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4:世を忍ぶ仮の副業(しごと)

 翌日、朝七時半。

 緋桜市の中心部から少し離れた下町の居住区。宮造りと呼ばれるゴテゴテとした意匠は寺社仏閣を彷彿とし、高い煙突が特徴の木造建築は遠目にも目立つ。桜の板を削り出した看板には、筆でぶっとく「サイボーグ銭湯・火桜の湯」と書かれており、入り口の引き戸には「営業中」の札が掛けられている。

 築百年以上の設備に、薪と地下水で炊くのが売りという老舗の銭湯。男女別の脱衣所から繋がる休憩スペースでは、ガラス張りの冷蔵庫に様々な飲料が並べられている。定期的に開催される朝風呂デーは近所の老人たちで賑わい、屋号を背中に刺繍した半被姿のスタッフが忙しなく建物内を行き来している。その顔ぶれは頭の軽そうな碧眼の娘と、生真面目を絵に書いたような紅い瞳の少女、そして顔の上半分を黒いバイザーで覆った小太りの中年男という面々である。

 塵劫局(じんこうきょく)の構成員は皆日常の顔を持つ。事務員、料理人、弁護士、銀行員、起業家、クリエイター、塗装工、コンサルタント、保育士、学生、そして――銭湯施設の店員。「火桜の湯」は唐津が店長、透架とかりながスタッフとして働く銭湯施設であり、世を忍ぶ仮の姿などと自称している。

 浴場から聞こえてくる雑談を小耳に挟みながら、透架は冷蔵庫にドリンクを補充している。ガラス瓶のケースは運び込むだけでも一仕事だ。


「まーだ油臭いんだけど。いっそ右目まるごと取り替えたいわ。在庫ないの?」

「贅沢言うな。眼球は供給不足で高騰してるからな、あるのは割高な中古だけだ」


 客の大半が入浴中なのをいいことに、唐津がマッサージチェアを占拠している。年の頃四〇代後半、腹の出たソフトモヒカンの男。上背はそこまででも無いが、ぽっちゃりした体格のせいで大福のような存在感がある。

 しかし客はおろか、かりなや透架ですらその素顔を知らない。

 バイザーに組み込まれたヘッドマウントディスプレイが両目を隠し、文字列やグラフィックを表示することで表情の代わりを果たす。およそ接客業の店主とは思えぬ外見だが、「サイボーグ銭湯」という珍奇な屋号のせいか、常連からは却って雰囲気があると好評だったりする。


「いらねー。どうせ保証も怪しいジャンクでしょ」

「新品なら俺のつけてる奴とかどうだ。耐衝撃性能も高いし、暴れてばかりのお前にうってつけだ」

「ますますいらねー。透架さんの可愛さが台無しじゃん、それ」


 室内の大型モニターでは国営放送の無難なニュースが流れ、港近くの廃工場で身元不明の男性が死体で発見された、というトピックが取り上げられる。

 ずばり昨夜のことだが、公に報道される情報は事実の一割程度に過ぎない。その死体に小型のナノマシン増殖炉が搭載されていたことも、男が研究機関から触媒を盗んだことも、死体を操作していたのが特別指名手配中のテックテロリストであったことも公には流れない。こうした情報操作の裏には、唐津や塵劫局(じんこうきょく)司令部の涙ぐましい努力がある。


 休憩室にある木製のカウンターでは、受付嬢でもレジ係でもなく、唐津が作った茶坊主型業務ロボ「よかろうもん」がレジの売上を数えている。よかろうもんは小学生程度のサイズで予備を含めて三台ほど存在し、各自のデータは適宜同期を取りながら店舗の運営を担っている。

 見た目こそポンコツ感に溢れているが、店内の清掃やレジ係にお客の対応、果ては車の運転までこなすという、多機能かつ高性能なロボである。極端な話、店長からスタッフまで全員不在であろうと、彼らさえいれば店舗の営業は可能だ。それがまたサイボーグ銭湯の胡散臭さを引き立て、マニアな評判に一役買っている。

 こうした業務用ロボットが高性能になるにつれ、労働者は堕落するらしい。ドリンクの補充を終えた透架は、上司の目を盗んで冷蔵庫からコーラを取り出した。それから何食わぬ顔で栓を開けると喉を鳴らして流し込む。一汗かいた後のコーラはうまい。


「いやー、五臓六腑に染み渡るわ」


 爽やかな笑顔で至福を味わう透架に、カウンターから出てきたよかろうもんがロボ声で無情な宣告をする。


「コーラ在庫、マイナスイチ。給与カラ差シ引キマス」

「こらこらこら、これは経費だから! あるいは福利厚生費?」

「ソウ言ッテ、アナタ毎日二本以上消費シテルジャナイデスカ。ケイヒサクゲン!」


 冷蔵庫の前で展開される低レベルな争い。そこに備品の発注を終えたかりなが姿を見せ、呆れとも諦めともつかぬ無表情で佇む。透架は助けを求めるべく後輩に向けて手を振ってみせた。


「かりな、お疲れー。コーラ飲む? 私のじゃないけど」

「……お客さん、そろそろお風呂から上がってくるんじゃないですか? 店長もそんなとこに座ってないでください」


 かりなの指摘通り、男女それぞれの脱衣所が老人会の様相を呈してきた。マッサージチェアから立ち上がった唐津がロボと透架の間に割り込み、コーラの空き瓶をゴミ箱へ放る。


「しょうがねえな。こいつは経費にしてやるから、薪の搬入を済ませてこい」

「むぅ……普通はロボットが重労働をやるんじゃないの? あたしレジ係がいいんだけど」

「お前は釣り銭ミスが多すぎて駄目だ」


 ちゃらんぽらんな透架より、よかろうもんのほうが信頼が置けるという理屈。正確さと知性を求められる仕事はテクノロジーが担い、人間は肉体労働に従事するご時世。

 あたしはよかろうもんの奴隷かよ……と文句を垂れつつ、透架は薪の在庫が積まれた裏口へと向かう。よかろうもんがコーラを片手にエールを送る。


「テキザイテキショ。ヤクワリブンタン。モチハ餅屋。二四時間、戦エマスカー?」

「うっさい、やかましい、馬鹿!」


 知能ゼロの罵声。労働から人類が開放されるのはいつになるのか。


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