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ノクス・トラジェディー  作者: 桜 hiro
二章 『桜の元に集まる少年少女』
10/16

学び舎

ギリギリセーフ……!!

 入学した翌日。

 どんな事をするであろうと心を構えていた秋夜達に待っていたのは、その心構えを優に超える程のハードすぎるトレーニングであった。

 腕立て、腹筋、スクワットを100回。

 更に校舎のグラウンドをランニング50周。

 これを終えた者から別の教室へ移動し、座学へと移行する。

 そして昼まで座学を終え、昼休みは再び腕立て腹筋、スクワットを100回終えた後に昼食を摂ることが出来、更には食事は5分以内に済まさなければペナルティが待っている。



(……何年も前から父にしごかれていたからこなせてはいる。けれど、さすがは征鬼軍(せいきぐん)

 プロのアスリート顔負けのトレーニング量だ)



「……昼からは『呪術』か」



 昼食を済ませた後、秋夜(しゅうや)が午後の時間割を確認する。

 呪術。

 その項目を見て、秋夜は少し期待を抱きながら教室へと向かう。

 現状は、秋夜が一番早く昼食を終えている。

 そんな秋夜に、なんとか追い縋る男が一人。



「ウッ……気持ち悪いけど、頑張って、気合いで食べるしか……!!」



 黒髪の癖っ毛はしんなりとしてしまっており、そして茶色の瞳を涙で滲ませるながら必死に昼食の白米500g、ゆで卵3つ、大盛りサラダをがっつく信志(しんじ)

 涙を浮かべながらも、その瞳は秋夜の後ろ姿を懸命に捉えている。

 そして、残り数秒となったタイミングで信志は昼食を食べ終えた。

 合掌し、彼も次の授業の準備を始めた。



 それより早くに呪術専用の教室へ向かった秋夜。

 教室の扉を開けると、そこには先客がいた。

 あっけらかんとした表情で、椅子を後ろに傾けて遊んでいる煉の姿を見て、秋夜は目を丸めた。



(嘘だ、(れん)は俺が昼ご飯を食べ始めたタイミングでようやく筋トレを始めてたんだぞ!?)



「よ、ダリィから転移で逃げて来た!!」



 疑問を抱いた秋夜に、煉は元気よく答える。

 煉の言葉を聞いた秋夜は力無く彼に助け舟を出した。



美紗希(みさき)先生、多分把握してるぞ」



「ウッソだァ~賭けてやっても───────イギャァァァァ!!!!」



 手遅れだったか。

 秋夜はそう悟り、窓を破って煉へと直撃したサッカーボールの飛んできた方向を見る。

 運動場、そこには美紗希が青筋を立てて、笑顔を向けてきていた。



「……うん知ってた」



 少し経ってから、信志と共に美紗希が教室へと入り煉の制服の襟を掴む。

 煉の制服は改造された短ランボンタンではなく、征鬼軍の正規の制服となっていた。

 朝は改造制服のままだったのを覚えていた秋夜は、美紗希が着替えさせたのだろうと悟った。



「おいたを良くしますねぇ煉くん。

 ……あまりに多いとこのまま貴方を退学させてしまいかねませんので、程々にお願いします」



 ハートマークが着いている気がしたが、どちらかと言えば怒りマークではないか。

 そんなちょっとくだらないことを思いながら秋夜は、引き摺られる煉の姿を見送った。

 教室内には秋夜と煉、その二人だけとなる。

 秋夜は気にせずに教科書を開き、予習を進める。

 そんな秋夜の姿が気に食わなかったのか、信志が舌打ちをしながらも自身も教科書を開いて予習を始める。

 そうすること10分後。



「チーっす」



 なんて、軽い調子で煉が入ってくるのであった。



「はァ!?!?」



 これには秋夜も思わず声を荒らげてしまう。

 そりゃそうだ、そんなアッサリと終われる量では無いハズなのだから。

 現に、10分経って来たのは充と、男女の一組。

 そして信志の仲間複数と言った感じなのである。



「な、なぁ……10分で食べ終えたなんて嘘だろう!?」



「え、終わったけど?」



(───────コイツさては地力が高過ぎる馬鹿だな!?!?)



 食べる速さは地力扱いなのか。

 そんなくだらないことを最後に疑問に抱き、秋夜が深いため息を吐き出す。

 そして煉が教室へ入った少し後に、美紗希も教室へとやって来て教室の扉を閉じ、鍵をかけた。



「───────はい、それでは先に呪術の授業を始めさせていただきます。

 他の生徒達には40分間学校の周りを走っていてもらいます」



 淡々と言いながら、美紗希が教科書を閉じたまま講義を始める。



「まず呪術とはなにか、からですね。

 呪術とは人の心臓近くに宿っているとされる呪変臓(じゅへんぞう)から生成された呪力を用いて起こり得る現象です。

 呪術には属性というものがあり火・水・風・土……それと希少ではありますが無・幻・氷雪の計7つの属性のうち使用者に刻まれている属性のみの呪術が発動できます。

 それで───────」



 美紗希が教卓の中から水晶を取り出し、その上へと置く。



「これが、属性を判別出来る道具です。

 人は皆、元より身体に薄く呪力が張られています。

 これは人が幽霊や妖怪から身を守る為に自然と進化したことにより身体に現れた呪変臓により、そうなったと言われています。

 なので、基本この水晶に触れていただくだけで身体に張り付いた呪力から貴方達に備わっている呪術属性を判別することが可能となっております。

 とりあえず……本日はこの呪術属性を判別するところまでにしましょう」



「あの、先生……なぜ我々だけなのでしょうか?」



 一人の女子生徒が手を挙げ、美紗希に質問する。

 それは恐らく、『鬼に対抗する手段だというのに他の生徒達は学べないのは理不尽では無いのか』と言った優しい理由なのだろうと、秋夜は悟り、その女子に優しい子だなという印象が出来た。

 そんな優しい女子生徒を前に、美紗希が口を開く。



「征鬼軍は敢えて、呪術を教える人の数を絞っています。

 何故なのか───────充くんは把握していますね?」



「……『反戦派』の存在ですか?」



 こくりと頷き、美紗希が続けた。



「その通りです。

 反戦派というのは、この征鬼軍内部で密かに結成されている戦争を中止させたい反乱組織です。

 その勢力は日に日に増していく。

 それは私達、征鬼軍が呪術を見境なく教えていたことも少なからず影響しているようで。

 ですので、2年ほど前より訓練兵の方々に呪術を教えるのを限定している、ということです」



 それを聞いた少女は成程、と頷く。



「さて、続けましょうか。

 とりあえず、お手本を見せます。

 といっても、ただ手を水晶に触れさせるだけでいいのですが」



 言いながら、美紗希は水晶に掌を当てる。

 すると、その水晶からは赤い光が発言するのであった。



「この赤い光が火の呪術属性を持っている、という証です。

 さて、それでは最初は風魔くんからお願いします」



 言われるままに秋夜が席を立つ。

 だが、



「あ、オレ緑だ」



 順番を無視して、先に水晶に触れたのは煉であった。

 悪気無さげに、むしろ水晶の色にしか関心のいっていない煉に美紗希は溜息を吐いた。



「……ならあなたは風の呪術属性ですね」



「センセー火でしょ? もしかして、オレとセンセー相性がいいんじゃ」



「それでは、秋夜くん」



 照れた様子で紡ぐ煉の言葉を遮り、美紗希が秋夜に声を掛ける。

 言われるまま、秋夜は水晶にふれたが、水晶は何も反応しなかった。

 美紗希はソレに驚き、周囲ははてと首を傾げる。

 そして、秋夜はやっぱりかと溜息を吐き出すのだった。



「秋夜くんは……無ですね。

 いないと思ったから言うつもりはありませんでしたが……無属性と言うのは誰もが所持しています。

 ですが、無属性のみが珍しいということです。

 そして無は、その……」



「強力な呪術が無い、珍しくそして最弱の属性……でしたよね」



 秋夜の言葉に美紗希は頷く。

 その事実に、秋夜は歯を食いしばり拳を強く握った。

 啖呵をきった手前、彼はその事実を受け入れ難いことであった。

 だが、秋夜はすぐに思考を切り替え前向きに捉えることとした。



(いいさ……多少のハンデくらいどうとでもしてやる。

 とりあえず、あの方の所へ放課後に赴いて手札の1つを切るか)



 秋夜の思考は、この後の行動を計画し始める。


 秋夜が席を戻り、次は信志の番となった。

 彼も言われるがままに水晶に手を触れる。

 触れられた水晶は赤と緑の半々に輝いていた。

 美紗希は再び、目を丸めて驚きを顕にしたのであった。



「それは……火と風、両方の属性を持っているということです。

 ……二属性を持っている方は初めて見ましたよ。

 御門くん、貴方は将来かなり有力な兵士となるでしょう。

 それこそ、橘くんや風魔君と同じレベルの存在として、征鬼軍の将来を引っ張るようになるくらいには」



 美紗希がそう信志を賞賛する。

 煉からの嫉妬、羨望の眼差しを背にしながら、信志は嬉しそうに頬を綻ばせた。

 追いつける、そんな事実が彼にとっては今は何よりも嬉しい言葉であるからだ。



「さて、次は……充くんですね」



「あ、先生僕は無です。

 もう煌月家の方で終わらせてます」



 美紗希は無言で頷き、次の生徒名を呼び水晶へと触れさせていく。

 そして、全員が終わった時に彼女が水晶を教卓へ片付けた後に生徒達に釘を刺すのであった。



「あぁ、次回から呪術の勉強となりますが……くれぐれも内容は他生徒たちに口外しないように。

 言ってしまったら貴方達のことを処分しないといけなくなりますので」



 言いながら、美紗希が教室へと出ていった。

 その直後に授業終了のチャイムが鳴ると秋夜は、すぐに教室から走り去り職員室へと向かうのだった───────





 職員室へと入った秋夜は、遅めの昼休憩を撮っている眼鏡をかけた髪を七三分けにしている男へと歩み寄る。

 男は、コーヒーを一口飲んでから、秋夜に声を掛けた。



「なんだね、風魔秋夜(ふうましゅうや)君。

 折角の青春、その一瞬を無駄にしてわざわざこの私の元へと来るなんて。

 その瞳には昂りそうなほどの熱を秘めて、こんな醜男の所へ来る要件はなんだね?」



「当然、貴方に指導頂きたいだけなのです。

 構いませんよね、松永(まつなが)先生」



 松永、そう呼ばれた男は「やれやれ」と態とらしく呟く。

 しかし、その口元は嬉しそうに口角を吊り上げてたのだった。



「だと思ったよ。どうせキミはキミの兄から私の事を聞いていたのだろう?

私も、キミのことは聞いていたよ」



「えぇ、聞きました。

 呪術で困ったことがあるなら即座に松永先生に頼れと、兄に教わりましたとも」



「全く……君の兄はとんでもなく酷いヤツだよ、折角の少年の青春の時間を減らそうとするだなんて」



 わざとらしく松永が肩を竦める。



「お言葉ですが松永先生。

 僕は、その青春を棒に振ってでも護りたい子がいるのです。

 その為なら惜しまないと言い切る程には」



「うんうん、それは立派な青春さ。

 懸想した女の子を救いたいが為に努力を重ねる……それを青春と呼べない理由があるわけが無い。

 少年少女の桜のような淡い記憶は全て青春。

 儚くも美しい形でなくてはならない。

 私はそれ肴に、酒を飲むのが堪らなく好きなんだ。

 いいだろう、君に色々と助言をしてやるしプレゼントもしてやろう。

 しかし、ここで教えるのはマズい。

 もう少し人目が集まるところでいいかい?」



「そうですね、わかりました。

 ……貴方も、とんでもない兄を持ちましたね」



「全くだ。兄が平和主義連合なる変な組織を作ったせいで私以外の身内は全員処刑されたからな。

 おかげで生徒に何かモノを教える時は、こうして専用の部屋に向かわなくてはならん。

 本当に、私は悲しいよ」



 悲しい、と口にしながらも口元は緩んでいる松永に秋夜は何故、と疑念を抱いた。

 だが疑念は解決することなく、松永に促されるまま秋夜は隣の空き部屋へと向かう。

 中に入るとそこにはやはりと言うべきか、黒服姿の男が7人ほどが居た。

 松永の方へ振り向くやすぐに黒服達は舌打ちをし、



「なんだ、また教鞭の時間か松永?

 全く、貴様は本当に酔狂なやつだ」



「知ってる。

 済まないな、そういうことでまた書記を頼むよ」



 言いながら、松永は足早に黒板前にまで立つと目の前の机に指を差した。



「さ、座りたまえよ秋夜君。

 先ずはキミはなんの呪術属性を持ち得たのかを把握してからだ。

 ……と言っても、キミの所有している禁呪的に無属性のみ、なのだろうがね」



「はい……お恥ずかしながら」



「禁呪を持っているのだからそれ以上は才能を与えられすぎているよ。

 キミのお兄さんのことは気にするな、アレはもう別次元の才能とかそういう話だ」



 座りながら謝る秋夜を松永は慰めながら、資料を内ポケットから取り出す。



(用意してたのか……兄さんが言っていたのか?)



「察しの通り、君のお兄さんに頼まれて作っていたんだ。

 これを使わないならいい事だ、そう思いながらね」



 言いながら、松永は資料に羅列されている文字を読み始めた。



「呪術は、瑞獣が夢に出てきて与えてくれる。

 君は恐らく麒麟が消滅を与えてくれたのだろう?」



「はい……ですが実は、麒麟いわく例外の讓渡、との事で日に一発が限度との事でした」



「ならスグにでも麒麟に寄越せと念じれば呪術はくれるだろう。

 瑞獣は、瑞獣自身がその者に定めた能力に到達していれば呪術を新たに授けてくれる。

 早速、念じてみればいいだろう」



 言われるがまま、秋夜は語り掛けるように『寄越せ』と念じる。

 刹那───────少年は、昨年と同じ感覚に見舞われる。

 時が止まり、目の前には動かぬ松永が。

 そして、



『嗚呼、知っていたさ。風魔の小僧、貴様は必ず我を頼ると。

 勿論、この男の言の葉の通り貴様に呪術は授けよう』



 背後から、聞いた事がある瑞獣の声が響く。

 低く、冷たく、そして気高さを喪っていない威厳ある声音が。

 秋夜はすぐに振り返り、その獣と視線が合う。

 獣は悦を感じているのか、その口角と瞳は吊り上がっていた。



「……先に聞く、代償は?」



 過去のやり取りの踏襲。

 代償という名の、呪術の値踏みを行おうとする秋夜であったが麒麟は首を横に振った。



『禁呪以外は代償を取らん。

 そら受け取れ、風魔の小僧……これが貴様の初めて刻まれる呪術だ』



 麒麟の目が白色に輝き、秋夜の視界が狭まる。

 そして、脳裏には『模倣』という言葉が浮かび上がったのだった───────





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 呪術を受け取る。

 脳裏には、模倣という言葉が反芻されるのみ。

 つまり俺が麒麟が授けた呪術は『模倣』であるも悟った時、何故だか麒麟の笑い声が聞こえた気がした。

 つまり、正解ということなのだろう。

 ……不可解だ、麒麟が笑う理由も、そして何故に麒麟があぁも歪んでしまっているのか。


 本来、麒麟は太平の世を運ぶ存在として知られている。

 そんな神聖なる獣が何故に、僕の狂気を肯定し、満足したのか。

 そして彼の視線から常に感じられる人への嘲りはどうしてなのか。


 疑問は巡り、回り、やがて止めた。

 今、それを考えるべきでは無い。

 先ずは、目の前の教師……松永に自身の得た呪術を報告せねば。



「どうだった、秋夜君。

 キミは、一体なんの呪術を手に入れた?」



 ───────英雄作成者とは、松永の呼ばれている二つ名である。

 実の兄が最悪な混乱者であるのに、征鬼軍に生かされている理由を存分に現されている名だ。

 4人。

 松永によって過去に生み出された『英雄』と称された兵たちの数だ。

 その4人は誰もが呪術を持たなかったり、弱い呪術を所持してしまっていたりしている。

 それをこの松永が呪術では助言をしたり、その者に合う『装備』を渡したりしたりしたらしい。

 結果───────その兵の4人は今も尚、高名で持て囃されている存在として征鬼軍に君臨している。


 そんな男に助言を、何かを頂ける最高の機会を与えてくれた、何度も裏切ったのに変わらず優しい兄に感謝を抱きながら俺は呪術の名を口にした。



「『模倣』です」



「模倣か……これはまた、ピーキーな呪術だ。

 良いだろう。

 それならば、君にはこれを渡そう」



 言いながら、松永は小さな木箱を白衣のポケットから取りだし中を開く。

 その中には───────首飾りがあった。

 それは禍々しくも、何処か大地の恵みが感じれるオーラを纏っていた。

 その禍々しさは知っている。

 父の鎖、刀と言った形を変える武器と同じ禍々しさ。

 つまり、コレは───────



「呪装具……何かの怨念が宿った道具。または、呪術を行使して作り出されたとされる何らかの効能を持つ道具。

 これも、その一つですよね」



「そうだ、その一つだ。

 コレは鬼に略奪された数多の呪装具の内の、数少ない取り返せたモノだ。

 名は……『偽神四祖』と言う。

 コレの効能は、所持者に四元素の呪術属性を与えるというなんと言っても万能な道具さ」



 俺はソレを受け取り、首に掛ける。

 その瞬間───────兄のような温かさ、穏やかさを感じて俺はその道具の出生を悟った。



 ───────取り返した、のでは無い。

 コレは、兄の春朝が作った呪装具であると。

 そして同時に兄の恐ろしさを肌身に感じる。

 要は彼は、俺の呪術属性をある程度把握し、そして麒麟が何を授けるのかを、彼は予想済みであったということ。



「松永先生……兄に会ったら『ありがとう』と伝えてください。

 兄と会うのは、貴方の方が多いですし僕も兄と会えば礼を言います。

 先に感謝を、いいや。すぐに伝えたいんです」



 会話は出来ない、父に在学中の家族への会話は禁止されているのだ。

 唯一、夏、冬、春休みの時は許されているくらい。

 ならば、松永に伝言を頼むのが一番だろう。

 松永はやれやれ、と態とらしく肩を竦めた。



「これが春朝君が言う、春朝君の青春か。

 自身の作品を、弟に身に付けてもらう。

 そんな可愛げのある、しかしながら行いが可愛くない願いが青春なのだろう。

 ……それは美しくも、おぞましい兄弟愛だ」



「松永先生、この模倣がどんな物なのかを聞いてもいいでしょうか?」



「あぁ、いいよ。

 と言っても、ソレは名前の通り模倣するだけなのだがね」



 そう、その模倣する範囲を知りたい。

 兄がこの呪装具を渡したことから、模倣は恐らく相手が使う呪術も模倣することが可能なのは把握している。

 しかし他だ。

 例えば、身体能力や呪変臓によって固定差のある呪力量、剣の技術など。

 それらも模倣ができるならば、俺はまだまだ強くなれる。

 そして黒鳥に有能を証明でき、冬華を平和に暮らさせる事が出来るだろう。



「その模倣の呪術は、相手の呪術を全く同じ威力で繰り出すことが可能だ。

 私は使えないから分からないが、呪装具の効果の模倣も可能な気がするね」



「……身体能力等は模倣をできると思いますか?」



 顎に指を当て、思案する仕草を見せた後松永は首を横に振った。



「……この模倣の能力は、恐らく呪いによって起こった現象の模倣だ。

 人の素の身体能力等は不可能だと思うね。

 可能だとしても、キミの身体が持つとは限らない。

 例えば……煌月黒鳥総統の身体能力を模倣したとしても、キミの身体はすぐに自壊するだろうよ」



「そういえばあの方は、何十mもある距離を本当に一瞬で詰めていた。

 ……あの人は、一体どれくらいの実力を秘めているのでしょうか?」



 ふと気になった事を訊ねる。

 そう、黒鳥の強さだ。

 去年見せた彼の速さ……あれが全力で無いのは今では薄々と勘づいている。

 だからこそ、俺の知的欲求心が暴れて仕方ないのだ。



「言ってしまえば、彼一人で全ての鬼を殺す事が可能だ、当然の如くね。

 そして、征鬼軍が結成して2年後に起きた中、露の同盟軍が日本に侵略しに来た際。

 彼はたった一人……いいや、そういえばあの地味男も居たな。

 僅かその二人だけで、その同盟軍の第一潜水艦隊、飛行隊は全滅した。

 更には、我が国に一切の損傷が無いのを知った同盟軍は、直ぐに侵略を諦めたよ。

 それからは、一度も外国は攻めてこなくなった。

 ……彼は一つ核でもあり、10の国であり、無数の兵であると黒鳥総統を表現したいね。

 なんせ、噂話だが彼は───────」



「松永」



 黒服が、松永を冷たい声音で呼ぶ。

 まるで、それ以上は許さないと告げているように発するその声音を聞いてか松永は困ったように肩を竦めながら、腕時計を見るのだった。



「おいおい、規制が厳しいな全く……

 おや。そろそろ時間か。

 すまないね秋夜君、キミにまだもう少しアドバイスをしたかったがこれ以上は用事があってね。

 まぁ……後は自分でも何とかするだろう君ならば。

 さて、私は失礼するよ」



「松永先生、今日はありがとうございます。

 後は、俺自身で何とかしてみせます」



「いい言葉だ。

 頑張りたまえ」



 そう言い、松永は黒服の1人と共に空き教室から出ていった。



「いい収穫だ……けれど、初っ端から人に頼る事になるなんてちょっと情けないか……?

 いいや、人脈も実力のうちだ、気にする事はないな」



 再び思考を前向きにシフトさせ、俺も少し間を空けてから空き教室を後にするのだった。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 廊下を歩く松永と黒服。

 二人は、沈黙していたが松永がふと愚痴っぽく口を開いた。



「別に、黒鳥総統のあの『鎌』の全容を言わねばいいのでは無いか?

 秋夜君は頭が良いが、よほどでないと人のことをあまり信用しない質だ。

 一度、死んだが蘇ったなんて噂話など彼は与太話だと唾棄するだろうに」



「……その情報自体が鎌に繋がるだろう。

 一端ですら、あの鎌については話してはならんと以前に説明したハズだ。

 しかし……行方知らずだった魂装具が御門の義子から見つかった話しといい……まったく、今年の生徒はどいつもこいつも面倒事を抱えたヤツらだよ───────」


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