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ノクス・トラジェディー  作者: 桜 hiro
二章 『桜の元に集まる少年少女』
14/16

少年の地獄

煉が体育館へと到着する前、時間は戻り1年3組教室前の廊下にて。

 窓を破り、凶爪を振るう鬼だったが美沙希は運が良かった。

 1つ目は、素で呪術を解除し忘れていたこと。

 これにより、身体能力は目の前の鬼を楽々と凌駕していたから。

 2つ目はこの鬼が独断先行した事。



 そして何より、彼女の深層心理が表に出る前に身体が動いた事だった。

 気絶した夕夏を抱えたまま鬼の腹部に蹴りを入れ、足先から炎を伝播させる。



「アギャァァァ───────!!」



 火に包まれた鬼は断末魔共に瞬く間に、炎で焼き尽くされた。

 直後に美沙希は息を呑み僅かに震える己の拳を強く握り直す。



(───────所詮は“女”か)



 脳裏に現れるのは、忌々しい記憶。

 そして恐怖。

 鬼に対する恐怖が、彼女の心を蝕む。

 呼吸が荒くなってきてしまっているのを自覚するが、止められない。

 その目尻には、薄らと涙が浮かんでいた。



(───────ダメだ、怯えてはいけない。生徒を守らなくては行けないのに、心があの時から動いてくれない…………ッ!!)



「先生!! 齋藤先生!!」



 その場で立ち尽くしてしまう美沙希だったが、窓の割れた音と断末魔を耳にした充が入口から顔を出した。

 そして目の前の美沙希と、傍らにある焼死体を見てと取り乱すことなく心ここに在らずとなっている齋藤に呼び掛けた。

 大きな声で呼んだためか、美沙希はハッと我に返り声を掛けてくれた充へと視線を向ける。

 そして、自身の成すべきことを直ぐに割り出すのだった。



(そうだ……まずは生徒の避難!

 教室はダメだ、戦えるのが私しかいないから直ぐに全滅する!!

 確か非常時の避難先は体育館……生徒達に直ぐに声を掛けなくては)



「煌月君、他の生徒に荷物を持たずに直ぐに移動する準備をさせてください!!

 何故か此処は一体だけでしたが……鬼が襲いに来ました!!」



 美沙希は充に指示を飛ばすと、充は直ぐに反応して教室内に居る生徒に声を掛けた。



「皆、非常事態だ。避難するから直ぐに席から離れて!!」



「非常事態ィ? どうせ、ドッキリかなにかだろ?」



 窓が割れ、断末魔が聞こえて尚その態度でいられるのなら今すぐ自主退学してしまえよと充は内心で愚痴を零しながら、一番端の席に居る男子を睨む。

 その男子は40分も走らされ続けたからか、眉間に皺を寄せたままであった。

 不貞腐れてそう穿った見方をしているのか、何にしろ面倒な人間だなと更に愚痴を心に留めながら充が説得する。



「いや、事実だ!! 教室を出た先に焼死体が転がってる。鬼達が攻めに来たんだ!!」



「いやいや、じゃあなんでわざわざ1頭だけ突っ込んできたんだよ?

 それに、どっから来たんだってんだよ」



 ヘラヘラと笑みを浮かべながら、その男子は肩を竦めた。

 思わず舌打ちをして、充は廊下を左右交互に見渡す。

 他の教室からは、教師が何事かと飛び出してその焼死体の前に集まっていた。

 そして状況を美沙希が説明している最中であった。



「充、鬼だって?」



 充が答えを見つけたが、先に同じ理由で推測した秋夜が充に声をかけた。



「みたいだね……クソ、僕が年下だからってのもあるのか彼が動いてくれなくて泣けてくるよ」



「安心しろ、そもそもオレは充くらいしか信じてくれないだろうし」



 自虐なのに何処か自慢げに言う秋夜だが、充にはそれは自身に対する慰めのつもりであるのは短い付き合いながらも感じ取れた。

 だがそれはそれとして、この高慢な話し方は治させなければとも決意させるのだった。



「皆なにやってんの? 避難って言ってんだから早くしないとヤバいっしょ!?」



 蝶姫がクラスに声を掛けると、少しチンタラしていた生徒達が急にキビキビと動き出す。

 ……こういう時はやはり根明美少女の言葉が聞くのだな、と充は再認識して未だに動こうとしない窓際の生徒に再度声掛けを行った。

 本当はもう充の中ではそのまま襲われて死んでしまえと思っていたが、こんな間抜けな生徒がいたクラスで、学年で優秀な成績を秋夜納めたとしても、秋夜の目的が達成出来ないだろうと思い、あくまで秋夜を助けるためにその生徒に声をかける事にした。



砂賀(さが)!!

 頼むから動いてくれないか?

 このままだといつ、一気に襲ってくるか分かったもんじゃないぞ!!」



「ハァ?

 それはい───────ッダァァァァ!!

 う、うで、腕が、ァッ!?!?」



 砂賀と呼ばれた少年が充の頼みを断ろうとした直前、飛来した槍により窓が割れ、砂賀の腕を穿った。

 砂賀はパニックになりながら、懸命に腕を抑えようとする。

 が、もしかしたら追撃が来るかもしれないという中で信志が直ぐに駆け寄り砂賀の腕を掴むとそのまま教室の外へと引き摺る。



「後でその槍を抜くから、早く行くぞ!」



 その直後、勢いよく運動場奥の壁から鬼達が窓目掛けて突進を仕掛けてきていた。

 その光景を目の当たりにして驚きながらも、充は呪力を放出し、詠唱の準備をする。



「身体が硬いからって突っ込んできただろ……!?

 けど……。

『変換』“付与” “馬の蹄” “妲己”

“九尾の弐・硬化”!!」



「九尾……麒麟じゃないのか?」



 特異な充の詠唱に、秋夜が足を止めて充へ訊ねた。



「───────あぁ、僕の詠唱は煌月の人が使用するものに統一されていてね。

 一応、養子的なものだからさ」



「そうなのか。……話し掛けてすまない、一先ず避難を急ごう」



 既に他のクラスの生徒達は避難するべく移動を始めており、秋夜達のクラスは秋夜達を待っていたのだった。

 それと同時に、窓が割れた音が教室から響き秋夜が窓際に視線を流すと呪術を施したのが分かったのか、鬼達は各々の持っている武器で窓を破り教室内へと侵入しようとしていた。



「鬼達は一体何処から……!?」



 疑問を口に秋夜は辺りを見回そうとするが、それよりも鬼を警戒するべきだと思考を切り替える。

 先頭は脇腹に気絶している夕夏を抱えたままの美沙希が走っていた。

 後方は秋夜が鬼達を警戒しながら。

 鬼達は何頭、教室に入ったのかは分からないが充が制服から黒銀の鈴を取り出し、その音色を響かせた。

 呪力を纏ったその鈴が呪装具であると察した秋夜は、充にその効果を訊ねた。



「なぁ、それはもしかしてこの状況を打破できるものだったりするのか?」



「打破は出来ないかな……。

 この鈴は音を鳴らすと、これと呪力が繋がっている札が貼られた場所でのみ、対象を閉じ込める結界を貼るんだ。

 実はこっそりと僕の机の下に貼ってたんだ。

 これであそこの教室からは数分間は出てこないだろうけど……」



「分かってる、他からの襲撃は避けられない。

 けど、俺達の教室が一番体育館の入口に近いんだ。

 あとはその間に他教師陣と先輩方が対処してくれるだろう。

 学年主任の本願寺先生なんて、京都の奇襲作戦に於いては単独で下級の鬼を100頭、上級を……それも大嶽派の次席を討伐してるんだ。

 体育館に囲まれたとしても、あの人1人いれば───────」



「本願寺先生、今日は出張だよ秋夜」



「……………………ま、まぁ、小林先生が何とかしてくれるだろう。

 あの人……脳筋だから左遷されたって噂だけどな……」



 崩れそうになった態度を懸命に留めて、秋夜は体育館へと駆け出す。

 …………その際に、秋夜は横目で。

 自身のクラスメイトでは無い、他クラスの生徒が列からこっそりと抜けいるのを捉えた。

 一体なぜ、と疑問を抱かずにはいられなかったがその手に呪装具らしきものを見つけた秋夜は無謀な事を企んでいる事に気付いた。



(莫迦か……!? 敵の全貌が見えていないというのに何故に一人で行動しようとしている!

 ……止めたいが、一先ずは体育館に向かおう。

 そして、生徒達の連れ戻しを先生にお願いしよう)



 その生徒に対する怒りを抑えながら、秋夜は列に追従する。

 運が悪いのか良いのか、秋夜はその列にも違和感を覚えた。

 数が数名少ない気がしたのだ。

 具体的には、煉を除いた3、4人。

 …………そういえば、御門と麻生が居ないと秋夜は気付いてしまった。

 秋夜が恐らくは、残りの2人も信志達に着いて行ったのだろうと仮定し舌打ちをする。



「充、御門達がいな───────!?」



 充に、報告をしようとしたがその充すら居ないことに気付いたのだった。

 更には、自身の前にいた列も無くなっていた。



「どういう…………事だ!?」



 目を見開き秋夜は混乱してしまうのであった。

 その外に、ドローンがあることに秋夜は未だに気付けずにいた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 同じ時間、京都府清水のある建物内にて。

 その奥の部屋に設置された複数のモニターで、ドローンに搭載しているカメラ越しに征鬼軍の校内の様子をカメラ越しに観察している男の鬼がいた。

 呪力が宿った本を片手に、男は趣味の悪い笑みを浮かべながら秋夜達の困惑する姿を眺めていたのだった。

 手すりに肘を置き、顎を指で挟みながら男は自慢げに呟いた。



「まさか、遠距離から場所を変えられたなんて思わねぇよな。

 ……情報貰っといて、風魔秋夜含む今年呪術を学ぶ生徒の殺害を失敗するなんてやった日にゃ、大目玉食らうからな。

 なぁ、依頼人(クライアント)?」



 斜向かいの男に声を掛ける。

 声を掛けられた、眼鏡をかけている肥満体の男は、カップの中にあるのココアを一口啜った後、口角を吊り上げる。



「ふむ……やはりバンホーテンはミルクと砂糖をたっぷり練るに限る。

 この甘さが実にいい、脳と腹を満たしてくれる」



「……好きだねぇ、甘いの」



 呆れた笑みを鬼が浮かべる。

 そんな鬼の言葉に、機嫌良く男が反応した。



「ああ、デブは糖分を過剰摂取しないとストレスで早死してしまうんだ。

 もう5杯も頂いて済まないね」



 そんな冗談を言う男の双眸は赤く光っておらず、光すら吸い込みそうな漆黒を纏っていた。

 そして、その目と明らかな作り笑いを鬼に向ける。



「それで依頼の話だったね。

 あぁ、頼むから見合った成果を出しておくれよ大嶽美空(おおたけみそら)君。

 鬼たちに殺されかけてまでここまで来たんだ、その努力を無下しされてしまったら死んだ時に化けて出てやる」



「ハハッ、平和主義連合の松永雲平(まつながくもひら)様に付き纏われるのも悪い気はしないが……悪いがオレは付き纏う方が好きなんでね、お断りさせてもらうよ」



「フラレてしまったな。……しかしキミのその本の呪装具は素晴らしいね。

 禁呪同等の効果を持っていて、我が軍にも欲しくなってきてしまうよ」



「見える場所しか出来ないけどな……けど、それも解釈次第だ。

 こうやって、ドローン越しでも変えれたりするから呪装具は面白いよな。

 この本、便利すぎて本当ならあげたいところだけど、残念ながらこれは世界に一つだけのお宝本なんだ。

 中国の方々が色んな呪装具を作ってはくれてるが……呪力の放出を止めるってのが精一杯なんだよね。

 まぁ、西洋モンの形とかあるから油断して餌食になってくれるヤツが多いけどな」



 本を閉じて、大嶽はあるモニターに視線を向けた。

 鬼から情けなく逃げる癖っ毛の少年……御門を、どこかで見た事があると脳の奥深くに眠る記憶を辿っていたのだ。

 何か思案した様子の大嶽に、雲平が気になって訊ねた。



「どうしたんだい、そんな平凡そうな青年を見つめて。

 言葉通りの鬼ごっこをしている少年はやや面白くは思うがね」



「あぁいや、どっかで見覚えがあったなーって思ってさ。

 けれど、気のせいみたいだよ」



 笑みながら答え大嶽は再度、秋夜が映るモニターへと視線を移す。



「さて───────どう足掻くか見させてもらうよ、風魔秋夜(ふうましゅうや)煌月充(こうづきみちる)

 精々、湧かせるほど面白いものであってくれよ?」



 そして、煽るようにそう呟くのだった───────



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ナルホド。つまりフーマとコーヅキ、あと何人かが知らん間にはぐれたんすね。

 じゃ、オレが探してきましょうか?」



 あっけらかんと煉が訊ねる。

 美紗希は、確かに煉に行ってもらえれば楽ではあると考えたが、すぐに首を横に振る。

 手負いである自らの生徒を情報が足りない戦地に赴かせるなど、言語道断であるからだ。

 それに、自身もそして他の教師も鬼との戦闘を不得手としている。

 煉のように戦えない自身達は、恥ずかしさを棄ててでも煉にここの護衛を任せるしかないのである。



「……ごめんなさい、貴方にはここの護衛をお願いします」



「わっかりました!!

 んじゃ、オレここに居ときますねー」



 煉はそう言いながら能天気に、床に肘をつけて寝転がる。

 呆れるほどの気楽さに頭を痛めた美紗希ではあるが再度、入口の警戒を再開させた。



「……そういえば、本部に連絡はしましたか小林先生」



 小林と呼ばれた、大型の猿のような顔付きの男が頷く。

 再度、美紗希は安堵して生徒達に声を掛けた。



「皆さん、あと2、30分もすれば征鬼軍の一部がやってくるでしょう。

 それに、貴方達の先輩も頑張って戦ってくれているでしょう……ですから安心してください」



「あまり安心させるな。この恐怖はいい体験でもあるだろう」



 その言葉に、生徒達は安堵する。

 しかし、小林は美紗希を小声で諌めたのだった。

 何処がいい体験なのか、そう問い詰めたくあったが一先ずは小林の言葉を無視して美紗希ははぐれた他生徒達の無事を祈る。



(それまで、皆さんとどうかご無事で───────)



 首筋には僅かな冷や汗。

 心臓の鼓動が早まるのを自覚しながら。

 美紗希は、懸命に生徒の安全を祈願したのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 周囲を見渡すが誰も居ない。

 否、誰かだったモノはある。

 すなわち人の死体。それが、自身の足元に転がっていた。

 さっきまでは無かった。つまり自身が他の場所に移動させられたということか。

 ……鬼の異能かそれとも呪装具か。

 橘はまだ帰って来ていないハズだし、そもそも齋藤先生の事を好いているあの阿呆がこんな事をするはずが無い。

 だから除外、そして残ったこの二択。



 ……充は言っていた。

 学年主任の、そして教師陣の中で一番の実力者である本願寺先生今は不在であると。

 恐らくは狙ったのだろう。

 その方が人を殺せれるから。

 死体の傍らには、刀が転がっていた。



「狙った場所には移動させることが出来ないのか。

 運がいいな……!!」



 迷わず血がベッタリと染み付いた刀を死体から拝借する。

 …………そして、鬼を警戒しながら移動を開始した。




 窓から外を見て、ここが3階であると確認する。

 ……けれど、鬼の気配は驚くほど無い。

 本当に運がいいのだろう。

 このまま、階段を降りて体育館に───────



「居たぞ、風魔だ!!」



「悪いな、俺たちゃお前を殺す事が任務なんでね、そのまま死ねぇ!!」



 ……が、タイミング悪く鬼の2頭が下から上がってきた。

 まぁ、この偽神四祖の効果もしっかり発動するか試したかったしいいとしよう。

 俺は、齋藤先生が発動させていた焔を纏う呪術を脳裏に浮かべながら、何時の間にか染み付いている呪術の詠唱を始めた。



「“反映” “馬の蹄” “牛の尾”

『麒麟の一・模倣』」



 丸吉のようにコンマ数秒とは行かない、恐らくは10秒ほどかかったが、鬼達の距離を考えると十分である。

 詠唱を終えた瞬間、首飾りは焔のような橙色に発光し俺の呪力と混ざり合う。

 ……我が兄は本当に、恐ろしいものだ。

 そう、呆れた笑みを浮かべてしまう。



 呪力は焔となり、浴衣の様な姿となり俺の身体を纏う。

 身体に力が漲ってくるのを自覚しながら、俺は鬼へ向かって走り出す。

 20メートル程の距離感はあっという間に、半分縮まった。



「模倣を使えるからなんだ!! たかだか少し強くなったとこで俺らには勝てんだろうが!!」



 驚きつつも、彼等は刀を俺に向ける。

 だが鬼よ、俺は鍛えられてるに決まっているだろう。

 父に、兄に。

 訓練校に入るまでの特訓の1年は地獄のように感じた。

 だが今は、感謝さえ覚えた。

 鬼達が身構え、俺の攻撃を待つ。

 その鬼の虚を突くように、俺は鬼に刀を放り投げた。

 心臓へ目掛け真っ直ぐに。

 驚きながらも、投げられた鬼はその刀を弾いた。

 だが、刀身は俺から逸れた。

 それだけで十分だ。

 鬼が弾いた時には、俺は既に鬼の懐へ潜り込めている。



 そのまま、鬼の鳩尾に拳を叩き込み炎を流し……あれ?



 いや……そりゃそうだ。

 俺は、禁呪は心で念じれば発動できる。

 だから、今まで呪力の操作なんてやった事が無かった。

 何が言いたいか?

 つまり、やらかした。

 大人しく斬ってしまえばよかったのに格好つけて、呪力を流し込もうとしてやり方を把握してないからしくじったのである。

 鬼が数発、よろめくが仲間の鬼と目を合わせ───────



「ギャ、ハッハハハハハ!!

 コ、コイツ、呪力の操作を知らねぇのに呪術を使いやがったぞ!!」



「んで失敗してんのな、恥ずかしいやつだぜ!!

 カッコつけたかったんか? でもな、そりゃお前……チューニビョウってヤツだよ!!」



「あの世で一人泣いとけ、間抜け!!」



 一体の鬼が斧を振り翳す。

 ……厨二病? 俺が?

 そんなわけないだろ巫山戯るなよこの……!!



『消えろ』



 鬼を睨み呟くと、彼らは禁呪を回避しようと咄嗟に後ろへと跳ぶ。

 よし、騙されてくれた!!

 それがただの呪力だと気付いて忌まわしげに歯を食いしばっていたが、その頃には俺は弾かれた刀を既に持っていた。



「ハッタリをかけやがって、餓鬼が……!!」



「騙される方が悪いと思わないか?

“反映” “馬の蹄” “牛の尾”

『麒麟の一・模倣』!!」



 呪力に水が宿り、巨大な水玉が2頭の鬼を包むように現れる。

 1頭は何とか避けたようだが、あと1頭は捕まえた。

 ……丸吉のあの呪術が活きるとは思わなかったが、いい収穫だ。

 水に囚われた1頭はそのままに、俺は再度鬼に向かって駆けだした。



「調子に乗るなよ、餓鬼が……!!」



 激昂した鬼が刀を振り上げたが、10メートルの距離などあっという間に埋めれていた。

 ……全属性に身体能力を向上させる呪術はあると兄に聞いていたが、成程。

 こうして下級の鬼を容易く圧倒出来るのは、素晴らしい性能だ。

 驚く鬼を他所に、俺は心臓に刃を深く突き立てる。

 血を吐き出す鬼を蹴り飛ばし、強引に刃を抜く。

 もう1頭はほっとけば窒息死する。

 わざわざトドメなんて刺さなくてもいいだろうと判断して、俺は体育館へ急ぐ事にした。



 ───────だが、2階に降りた瞬間に窓が割れた音が響き渡り足を止めてしまった。

 階段と最寄りの教室からか……本当は急ぎたいところだが、これが鬼が響かせたものなら奇襲を避けるため、そして奇襲を仕掛ける為。

 恐る恐る、教室へと足を忍ばせた。

 床に散らばる窓は破片さえも一面、血で真っ赤に塗りつぶされていた。



 …………本当に成功するのか?

 相手は、もしや最上級だったりしないか?

 最上級ならば、今の自分は呆気なく否、呼吸する間もなく殺される。

 なら、逃げるしかないのでは無いか。

 情けなく、片足を後ろへ伸ばしたその時、



「う……クソ、なんで……なんで、なんでだよ」



 その教室から、嘆くような充の呟きが聞こえてしまい後ろへ伸ばした足を力強く前へと踏んだ。

 たった2日、されど2日。

 そしてこれからを過ごす事となる充を、死なせたくない。

 何より、冬華が悲しむだろう。

 アイツの悲しむ顔なんて見たくない。

 刀を握る力が、更に強くなるのを自覚しながら俺は教室のドアを蹴破った。



「充…………ッ!!」



 中に入って一歩目すぐに、『ピチャリ』と水音が響く。

 足元を見なくても分かる。



 ───────床が全て赤色に染まっているその教室はもはや、地獄と化していた。

 その地獄の空間に一人、天井を見上げて立ち尽くす充の姿があった。



「充……!?」



「秋夜かい?

 ───────心配しなくていい。もう、立ち直った」



 光が無いその目は明らかに嘘をついていた。

 だが、追求することはやめたほうがいいだろう。

 それは追い討ちであるから。

 …………俺は、無言で頷いて充と共に教室へ出たのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 秋夜が、鬼達と戦闘をしていた頃。

 征鬼軍2年3組の教室内───────

充くんは色々と謎が多いキャラですね。

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