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ノクス・トラジェディー  作者: 桜 hiro
二章 『桜の元に集まる少年少女』
15/16

番外編『甘く苦々しい初めての記憶』

今日はバレンタインなのでふと思いつきました。


「───────あの、黒奈(くろな)ちゃん!!」



 新宿の小学校、6年生の教室にて。

 勇気をふりしぼり、因幡(いなば) 冬華(とうか)はクラスメイトの王女である黒奈へと声をかける。

 真っ白な肌は緊張と、恥じらいで紫がかっていて可愛らしさと面白さが両立していた。

 そんな冬華に笑いを堪えながらも、急に声を掛けられた黒奈は首を傾げた。



「なぁに、トーカ?」



 問う彼女の目には、冬華への敵意など無かった。

 ───────秋夜(しゅうや)が征鬼軍に対して起こした件で、気付かなかった自身の父は酷い降格処分をされた。

 ……のだが、黒奈はその発端である冬華には怒りを抱いていなかった。

 何故なら、彼女は悪くないと思っていたのだ。

 無知故に所持してはいけないものを持ってしまった。

 ただ、それだけだ。

 それに、悲しい事ばかりでは無かった。



 自身の想い人である勝忠は、自分の代わりに怒ってくれたり、父が家にいる時間が多くなった為に今までは会話すら無かったがそれが今や毎日のように話せるようになったのだから。

 寧ろ、秋夜と冬華には感謝すら覚えていた。



「そ、その……お、教えて欲しいことがあって……!!」



 そんな、感謝していた少女が今はとても面白い表情を浮かべている。

 黒奈はそんな冬華を愛おしく、そして面白く思っていた。



『教えて欲しいこと』、そう言われて黒奈がふとカレンダーを確認する。

 日にちは2月7日。

 あの日まであと一週間しかない事に気付き、それと同時に意地悪な笑みを浮かべた。



「あぁ~~? なるほど、なるほどねぇ?

 うんうん、分かったわ。よーーーく、分かったわ」



 何度も首を頷かせる。

 辺りを見渡して、秋夜が居ないのを確認する。

 そして、ふと冬華へ視線を配ると顔色が瞳と同じ真っ赤になっている冬華が完成されていた。



「うぅ……~~~ッ!!

 そう、なの。

 アキに、チョコ、あげたくて……そ、それで……何か、どこのチョコが、いいかなって」



「え? 作ってあげないの!?」



 冬華の思わぬ発言に思わず、腹から声を出して驚きを隠せなかった黒奈。

 スカートの端をぎゅっと握り、顔を俯かせながら冬華はこくりと頷いた。



「だ、だって……今から作っても覚えれるか、分からないもん……」



「はぁ~……あのねトーカ」



 立ち上がり、冬華の頬を両手で抑えながら黒奈は自身と視線を合わせた。



「男の子はね、義理だろうがなんだろうが。

 女の子からつくってもらったチョコがいっっちばん、嬉しいの!!

 去年、マサにあげた時なんてアイツ、テンション上がりすぎて窓から落っこちたのよ?」



「え、本田くんそんな事になったの!?」



「うん、パパに怒られてた。

 さてトーカ……アンタは大好きな大好きなアキくんにそんな反応させたくないの?」



「して欲しい、させたい!!」



 黒奈の発破に即答で答える冬華。まるで罠に掛かった兎である。



「なら、死ぬ気で覚えるのみよ!!

 ちょっとまってて」



 言いながら、黒奈は勝忠(まさただ)の方へと向かう。

 二人の会話を聞いていなかった勝忠はなんだろうと首を傾げた。



「どうした黒奈?」



「マサ、今日は友達と帰って。

 アタシ、トーカと少し用が出来たの」



「え、今日の公園デートは!?」



「今日はキャンセル、デートは暫くなし!!

 トーカに酷いことした罰まだだったし、丁度いいでしょ!!」



 黒奈の即答に、空色の瞳を涙でコーティングし輝かせる勝忠。

 怒られた幼児のように肩を落としながら、自分の取り巻き達の元へ向かっていったのを確認した黒奈はよし、と頷いて冬華の元へと再び戻り、手を掴む。



「さ、行くわよトーカ!!」



「う、うん!!」



 そして、二人は黒奈の家へと向かうのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「驚いた、トーカって料理上手なのね!!」



 明るい声が、厨房の一室に澄んで響き渡る。

 あれから時刻は夕方となっており、黒奈と冬華の視線の先にはとても綺麗な形のチョコレートがあった。

 初めてとは思えない、見事な手捌きで冬華が完成させたのである。



「ちっちゃい頃から叔父さんに料理作らされてたから……でも、チョコとか甘いの作った事はなくて、自信がなかったの」



「これなら、アキ君に美味しいの作れるね!」



 天真爛漫に微笑む黒奈。それに反して、冬華は顔に翳りが宿っていた。



「ごめん黒奈ちゃん……彼の事を『アキ』って呼ばないで。

 わたしだけの、あだ名にしたいの」



 そして吐露してしまった。

 その、幼い我儘を聞いた黒奈は再び意地の悪い笑みを浮かべながら冬華の頭を撫でた。



「ごめんごめん、からかいたくてつい言っちゃった!!

 やっぱりトーカは可愛いなぁ……」



「ヒャウッ!?

 急に頭を撫でないでよ黒奈ちゃん!!」



 照れて顔を真っ赤にしながらブンブンと首を左右に震る。

 そんな冬華の反応を一通り楽しんだ後、黒奈が何かを思い出したかのように指を鳴らす。



「ねね、トーカ。一緒にケーキを作ろうよ!!」



「ケーキ……?」



「そ。シュウヤってケーキ好きだったでしょ?

 ほら、3年生の時にサプライズで誕生日ケーキをあげた時さ、すっごい嬉しそうにしてたじゃない!!」



「そういえばそうだったね……うん、どうせならケーキ作って喜ばせたいしお願いしていい?」



 勿論、と黒奈は親指を立てながら笑顔を見せて2人でケーキ作りを取り掛かる。



「そういえばさ、アタシのこと別に気遣わなくていいからね?」



「慣れるよう、頑張るね」



 笑い合いながら、和気藹々と2人はケーキ作りに勤しんだ。

 ……その数日間、放ったらかしにされていた彼氏の勝忠は捨てられた子犬のような顔を浮かべていたのが後に発覚し、黒奈は少し心を痛めたのであった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 1週間後、2月14日。

 バレンタインである。全国の男子は2分された聖祭の日なのだ。



 方や、『どうせ貰えないしどうでもいい』と心の奥底にその真なる願いを秘め、その日全ての幸福を諦め、この日が一刻も早くに過ぎ去ることを祈る者。

 方や、『何個だ、何個貰えるんだと』期待に胸を膨らませその至福の時を待ちわびる者。



 そんな中、まだ幼い秋夜は───────



「冬華に貰えますように冬華に貰えますように冬華に貰えますように冬華に貰えますように冬華に貰えますように冬華に貰えますように冬華に貰えますように冬華に貰えますように冬華に貰えますように冬華に貰えますように」



 欲望が、願いが只管に漏れ出ていた。

 周囲に聞こえないように小さく漏らしているのは、彼の体裁を守る意味では幸いだったのであろう。

 大好きな冬華からチョコが欲しいという思いが強く出ている。

 なぜならこの男はこれまで、強がって冬華にチョコを貰っていなかったのである!!



 そう、秋夜は幼い。だが同時にその性格は捻くれてもいる。

 少し早く、そして訓練校を卒業しても治らぬその内なる大人びた自身が格好いいと思い込んでいる厨二病ボーイ。

 これまで、何度も冬華に、



「チョコあげよっか?」



 と聞かれても。



「いや、甘い物は好きじゃないからいいよ」



 なんて、大人びた自分カッコイイと演じてきたのである!!

 尚、本人は実は甘いものは大好物で苦い物が大嫌いである。

 カカオ100%のチョコレート? 其れは本当に人の食べ物なのか?

 それが本音である。



 それが一変して、こんなにもチョコレートを願っているその理由は。



『え、フーマって今まで冬華にチョコ貰ったことないの!?

 うっわーお前、あんなに仲良さそうなのに勿体ねー!!』



 と勝忠に煽られた事が起因していた。

 そして、たまには貰おうかなと偉そうに思っていたら!!

 例年通りなら確認しに来る、冬華の姿が無かったのである!!

 それはそれは、いつも断る時は胸を痛めていた捻くれた少年に不安を与えるには充分すぎたのである。



(冬華はなんで今年に限って聞いてくれないんだ? くそ、オッケーするつもりだったのに……!!)



 机下の足は上下に小刻みに震えている。

 それは貧乏揺すりでもあり、恐怖であった。



 愛想を尽かされたのか、そんなわけないのにそんな不安を胸に募らせる少年は実に滑稽なのである。

 思わず大きな溜息と共に机に突っ伏す秋夜。

 その直後、



「ね、ねぇアキちょっといい……?」



 そんな、救いの手にも似た少女の声が耳をくすぐった。

 待ってましたと言わんばかりに勢いよく起き上がる。



「な、なんだい冬華?」



「この後、時間ってある……?」



「あります、あるとも今日の父との予定なんて直ぐに断る」



 いつもと違う、冬華にのみ見せていた穏やかな大人びた姿などでは無い。

 餌を吊り下げられた飢えた駄犬のように勢いよく飛びつく秋夜に、少し呆気に取られるも冬華は頬を染めながらはにかんだ。



「良かった。

 なら今日、黒奈ちゃんの家でいい?」



「分かった」



 そして、2人は黒奈の家へと向かうのだった───────



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あ、来た来た。ようこそ秋夜くんとトーカ!!」



「え、なんでこの2人も来てんだよ黒奈~」



 リビングに入ると、木造の正方形のテーブルの前に、向かい合うように黒奈と勝忠が座っていた。



「文句言わないの、はい二人も向かい合うように座る!!」



 言われるまま、秋夜は勝忠の前に。

 冬華は黒奈の横へと座る。

 テーブルの上には、ケーキの乗った皿が置かれてあった。

 チョコレートケーキである事を確認した秋夜は、更に期待を膨らますのだった。



「さぁて、じゃトーカ。

 早速、渡しなよ」



「う、うん……!!」



 冬華はケーキの乗ったその皿を、恐る恐る秋夜へと運ぶ。



「バレンタイン……どうぞ、アキ……」



 そして想い人の反応を伺うように本人に告げた。

 告げられた少年は───────



「いよ───────っしゃあああああぁ!!!!」



 歓喜で叫んだ。周囲など考えずに、捻くれた少年が普通の少年へと戻った瞬間である。

 そんな秋夜を見た勝忠と黒奈は呆れた笑みを浮かべ、当の冬華はとても嬉しそうに小さくガッツポーズをした。



「そんなに嬉しいならちゃんと欲しいって次から言いなよ?」



 呆れながらも、叱るように黒奈が言う。

 言われた秋夜は高速で首を上下に振り、更に置かれたフォークを手に、チョコレートケーキを1口、口へと運んだ。



 口内に広がるは砂糖、牛乳、そして冬華の想い等による極上の甘み───────ではなく。

 人の食べ物とは思えない、圧倒的カカオの苦々しさであった。



「~~~~~!? な、コレ……!?」



「アキ、甘いの嫌いって言ってたからカカオ100%で作ったの……美味しい……?」



 少女の瞳には恐怖が。

 拒まれることの恐怖が、その瞳に宿っていた。



(冬華を悲しませるわけにはいかない……!!

 ここは全力で───────)



「あぁ、美味しいよ。ありがとう冬華」



 故に、少年は見事に演じきった。

 ……だが嗚呼、なんて悲劇だろうか。

 ここで白状して甘い物が好きだと言えばよかったのだ。

 現に、黒奈と勝忠は何かを察してか呆れた笑みをさらに強めていた。

 嬉しそうに笑顔を見せた冬華は椅子から降り、少し小走りで冷蔵庫へと向かう。

 その時点で、秋夜は悟った。

 あ、これ……死んだか?

 と。



 両手で持って運ばれた皿の上には───────3つのチョコレートケーキが。



「これ、今まであげれなかったチョコケーキ!!

 食べて欲しいな、アキ!!」



 その可愛らしい笑みを奪う事が出来ない憐れな道化は、見事に苦々しいケーキを完食するのだった。

 その直後、温情がココアを差し出してくれた黒奈の背後に天使の翼が生えているのを幻視しながら、秋夜は喜んでそのココアを飲み干したのだった。



 その後は、4人でボードゲームやビデオゲームを楽しんだ。



 ───────秋夜は、この後の予定などすっかり忘れてしまっていたのであった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「───────秋夜はどうした?」



 低い声が、感情なく重く響く。

 赤毛のオールバック、威圧的な顔付きが特徴の秋夜の父、蒼龍(そうりゅう)は鎮座してどうじにて秋夜を待っていたが予定していた時間が過ぎ、苛立ちを隠さずにいた。

 時刻は夕方。秋夜は4人でボードゲームを楽しんでいたのである。

 その眉は怒りで痙攣をしており、秋夜への殺意を募らせていた。



「あぁ……恐らく冬華ちゃんと遊んでるかと」



 そう告げ口(秋夜視点では)するのは秋夜の兄である春朝(はるとも)だった。

 大きくため息を吐き出した蒼龍は、ゆっくりと立ち上がり道場の出口へと足を運ばす。



「そうか、今日はバレンタインか。

 …………フン、一時の甘い時を過ごすといい」



「その間、もしや秋夜に嫉妬でも?」



 煽るように春朝が訊ねる。

 鋭い眼差しを春朝に向けた後、蒼龍は珍しく笑みを浮かべた。



「いや? 一つしか貰えぬ息子に憐れんでいた」



「へえ、父さんはどれほど貰ってたのですか」



「気付けばロッカーの中が埋まる程だ」



 なにかの冗談なのか、春朝が考える。

 だが、その真意を探るのは無駄であると諦め、そして心で秋夜へ合掌するのであった。


 その数時間後、帰ってきた秋夜は父に罰として三時間ほど寒い中走らされるのだった───────

可哀想な秋夜くん……まぁ、結局は自分の行動のせいなのですが。

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