11歳でその命を散らしてしまったんだ!!!!」



 突然声を掛けられ、秋夜がビクリと身体を震わせる。

 その僅かな隙を、丸吉は反応出来ずにいた。

 その事実を実感した丸吉は笑みを浮かべる。

 自虐、自傷を孕んだ惨めな笑みを浮かべるしか無かったのだ。



(本当に堕落したのだな私も───────当然か。我が子に似た少年に欲情するような歪んだ男になったのだ……本当に、惨めだ)



 蒼龍の方へ視線を向け丸吉は小さく、



「頼む……風魔蒼龍……この惨めな私ごとこの少年の凶行を止めてくれ…………」



 そう、蒼龍に頼んだ。

 頼まれた蒼龍は短く頷き、



鬼忌改廻(ききかいかい)



 スーツの袖下に隠していた鎖の名を呼んだ。

 鎖は呼応し、袖下から伸びて秋夜へと襲い掛かる───────!!

 突然の事に再度呆気に取られてしまった秋夜だったが、直ぐに手に握ってある棒状のモノの先端にある起爆スイッチを襲うと指に力を入れた。

 しかし───────意地を見せるように、丸吉は即座に反応した。



「させん……!!『隷属』、『束縛』、『玄冬』

『如律令、玄武の一・沈水』!!」



 丸吉が、わずかコンマ数秒で何かを唱える。

 その直後、丸吉と秋夜を巨大な水玉が包み込んだ。



(これは……呪術!? 父がアレを使うのは予想してた……しかし森がこんなに早く唱えれるとは予想外だ……しかし、マズイ!!!!)



 秋夜は自身に迫り来る鎖を捕捉する。

 その速さは弾丸の如く。

 さらに、丸吉は一瞬で自身たちを包む水玉を破裂させ蒼龍の鎖による刺突の妨げを除いた。

 ───────あと一秒も満たないだろう。

 自身に向かって襲来する鎖を前に秋夜は、自らの死を悟った。



(そんな…………結局は失敗して死ぬのか、僕は!?

 巫山戯るな……! 僕は約束したんだ、冬華に!!)



 脳裏に浮かべるのは冬華お出会い仲良くなった数日後の彼女を驚かせようといきなり家へと入った日。

 頭から血を流し、冬華のベッドで力無く倒れ伏す老人。

 鮮血の染みを下に、部屋の隅で泣きじゃくる冬華。

 そして───────自身の手に握られた、血が染み付いた鉄パイプ。

 それを床に投げ捨て、冬華を抱き締めたその記憶を彼は思い出し再度、奮った。



(なにか───────なんでもいい!!

 なにかこの状況を打開することをしないと……!!)



『───────欲せ、我を』



 突如として、謎の声が脳に響き渡る。

 その声が秋夜の脳裏に響いた瞬間、全てが止まった。

 迫り来る鎖も、人の呼吸も全て止まる中、秋夜だけその世界を認識していた。

 突如として真っ暗となった、その空間。

 そして自身の目の前にいるのは。



(麒麟───────)



 神々しい光を放ち、身体に鱗を生やした馬のような獣。

 秋夜が昔に、文献で読んだ、夢で見た事があった麒麟そのものであった。

 麒麟はただ真っ直ぐに秋夜を見つめていた。

 まるで品定めしているかのように、その瞳は秋夜の事細かを捉えていた。



『……ふぅむ、もうちと成長を待ちたかったがこればかりは致し方あるまいか。

 それで、どうだ少年?

 我の力をお前に授けようではないか……もちろん代償は支払ってもらうがな』



 麒麟が愉快そうに瞼を細める。

 その麒麟の声に、問い掛けに秋夜は。



『当然、この提案は呑むつもりだ』



 即座に応じた、その言葉を待っていた麒麟は愉快そうに笑みを浮かべる。

 そんな麒麟に若干の無気味さを抱きながら、秋夜は訊ねたのだった。



『でも……貴方の力を持つことによる、その代償は何かだけ気になる』



『代償か?

 簡単なものさ、それは■■■だ』



 絶えず、愉快そうに笑みを浮かべたまま、麒麟は答えた。

 麒麟の提示した代償を聞いた秋夜は、全てを理解した。

 そして──────────────



『呑むよ、その契約を』


 笑みを見せ、麒麟に手を伸ばした。

 麒麟はその即答に少し呆気を取られたが、秋夜にとってそれは元から不必要なものだった。

 否、あるから邪魔になるモノだった。

 要求を呑んだ、秋夜の瞳は狂った覚悟が宿っていた。

 その瞳を最後に見つめ、麒麟は口元を大きく歪め、



『良いぞ、その狂気は大好きだ』



 今の秋夜を肯定するのだった。



『では受け取れ。晴明が直々に封じた、封じざるを得なかったこの“消滅”の禁呪を。

 しかしこれは例外な継承だ、今の貴様ではせいぜい日に一発が限度だろうよ───────』




 そして、時が動き出す。

 それと同時に、自身の死という現状も動き始めた。

 その根源たる空を奔る弾丸めいた鎖を捉え、秋夜はただ消えろ、と念じた。

 消滅、その名前を麒麟から聞いた瞬間から少年はその力を把握したのだった。

 まるで元から知っていたかのように、スラリと浮かび上がり、使い方に秋夜は戸惑うことは無かった。

 ここでそのカードを切るべきか悩んだ秋夜だったが、漠然と脳に過った切るべきだという判断に従い、力を使用した。


 秋夜が念じた次の瞬間───────彼へと襲来していた鎖は塵一つ残さずに、突如として消え去った。

 まるで、元からなかったかのようにその痕跡を消した鎖を白髪の男は目を見開きながら口を開いた。



「消滅の禁呪───────!

 成程、貴様が介入するのか安倍晴明……霊獣麒麟!!

 ならば、あの少年を殺すには惜しいな」



 一人確信を抱く男。

 しかし、その男以外の部屋の者はただただ困惑と、恐れを抱いていた。

 ソレを知らぬものは鎖が消えたことに疑念を抱き、それを知る者はその力を秋夜が使えることに恐れを抱く。



(その力は、陰陽師として高名な安倍晴明が直々に封印した存在してはならない呪術───────!!)



 丸吉がその未知な力に恐怖を抱き、身震いする。



「鬼忌改廻」



 蒼龍は再び、鎖の名を呼んだ。

 消えたハズの鎖だったが、いつの間にか蒼龍の手には刀が握られていた。

 丸吉は呆気にとられながら、直ぐに息子へと斬り掛かる蒼龍を視界に収めた。

 その表情は険しく、そして明らかに殺意の火が宿されていた。

 その表情は鬼気迫る、と評するに値するほど威圧的なモノであり僅かに誇りを取り戻した丸吉に恐怖を与えるには十分すぎた。

 止まることはないだろう、その一太刀は



「止めろ、蒼龍。

 私はこの少年を気に入った」



 白髪の男の言葉により、ピタリと止まった。

 玉座から立ち上がり、男は秋夜へと歩み寄る。

 秋夜に興味深げな視線を向けながら、彼は思案する。



(身体に異変も今のところは無さそうだ……ますます、この少年の将来が楽しみになるな)



「少年……君の名前は?」



 男が訊ねる。どこか、その声が弾んでいた。



「風魔秋夜……そこの風魔蒼龍の実の息子です」


 秋夜は答える。彼の中から溢れそうな緊張を必死に押さえつけながら。



「風魔秋夜……素敵な名だな。

 私の名は煌月黒鳥(こうづき くろと)だ。

 知ってるとは思うが、この征鬼軍の総統を務めさせてもらっている」



 男は───────煌月 黒鳥は自らの名を教えた。

 そして、黒鳥の視線は変わり、広間の隅で何も出来ないでいる式典の参加者達へと移った。

 その視線は侮蔑、嘲笑、そして怒りが混ざっていた。



「たかだか小童と侮った愚者諸君。

 君達は今宵、一人の少年に敗北した。

 何年も戦場で血反吐を吐いて、戦場を這いずり回ってきた筈の君達はたった一人の、それも戦争を体験していない少年の愚かで、蛮勇で……愛と執念と狂気の前に完敗してしまった」



 黒鳥の言葉に、全員が何も言い返せずにいた。

 言い返せれるはずも無い。何故なら、それは事実なのだから。

 何も言い返せない彼らに、黒鳥は更に責め立てた。



「敗因は君達の傲りだ、鈍感さだ、緩みだ!

 これがこの少年に勝ちを与えてしまう決定打となった!!

 仮に、本当に爆破していたら君達は面目丸潰れだ。

 命も無かったことだろう…………

 そんな君達は、この少年に生かされているに等しい君らは、この少年の要求を呑むしかないだろう?」



 確認のように訊ねる。

 しかしそれは、決定された事項の後押しであった。

 彼らは黙り、歯を食いしばりながら頷いた。

 視線は下で誰も、秋夜を睨む事は出来なかった。

 内心では怒り、恨み、妬んだ。

 しかし、黒鳥という存在が少年に視線を向けることを拒ませるのであった。



「さて、拒絶する者は居ないな?

 少年、望みを言うんだ」



 黒鳥の言葉を受け、秋夜は答えた。



「最初に言った通り……因幡 冬華を無罪とし、彼女を解放していただきたいのです」



「分かった、因幡 冬華の無罪は約束しよう」



 黒鳥の返答に、秋夜は眉を顰めた。

 何故、解放はしないのか。

 鋭い目つきとなった秋夜を前に、笑みを浮かべながら黒鳥は答える。



「君が作戦を成功できたのは、ここに居るものの傲り。

 そして私が加入しないでやった優しさだ、その証拠を今、この瞬間に見せてやろう」



 言いながら、五十メートルはあったはずの二人の距離は、いつの間にかわずか数センチへとなっていた。

 そのあまりに早い移動に秋夜は驚きを隠せずに、慌てて先程の力を披露しようとし消えろと念じた。

 しかし───────



「…………ご、バぁッ!!!!」



 刹那、口から血が溢れ出た。

 膝を地につかせ、呆然と床を見つめる。

 その光景を目の当たりにし、黒鳥が目を細め口を開く。



「やはりか、その力はあくまで前借りしたモノ。

 意識すれば発動するが……余計に呪力を食うのだろうよ。

 これ以上はやめておけ、死ぬぞ」



(この人の言う通りだ…………次、もう一度アレを撃つと死ぬと。この身体が、この本能が、あの麒麟が告げに来る!)



 悔しい、否、絶望。

 唯、秋夜は自身の幼さに、無力さに絶望した。

 もっと成長していれば、自身も兄のような才能があればもっと上手くやれて。

 そして冬華を解放することが出来たハズだと。

 そう、少年は自身の非力を呪い絶望した。

 冬華をこのまま、解放することは出来ないのだろう。

 しかし、それでも。

 それでもと顔を上げて、黒鳥と視線を合わせた。

 食い下がるように、祈るように、懇願するように───────瞳は少女の自由を、幸福を求めた。



「お願いします……彼女を解放してください……!

 その為なら僕は、この戦争を終わらせてみせますから……二十歳になるまでに、絶対に……終わらせてみせます。

 だから……彼女を、冬華を───────冬華の笑顔を奪う様な事はしないでください!!」



 喉を振り絞り、捻り出した言霊。

 本来ならば、鼻で笑い一蹴されるであろう非力な少年の願い。

 だが秋夜の願いは、宣言は黒鳥を満足させ、そしてこの少年なら出来るだろうと確信を抱かせる交渉の値としては十分な言葉だった。



「いいや、駄目だ。

 あの少女は私が預かる」



 しかし、黒鳥は敢えて拒否した。

 これが現実だと、この冷たさが当たり前なのだと秋夜に実感させる為。

 その言葉は見事秋夜に響き、今にも心が粉微塵になりそうになっていた。



「だが安心しろ。

 彼女には、私の見える範囲内での自由は許可する。

 保護者という立場へとなる、そういうことだ。

 当然、彼女が悲しまないように丁重にもてなすさ」



 それを予測していた黒鳥は、秋夜に希望を与えるべく続けて言う。

 少女の自由を───────笑顔を奪う真似はしないと。

 それは、概ね秋夜の要求を呑むという事であり。



「喜べ少年───────君の恋心はひとつの不条理を捻じ曲げた」



 言いながら、労いながら、祝福しながら彼は踵を返し秋夜に背を向ける。

 そう、秋夜は起こりうる未来を変えることが出来たのだ。

 思わず、秋夜は拳を握り笑みを浮かべる。

 歓喜を隠さない秋夜の姿を想像するのはとても用意で、黒鳥も思わず微笑むのだった。

 だが、直ぐに表情を切り替えて彼は言葉を続ける。



「あぁ……しかし此方からも条件を提示しよう。

 君は来年からは軍校へと転入させる。

 覚悟しろ、相手は君の兄と同い年ばかりだ。

 そしてその中で学年首位を取り続けろ、君の宣言をより現実味あるものと示す為に」



「お待ちを、黒鳥様」



 黒鳥に待ったを掛けたのは秋夜では無い。

 その父である蒼龍だった。

 表情は変わらず冷酷なまま、秋夜を一瞥しながら黒鳥に抗議した。



「あの女は処刑し、そして我が愚息も処刑にすべきです。

 奴は長男の春朝よりも不出来な……失敗作とも言える存在です。

 長年、アレを見てきた私だからこそ分かる。

 ───────コレに、戦争を終わらすだけの力など、価値などない」



 言い切った蒼龍に、黒鳥は視線を向ける。

 その視線は、蒼龍が秋夜に向けたものよりも凍てついていた。



「黙れ。お前はあの一瞬、この少年に負けたんだ。

 そんな情けないお前に、勝者たる少年の価値を決めつける権利など、決して無い。

 そもそもだ、少年がここまで狂えると分からなかった貴様の曇りきり、濁りきった目をこの私に信じろというのか?」



 その覇気で、傍で見るしかできない者達のその中の数人は気を失ってしまった。

 蒼龍も、額に冷や汗を流し息を飲み込んだ。

 そして直ぐに首を横に振り、答えた。



「いいえ。貴方の仰る通りです。

 あの時点で敗北した私に語る権利など無い。

 そして、私の愚鈍な眼は信頼に値しないでしょう」



「そうだ、お前にはその権利が無い。お前のその眼は信頼に値しない。

 だが、森と共に起こしたその後の行動は評価に値する。

 良くやった、流石は我が懐刀だ。

 だが道具はどこまで行っても与えられた役目を超えれない、超えては行けない。

 所詮、懐刀の貴様は私の決定に指図をするな、私の意思に反発するな。

 その事を、そこの森から教わらなかったのだろう。

 だから森───────貴様はもう要らん。

 錆切り、濁り切り、愚かに成り下がった貴様には懐刀だけでない。

 一兵士としての価値すら無い。

 あの呪術でも、それは覆らない。

 錆びて、折れてしまった刀には本来の価値など戻らないだろう?

 貴様にはもう、堕ちた元英雄の無能は死ぬという教本の価値しかあるまいよ」



 そう言われた森は、まるで言われるのかを分かっていたかのように酷く落ち着いていた。

 否、分かっていたのである。


 長年この軍にいて、この煌月黒鳥という絶対的な暴君の傍にいた彼は自身よりマシなヘマをしただけで拷問の末死に絶えた者を見た事がある。

 故に、森は秋夜が黒鳥に気に入られた時点で処分されるだろうと覚悟していた。


 直後、広間に入る数人の黒衣を纏った男たち。

 その者達はいわば黒鳥の狩猟犬であった。

 無能を狩り殺す為だけの、犬としての彼等は新たな獲物である森を見て笑みを浮かべた。



(私は彼らの餌、か。いいだろう、犬畜生共め……貴様らに食われてやる。

 だが、タダでは食われんぞ……!!)



「子供がいる。

 死体を見慣れさすべきだろうが……場所を変えよう、貴様らは些かお行儀が悪いからな」



 言いながら、ゆっくりと森は出口へと向かい歩く。

 黒鳥に振り返ることなく。

 自身の醜い過去を振り返ることも無く。

 ただ、自身の愛息子の陰を追った。



『父さん……戦争は怖いです、けれど。

 僕は信じてます、父さんがこの戦争を終わらすと、そしてその隣で支えれるように成る可く、僕は才能が無いなりに努力をします!!』



 脳裏に輝くは、希望した未来。

 それのみだった。

 歩き、歩き、歩き、歩き、そして出口へと辿り着く。

 人によっては、その出口の扉は断頭台に見えただろう。



「…………風魔秋夜」



 秋夜の名を呼ぶ。

 男の呼び掛けに秋夜は、声でなく視線で応じた。

 最後の最後に生意気な、そう内心で笑いながら丸吉は口を開いた。



「我々の腐敗を計算に入れた、見事な策であった。

 たった一人の少女を救おうと動いたその一途さも、全て尊敬に値する。

 故に、助言をしよう。

 ───────腐るな、前へ進め、脳を動かせ。

 価値を示し続けろ───────そして、掴み取れ。

 少女との未来を」



 それだけ言い残し、扉を開けた。

 そして、黒衣の男達と共に広間を後にするのだった。



(少女との未来……か)



 言われた言葉を反芻させながら、秋夜は立ち上がる。

 すぐ後に、麒麟との取り引きを思い出しながら。



『代償は未来だ』



 麒麟は言った。

 そして、秋夜はなんの未来かもう既に悟っていた。



(くれてやる───────冬華と、僕が共に幸せに暮らす未来なんて。

 その代わり…………僕は冬華の幸せな未来を得る、掴んでみせる!!)



(だから……戦争を終わらせてみせる!!)



 自身を鼓舞するように少年は力強く言葉を発する。

 奮い立った彼は、そのまま蒼龍に歩み寄り声を掛けた。



「改めまして風魔蒼龍殿……貴方に案内をお願いします」



 勝ち誇った顔で、自身の父に頼む。

 蒼龍は眉を顰めながら、秋夜の頼み事に頷くしか無かったのである。



「……いいだろう着いてこい」



 蒼龍は渋々と秋夜を冬華の元へ案内するべく、彼の前を歩く。

 そして数分後、秋夜は冬華と再会したのだった。




 ───────こうして、一人の少年による少女の救出劇と。

 そして後に『最低の虐殺王』と呼ばれる、一人の男の誕生物語に幕が下りたのであった。

1章が終わりました、次話投稿は未定です。

が、おそらくは1ヶ月程かかるかなーとは思います。

5話分書き溜めてから次からは週一のペースで投稿致しますので、更新頻度の低下はご容赦くださいm(_ _)m

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