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6:黒い巨塔

 のんびりとした風情の本館と異なり、離れの設備はハイテクだ。地上階はサイボーグ工房の店舗だが、バックヤードから隠し通路で繋がる地下には、塵劫局(じんこうきょく)の業務を遂行するための会議室やロッカールームに仮眠室、そして実験室と称する部屋がある。

 銭湯関連の業務をよかろうもんに引き継ぎ、透架が会議室に姿を見せる。更に工房の掃除を済ませたかりなも合流した。いずれも法被はバックヤードで脱いでいる。

 会議室と呼ぶ和室は昭和を彷彿とする内装かつ、様々なギミックが配されている。見た目は開放的だが部屋全体が防音性能に優れ、外部からの通信を遮断して傍受リスクを排除する他、万一の襲撃に備えて店主しか知らない隠し扉もあるらしい。

 ちゃぶ台の周囲に配された三枚の座布団。上座には唐津が座り、花柄模様の電気ポットから急須に湯を注いでいる。畳に上がった透架はまずは正座で腰を下ろすが、数分後にはこっそり胡座へ崩した。一方、隣のかりなは背筋をぴんと伸ばしたまま微動だにしない。


「先輩、昨晩使った右腕は確認されてますか?」

「んー、ちゃんと動いてるし大丈夫。外すの時間かかるし、メンテは次でいいよ」

 透架は欠伸混じりに伸びをした。会議前だと言うのに既に眠い。その様子を見ていた唐津がため息混じりに首を振る。

「後で見てやるから外しておけ。それより昨日のゾンビ野郎、調査結果が出たぞ」


 ゾンビ野郎――港湾地区で遭遇した猪狩のことだ。部屋の隅に設けられた空間投影ディスプレイに犯人の情報が展開される。特筆すべきことは二点。


 ・未登録、非合法のサイボーグ化手術を受けていたこと。

 ・胸郭の内部に小型化したナノマシン増殖炉が搭載されていたこと。


 ただの違法サイボーグなら警察が取り締まれば済む。アマツが塵劫局(じんこうきょく)に捜査を命じた時点で、禁忌に連なる小型増殖炉の存在を想定していたと考えるのが妥当だろう。雨ケ谷の専門分野はナノマシン工学であり、無尽桜と増殖炉の構造を熟知する第一人者でもある。しかるべき研究施設があれば増殖炉の小型化も可能というのが唐津の見立てだ。

 なお消息の確認された雨ケ谷については、塵劫局(じんこうきょく)内で特一級テックテロリストに正式指定され、司令部から逮捕または処分という命令が下りたという。

「というわけで、まず我々は何から取りかかればいいかね……透架君?」

 説明を終えた唐津は部下に熱々の茶を振る舞いながら質問を投げる。その矛先はミーティングの開始草々、うとうとと舟を漕ぎ始めた透架だった。


「へゃい! …………?」


 へんな声を上げて両目をぱちくりさせること暫し。左右に泳いでいた視線が気まずそうに溺れ始める。その様子を呆れ半分、おちょくり半分で眺める唐津は、腕を組みながら問いを重ねた。


「上司と後輩の前でアホ面して寝てるとか、ほんといい度胸だな。俺が今何て言ったか、もう一度言ってみ?」

「……ぇー…………ぁー……」


…………

……


「こいつは経費にしてやる」

「あほたれ!」


 笑って誤魔化そうとする碧眼の劣等生に、そっと手を上げたかりなが助け舟を出そうとする。


「雨ケ谷の居場所を探るため、過去の足取りを追う必要があります。昨日の犯人について調査結果が出たのなら、電脳に残るデータを……」

「生憎、そいつは無理な相談だな」


 唐津は目元を覆う外部モニターに赤いバッテンを光らせながら、犯人の電脳は完全に破壊され記憶が辿れないことを告げる。昨晩、かりなの刀で犯人を脳天から真っ二つにしたのが拙かった。特に怒るでも責めるでもなく唐津は落ち着いた口調で諭す。


「俺が『殺すな』って言ったのはそういうことなんだよなぁ。ま、やっちまったもんはしょうがねえけど」


 次からは気をつけろという話に落ち着くものの、犯人を取り逃がした上、迂闊に殺してしまった事実はどうにもならない。かりなは意気消沈して肩を落とした。それも元を辿れば透架が眠気で倒れて苦戦した結果であり、彼女一人に責があるとは言えない。後輩の様子を見かねた透架は頬を掻きながら対案を出す。


「……別にいいじゃん。追跡の方法なんて他にいくらでもあるでしょ? 身体の部品は残ってるんだから、流通ルートから関係者は探れるだろうし」


 日々のメンテナンスなら兎も角、サイボーグ化手術にはそれなりの設備が必要だ。犯人の身体能力から察するに、戦闘用にチューンナップされた違法改造であり、合法・非合法含めてそれが可能な設備は限られている。更に回収された部品の型番や製造日から辿れば、雨ケ谷が小型増殖炉を提供したタイミング=猪狩がサイボーグ化された時期も判明する。かりなと透架の回答を受け、唐津のバイザーが緑のマルを光らせた。


「まぁまぁ及第点だな……というわけで、ゾンビの部品業者がこいつだ」


 空間投影ディスプレイが切り替わった。文字情報の隣に女性の画像が並んでいる。切れ上がった黒曜石の瞳にロングストレートの黒髪、くっきりとした紅い唇。エキゾチックで記憶に残る美人と言ってよい。しかし美貌以上にその解説文が目を引いた。


 【要注意人物:第七二六七九三号 ※部外秘】

 氏名:高峰亜夜乃(たかみね・あやの) 特二級テックテロリスト

 年齢:二七歳 性別:女。

 政財界に人材を輩出する名門・高峰家の出身。最先端の技術を集めた超高性能サイボーグであり、高峰家の当主候補として電脳から肉体の改造に推定十億円の費用が投じられたと言われている。

 学生時代の専攻はサイボーグ工学。この知識を活かして複数のテック企業を立ち上げ、いずれも上場もしくはM&Aに成功。その才能から将来を嘱望されていたものの、性格に致命的な瑕疵があり私生活で問題を起こす。やがて隠蔽しきれなくなった実家から放逐され、公の存在記録も抹消される。

 現在ではテクノロジー犯罪組織「BABEL(バベル)」にて人身取引を手掛け、身柄を入手した人間やサイボーグを改造、分解して売買している。


「推定……」

「十億円!?」


 部屋中に透架の素っ頓狂な声が響き渡り、かりなは唖然とした顔でディスプレイを凝視した。果たして自分はいくらのサイボーグだろうか。サイボーグ銭湯に存在するスタッフ含めた全財産を換金したって十億には届くまい。

 唐津の解説によると、無認可のサイボーグ手術や違法臓器・パーツの流通といった犯罪を理由に、過去に何度か塵劫局(じんこうきょく)の摘発を受けているらしい。その被害者の多さは塵劫局(じんこうきょく)どころか既に警察が動いてもおかしくない規模と言うが、警察にその気配は無いと言う。亜夜乃が好き勝手に過ごしているのは表社会に絶大な権力を持つ実家への忖度もあるのだろう。末端組織を潰すことはできても、その親玉である亜夜乃は未だ抑えられていないのが実情だ。


「面倒なことに、こいつのバックは『BABEL』だ。塵劫局(じんこうきょく)も下手には手を出せん」


 驚きと好奇心の入り混じった反応をする部下たちに、唐津はお茶請けの煎餅を配りながら説明を続ける。塵劫局(じんこうきょく)に敵対するテクノロジー犯罪組織・BABEL。技術革新のためなら人道に反することも厭わない、という急進的な集団である。

 社会的には犯罪組織の扱いだが、金さえ積めば最先端テクノロジーを提供することから、密かに関係を持つ者も後を絶たない。結果、不治の病を患った金持ちや、軍事力を誇示したい独裁国家がパトロンとして裏で支えるという構図ができあがる。透架に言わせれば金の唸るマッドサイエンティスト集団だ。

 BABELと塵劫局(じんこうきょく)は過去に幾度も争ってきたが――世の中というのは手段を選ぶ者より、選ばぬ者のほうが強い。BABELのサイボーグもピンキリだが、最上級の個体は塵劫局(じんこうきょく)のそれを上回ると言われている。手強い相手という唐津の評価に透架は不満顔で煎餅にかじりつき、かりなは小袋の中で煎餅を小さく砕きながら眉根を寄せた。


「それって避けるんですか?」

「まぁ、正面からドンパチするのは賢くねえが、虎穴に入らずんばって奴でな。あのゾンビを作った人身取引組織がこいつの管轄ってわけだ」


 ディスプレイが切り替わり、任務内容の解説が始まる。亜夜乃の管理する人身取引組織へ潜入し、小型増殖炉を含む改造データと雨ケ谷の動向に関わる情報を探るのが今回の任務だ。かりなが扇動している間に透架がデータにアクセスするという流れ。しかし作戦内容を聞いていた透架の表情が徐々に消え、物言いたげな面持ちで沈黙を挟んでから疑問を提示する。


「これさ、無理に組まなくてもよくない?」


 潜入なら透架一人でできる。昨日の立ち回りを見る限り、かりなは単独での戦闘能力は高いが、他者との連携に慣れていない。同行するのは却って危険だと指摘する。間接的にかりなが足手纏いだと言っているようなものだが、当の少女からは反論の言葉が出てこない。その代わり唐津の判断を求めるように視線を送った。唐津は口元に薄笑いを浮かべながら首を振る。


「言ったろ。お前を単独で動かすなんざ、怖くて出来ねえって。文句があるなら面倒を見てやれ。どうせなら目覚ましの役でもさせたらどうだ?」


 敵地の真ん中で爆睡されては堪らない。そんな上司の嫌味に透架は舌打ちを漏らした。


 作戦開始時刻となる深夜一時までの間、透架とかりなは休憩と準備に入る。銭湯だけの営業であれば、よかろうもん単体で回せる。 かりなが会議室を後にすると、透架は袖を捲って右肘を露出させ、電脳から特定の信号を送信する。義手の取り外しに必要な手順であり、強引にもぎ取ろうものなら感覚情報が混乱を来す。右腕の感覚が消えて肘から先がだらりと垂れ下がったのを確かめながら、透架は不機嫌そうな面持ちを浮かべた。


「別に扇動役とか要らないし。あたしは隠れてさえいれば、どこで意識が飛んでも余裕だけどさ。誰かがいるとそれもできないじゃん?」


 勤続年数で言えば、透架は部下が居てもおかしくない時期だ。優秀かつ責任感をもって仕事をし、なおかつ先輩の顔もきちんと立ててくれるかりなに不満などない。にも関わらず、足手まといという突き放した表現で距離を取ろうとするのは、裏を返せば今の透架に後輩のバックアップをやり遂げる自信がないことを意味する。

 唐津もそれを見抜いているのか、取り外した義肢を預かると、投げやりな口調で応じた。


「かりなも同じことを考えてるかもな。お前の介護なんざ面倒くせえだろうよ」


 結局のところ単独で動きたいという希望は通らず、透架は仮眠室の布団に潜った。窓を塞ぎ、防音壁で囲った静寂の部屋。自宅も一応あるのだが、睡眠障害が最悪だった頃に数日間眠り続けて以降、生存確認も兼ねてここで寝ることになっている。

 あんなに眠かったのに今はどうにも頭が冴える。義手をメンテナンスに出したことで体幹のバランスが悪い。それが落ち着きのなさに拍車をかける。潜入先の構造。移動ルート。想定される危険。退路の確保。そこにかりながいればどうなるか? 熱のような思考が巡り続けて止まらない。考えたくないのに考えるのは不安だからだ。

 横になって目を閉じればそのうち眠れる。そう自分に言い聞かせながら、透架はシーツに包まって右に左に寝返りを繰り返す。任務開始まで時間はある。睡魔さえなければ後輩のフォローだって余裕だ。だから今のうちに眠らないといけない。

 やがて思考が鎮まり微睡みかける。このまま暫く寝かせてほしい……にもかかわらず、頭の芯に「あの音」が響き渡った。瞼の裏に映るのは、かつてどこかで見た光景。赤いサイレン、閉まり行く灰色の隔壁。そこに右腕を伸ばし――いつもの悪夢。

 背筋が凍り、目を見開いて映像を遮る。なまじ夜目が利くだけに、室内の輪郭が見えてしまう。よせばいいのに壁の時計を眺め、眠れないことに焦った。三十分、一時間……睡眠時間が削られる不安が却って覚醒を強いる。不眠症というのは、そこに眠らねばという義務感が重なることで出来上がる。

 これはまずい。いよいよまずい。背に腹は代えられず、ベッドサイドに用意した錠剤のシートに手を伸ばす。電脳を強制的に麻痺させる睡眠導入剤。指先の感覚を頼りにシートを破り、水もないまま錠剤を飲み込んだ。乾いた異物が喉を通り、数分もすればケミカルで独特の匂いが腹の底から上がってくる。

 薬が廻って五感が鈍り、思考が曖昧になる頃。透架の意識は泥のような眠りへ落ちていく。

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