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5:不祥事は桜の下で

 仕事の合間、かりなはモニターに目を留めた。動物のほんわか映像が切り替わり、ジオエンジニアリング設備を誘致した緋桜市長が体調不良を理由に辞任する、というトピックが取り上げられる。画面中を占める壮大な桜並木に続いて、長屋づくりの低層集合住宅が密集する町並みが映し出されるが、右下のキャプションには数年前の日付が記されている。

 配属されて一ヶ月のかりなはこの街のことを知らない。市内に無尽桜むじんざくらと呼ばれる区画があったなと思い出しつつ、お客さんに聞かれないよう電脳を通じて唐津に問う。


[これって、近くの公園ですか?]

[そうだ。いつも春には見事な桜が見られたもんだが……]


 異常気象を緩和する超大型の公園施設「無尽桜」。一定以上の気温や湿度を感知すると、サイボーグ桜の花弁に気候調整のナノマシンを乗せて散布し、常時春のような気候を維持する機能を備えている。設備の肝となるのが、無尽桜に連結されたナノマシン増殖炉だ。事前にプログラムしたナノマシンを高速で複製する……と言えば夢の永久機関を彷彿とするが、どうも制御面で問題を抱えていたという。

 緋桜市は何もない下町だ。高齢化が進み、住民の平均所得も低下の一途を辿る。故に市のアピールや収入に繋がる目玉が欲しかったのだろう。市長は万全を期すから安全だと主張し、半ば強引に設備を誘致した。しかし一年前の稼働試験でトラブルが起こってから、再稼働の見込みは立っていない。この市長も謎の入退院を繰り返し、辞任に至ったというのが顛末である。


[そもそもナノマシン増殖炉って、塵劫局(じんこうきょく)の中では準禁忌扱いですよね。誘致に都合のいいことばかり言って、不味くなったら逃げ出すなんて無責任じゃないですか]


 低コストで高エネルギーを賄うが制御に難のある技術、というのは扱いが難しい。夢と希望と政財界に押し切られ、無責任なゴーサインから事故に至る……というのは過去の歴史が証明している。

 この市長とて辞任は責任逃れにすぎず、ほとぼりが冷めれば平然と出てくることだろう。画面の中で土下座する初老の男をかりなは冷ややかに眺めていたが、唐津の感想はやや同情的なものだった。


[そうだなァ……あれはあれでセキュリティは頑張ってたし、トラブルと言っても実態はテロだ。事前に予期するのも無理があるってもんだ]


 テロ。世間一般には公表されていない情報だ。戸惑いがちに赤い瞳を瞬かせたかりなを、唐津のバイザーが静かに見据える。こういう時、電脳通信は便利だ。どれだけお客が周囲に居ても頭の中でひそひそ話ができてしまう。


[ちょうど一年前か。無尽桜の稼働試験直前に、有害ナノマシンを散布する不正プログラムが組み込まれた。なんとか強制停止させたはいいが、非常用の隔壁をじゃんじゃん閉じて封じ込めたもんでな。本来の設備としては使い物にならないだろう。犯人は増殖炉の主要開発者――昨日会った、雨ケ谷だ]


 下手をすれば周辺地域が汚染されて死者が出るレベルの事件であり、塵劫局(じんこうきょく)からすれば幹部による不祥事だ。にもかかわらず、なぜ詳細が報道されないのか。


[やはり塵劫局(じんこうきょく)が関与すると、一般には報道されないものなんですか?]

[「アマツ」の判断次第だな。知らなくていいことは伝えない……ってのは統治の基本だ]


 国家運営AI「アマツ」。

 塵劫局(じんこうきょく)の上に位置する存在であり、あるテクノロジーが禁忌か否かは全て「アマツ」の判断に基づいている。

 「アマツ」は近代的な国家機能の全てを担う。行政・司法・立法を通じて、人類社会における幸福の最大公約数を追求する。よって報道の可否も「アマツ」が判断する。社会に悪影響を及ぼすと判断すれば、あらゆる手段を用いて隠蔽するというわけだ。

 塵劫局(じんこうきょく)は非公式組織であり、禁忌テクノロジーという概念も公のものではない。それは「アマツ」がそうすべきだと判断した結果でもある――それが正しいかどうかは別として。


「今年も桜は咲きそうにねえな……ここの花見はほんと賑やかだったんだが」


 桜の名所として知られた緋桜市だが、事故が起きてからは一本たりとも咲かなくなった。それまであった観光地としての価値も失われ、今や統京で最も不幸な街……のような扱いを受けている。

 やがてトピックが切り替わり、数年に一度の寒波が近づいているという天気予報が始まった。春はまだ、遠い。


 火桜の湯が「サイボーグ銭湯」を名乗るのは理由がある。宮造りの本館は古式ゆかしい入浴施設だが、湯には汎用リラックスプログラムが組み込まれたナノマシンが溶け込み、サイボーグの代謝や免疫力を活性化する効能がある。

 また、併設した離れはサイボーグ客のメンテナンスサービスを格安で請け負う工房の役割を果たす。例えば透架のような義肢の調整や、電脳記憶媒体の容量増加にデータクリーニング、事故で破損したパーツの交換、電脳操作のサポートなどサービス内容は様々だ。

 透架やかりなはスタッフとして働くだけでなく、ここを自分たちのメンテナンス施設として活用しているというわけだ。

 風呂上がりの常連客が扇風機の風を浴びながら唐津を呼ぶ。


「おーい大将、膝の調子が悪いんだよ」

「あいよ、部品入ってるし変えまっせ。かりな、摩耗した可動部の交換な?」

「畏まりました!」


 風呂上がりの老人をかりなが離れへ誘導する。最初は戸惑ったものの、他人のメンテナンスを行うことで知識と技術が身につく。唐津や透架のようにはいかないが、消耗部位の交換ぐらいならかりな単独でもできるようになった。数十分後、その老人はジョギングしながら帰途につく。次いで別の老婆がカウンターにやってくる。


「最近、物忘れが酷くてね。ここで買った脳みそ、交換しておくれよ」

 すわ、クレームかと表情を引き攣らせたかりなの横で、唐津がひょいと肩を竦めてみせる。

「婆さん……買ったも何も、あんた電脳じゃないだろう?」

「あらやだ、そうだっけね。歳とると忘れっぽくて困るよ」


 そんなやりとりもたまによくある。二〇四〇年代、サイボーグ市場の黎明期を支えたのは小金持ちの老人だった。老化による衰えをサポートするべく普及したものが、いつしか能力の底上げにも用いられるようになった。

 今や金で能力を買う時代だ。ホワイトカラーもブルーカラーも、収入のよい職を得るにはサイボーグのほうが有利であり、もはや完全生身の人間を探すほうが難しい。


 朝風呂の営業時間が終了し、一息ついた受付カウンター。脱衣所で籠を裏返していたかりなが現れ、古びた腕時計を手に首を傾げた。


「どなたか忘れ物をされたみたいです。忘れ物として掲示しておきますか?」

「ぁー、それなら渡してくるよ」


 薪の搬入を終えた透架が横合いから腕時計を取り上げると、細かいことを何も確かめないまま玄関の暖簾を潜っていった。大丈夫かと首を傾げるかりなに、様子を見ていた唐津が答える。


「ありゃ、物忘れ婆さんのだな」

「そんなこと、先輩は覚えてるんですか?」

「入店時の外見を短期記憶してるのさ。透架はその辺り得意でな、一度教わっておくといい」


 唐津曰く、不審者や敵の人相を覚えるのも、お客さんの様子をチェックするのも同じようなものらしい。しかし、該当の客が店を後にしてから十分以上は経過している。果たして追いつけるかどうか……というかりなの懸念を他所に、五分後には涼しい顔の透架が戻ってきた。にやりと唐津が笑う。


「ご苦労さん。休憩入れたらミーティングを始めるぞ」

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