継母から贈られた鏡が喋り始めたんですが――――。
――――聞いてない!
鏡が喋るとか、聞いていない。
幼い頃に母が亡くなり、喪が明ける前に辺境伯である父が迎えたのは、意地悪で異様に若く美しい継母だった。
辺境で女王のように振る舞うし、なぜかときおり美しいものを滅しようとするし、私が十六を過ぎた頃から軽く殺そうとして来るようになったし、めちゃくちゃ危険思想で意味が分からない人だが、父を愛してはいるようだった。
継母から逃げるようにして辺境の城を飛び出し、『精霊の棲まう森』の小屋で生活するようになって五年が経った。
父は「彼女は心がとても弱いんだ」と言うが……いや、弱いからって人を殺そうとする? するのかな? うーん?
とりあえず、私がいなければ継母は落ち着いているらしいので、精霊という名の光の玉がふよふよと浮いているだけの森にある小屋に居座っている。
父は継母のことは気にせずいつでも帰って来ていいと言うが、帰ったら殺されますがな! ってことで五年も家出したままだが、わりと悠々自適に暮らしていた。
精霊たちに話し掛けると、ふわりと意思のようなものが頭に流れ込んでくる。
「お腹減ったー。なんかくだもの持ってきてー」
『はぁーい』
『りんごあったよー!』
と、こんな感じで――――りんご、紫色だけど? 魔女のおばさんがくれた? は? ちょっとそこまで連れてけ。
「……お義母様ですよね?」
「違うわ。通りすがりの魔女よ」
真っ黒なフードを深々と被った継母が森の入口にいた。
『天に召されるくらいに美味しいから、ネージュに食べさせておやりって、このおばさんが言ったんだよ!』
「女王様とお呼びっ!」
――――継母確定ね。
「ちっ! いいからこのりんごをたべるんだよ!」
どこにそんな力があるのか、かなり細身の継母が毒々しい紫色のりんごを私の口に入れようとしてくる。
取っ組み合いの殴り合いに発展し、継母の顔面をグーパンして私が勝利を収めた。
「あぁぁぁぁぁぁ! 真っ黒で艷やかな髪、真っ白な肌、熟れた桃のように色付いた頬、摘みたてのチェリーのような唇! こぼれ落ちそうな青い瞳っ! 若くて美しい身体っ! 私は世界で一番美しくありたいのにっ!」
「は?」
『魔女が泣いちゃった』
『魔女は世界で一番美しいものになりたいんだよ』
いやまあ、そう叫んだものね?
『魔女はネージュに嫉妬してるんだよ』
『ネージュが自分より美しいから、殺したかったんだって』
「は? それだけで私を殺そうとしてたの? え? 本当に心が激弱だったんだ? そもそも小娘の美しさと、大人の女性の美しさは種類が違うでしょうに――――」
「そうだとも!」
急に男の声が聞こえた。
キョロキョロと辺りを見回すと、少し離れたところに白馬に乗った男性がいた。彼の周りに光の玉が大量にふわふわと飛んでいる。
――――精霊たちが連れてきた?
「貴方様は!」
継母が焦りながら臣下の礼を取った。高飛車で自分が世界一だと思っているような継母が腰を折る相手など、限られてくる。年齢からいって、王子の可能性大だ。
「精霊たちに話は聞いた! そのほう、本来ならば愛で育むべき相手を蔑ろにし、あまつさえ殺そうとするなど言語道断! その罪は重い! 追って沙汰を出す!」
「ぅわぁぁぁぁ、だって、だって私より美しいものが許せなかったの――――」
よく分からない決め台詞と、泣き叫び言い訳する継母。
世界で一番美しくなければ、父に捨てられてしまうかもしれないらしい。なぜなら、父は美しいものが大好きだから。
いやまぁそうかもしれないけど、しらんがな。
『魔女のおばさん、心が黒く染まってるね』
『そうだね』
『浄化したらいいんじゃない?』
『そうだね! エイッ!』
「…………ハッ! 私は何を……」
――――そんな馬鹿な。
そこからは怒涛の展開。
継母が正気を取り戻した。
継母は山奥にいた翡翠の魔女で、父との出会いは私の母の病気を治してくれと助けを求めに来た時なのだとか。二人の努力虚しく母は亡くなり、消沈する父に寄り添っている間に恋心がお互いに芽生えたらしい。
母の治療で魔力が減っていたことや、相手の悲しみに付け入るような気がしたこともあり、心が闇に飲まれたのだとか。
正気を取り戻した継母とは、ある程度和解した。あの日森にいたのは視察の隊列から抜け出した王太子殿下。本当に王子だった。
父の懇願もあり継母に刑罰は発生しなかった。
そしてそのかわりなのかなんなのか、私が王太子に嫁入りすることになった。
あの日の継母との掴み合いのケンカを見て惚れたのだとかのたまっているらしい。
――――いやなんでやねん。
「本当にごめんなさいね」
「いやまぁ、うん」
「お詫びになるかわからないんだけど、この姿見を持って行って。きっとあなたの役に立つはずよ」
どでかい楕円の壁掛け姿見を継母からもらった。
正直、いらね……とは思ったが、何かあって王子から逃げ出したい時は、実家に受け入れてもらわなければいけないし、ここはひとつ友好関係を結んでおくべきだという打算で、喜んでもらっておいた。
――――っていう経緯からの、これ。
『いやははは! 今度の主人は君か!』
鏡が喋った。仕方無しに嫁入り道具として持ってきて、王太子妃の私室の壁に設置した継母からもらった鏡が、喋った。
『私は真実の鏡だよ』
「は?」
『何でも聞いて。真実を教えるよ』
「……は?」
聞いてない。鏡が喋るとか、聞いてない。
意味がわからなさすぎる。鏡によると、継母は魔女なので魔道具などを持っているらしい。真実の鏡はその魔道具の一つなのだとか。
「私は何歳?」
『変なことを聞くね。ネージュ、君は二十一歳だ。自分で分かるだろう?』
――――当たってる。
ここで、いらぬ魔が差した。
「王太子は私のどこが好きなの?」
『王太子は、ネージュと翡翠の魔女がキャットファイトしているのを見て大興奮していたよ。脇を締めて顔面ストレートを打ち込んだ瞬間の真顔に昂りを覚えたんだよ』
「え、キモ……」
「ふふっ。面白いもので遊んでいるね?」
「ギャッ!」
後ろからにこにことした王太子登場。
「私が君に惚れた理由を聞いてたのかい?」
「いや、全部聞いていて、それ言ってますよね?」
「んふふふ。少し訂正しよう。あの森で一目惚れしたんだよ。それから、あの森でどんなふうに生活していたかを聞いてますます好きになって、あの魔女を打算で許したところとか、本当にもう――――」
小一時間、どこが好きなのかを延々と語られた。
鏡は聞けば答えてくれた。
いいことも悪いことも。誰の秘密も暴いてしまう。
王太子が鏡の精度を知りたいということで、聞いてみた。国王が王妃に絶対に知られたくない秘密。
『水虫だよ』
王太子は大爆笑。申し訳ないが、私も笑った。
それ以来、王太子は知りたいことがあるとちょいちょい頼みに来るが、それを鏡に聞くかは、私の判断でいいと言われている。
王族からの求婚など断れないので、ほぼ無理矢理結婚することになったが、まぁいい関係を築けつつある。
「ねぇ、鏡」
『はい、なんでしょう?』
「私は王太子のことを愛していると思う?」
『愛とまではいきませんが、お気に召していますね。森の精霊たちよりちょっと上ですね』
「だってよ?」
「んはははは! 君のそういうとこ、本当に好きだよ」
結婚式の当日、王太子に自分のことが好きかと聞かれたので、鏡に聞いてみた。だって、よく分からないから。
王太子は大変満足そうだった。
「ねぇ、鏡」
『はい、なんでしょう?』
「王太子は私のことを愛してるの?」
「なんだ、当たり前だろう?」
『溺愛、執愛、狂愛、それらが入り混じって、心底愛されています』
「な?」
王太子が横でドヤ顔だった。
内容は酷いが愛されているらしい。
まぁ、今のところ不都合はないので、いいかなと思った。
「鏡に聞いてみるといい。これからネージュは幸せになれるのか」
「…………それは聞かなくていいです」
「なんでだい?」
「幸せかどうかは、私自身が判断しますので」
「んはははは。ほんと、そういうところが愛おしいよ」
嬉しそうに微笑んで頬にキスをしてくる王太子に、化粧が崩れるからやめろと腹パンしたが、嬉しそうに悶えるだけだった。
継母から贈られた鏡が喋り始めたけれど……まぁ、無駄に頼らずに生きていけたらいいな、と願うばかりだ。
―― fin ――
この作品は、『えくぼ』さん(https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/407013/)にタイトルをいただきました!
言語化の鬼である芋てんてーはね、いつも色々と助けてくれるんすよぉぉぉぉ(割愛)
芋てんてーの作品にも出まくってるけど、本当に言葉の選び方や説明とか凄いんす!
短編も長編もおすすめなのでぜひぜひ(っ`・ω・)⊃---☆ビーム!
あ、ブクマや評価していただけますと、作者のモチベになり、笛路が小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ♪