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19:白い告発

 増殖炉で人が死んだという不都合な事実は、アマツや塵劫局(じんこうきょく)が様々なでっち上げをしてでも有耶無耶にしてくれるだろう。問題は塵劫局(じんこうきょく)がタレ込んだ奴を探しているという点だ。

 冷めかけのコーヒーを流し込んだ雨ケ谷が、底意地悪く口元で笑う。


「あんな地底に閉じ込められた俺の気持ちを知って欲しくてな。ささやかだが匿名で苦情を入れさせて貰ったよ」

「お前の生存は塵劫局(じんこうきょく)も把握している。ガキのピンポンダッシュじゃあるまいし、変な仕事を増やすのは勘弁してくれ」


 情報の漏洩口として真っ先に嫌疑がかかるのは雨ケ谷だ。だが勤務態度という点で透架の評価はよろしくない。明確な証拠こそ無いが、叛意を疑った塵劫局(じんこうきょく)が透架を調査する可能性は高い。その際に事情聴取等で拘束されることで、雨ケ谷や黒塔に対する追跡の手が一時的に緩むことはあり得るだろう。

 しかし、それだけだろうか――


「そもそも何が狙いだ?」

「なに、嘘っぱちだらけの元職場にケチをつけたいだけさ。人類守護というご大層な看板が泣いているとな」

「世の中が公正で、誰もが生まれながらに幸せになれる……んなわけねえだろ。金持ちがいれば、貧乏人もいる。貴族がいれば、奴隷もいる。長生きなやつもいれば、早死にするやつもいる。残念ながら俺らは神でも正義の味方でもねえ。理不尽に泣く奴はどこにでもいる」


 生まれてから死ぬまで、人は理不尽と隣り合わせだ。偽悪的に言ってのけた唐津だが、それはあくまで建前の話。本音を言えば、雨ケ谷の息子には健やかでいて欲しかったし、雨ケ谷も技術部で研究を続け、無尽桜を成功させる姿まで見たかった。そして――御厨が生きていれば、今ごろ透架は唐津の下になどおらず、別の未来があったのかもしれない。

 だが、そうはならなかった。


 雨ケ谷は堂々と椅子から立ち上がり、駅員室の窓際へと歩いていく。唐津が仕込んだ狙撃ドローンは死角に伏せてある。雨ケ谷の立ち位置から気づかれることはない。


「理不尽を『そういうもの』と受け入れないために、人は力を求めてきた――最後に言っておくが、BABELは再び無尽桜を狙う」

「どういうことだ?」

「前と同じさ。有害ナノマシンを散布して、サイボーグ化率の低い者を淘汰する。人類全てがサイボーグになってしまえば、五割などという規定も無くなるだろう」


 テクノロジーで人を選別するという、ある種の優生思想に基づくテロリズム。「アマツ」がBABELを人類の敵とする理由がここにある。咎めるような無機質さで漆黒のバイザーが白衣の男を見据えた。


「……お前、自分が何をやってるのかわかってるのか?」

「倫理だか道徳だか知らんが、大多数を保全するために死を強いられる。そうした者がテロに行き着くのは、今に始まったことじゃない。身勝手で独善的でも、俺は耀を死なせない」


 その瞬間、殺害命令を受信したドローンが死角から浮上し、窓越しに雨ケ谷の胸部目掛けて弾丸を撃ち込んだ。消音効果を施された三発の弾丸がばすばすと音を立てて雨ケ谷の体内に留まり、運動エネルギーによって心臓、右肺、脊柱を適切に破壊する。雨ケ谷は喀血しながら大きく仰向けに倒れ込み、床一面に血溜まりが広がっていく。


「お前のテロで殺されるやつはどうなる……まぁいい。頭の中にあるご自慢の計画をじっくり見せて貰う」


 電脳に損傷を与えることなく即死させたのは、生きた電脳から速やかにデータを吸い出し、BABELのテロ計画を探り出す為。

 唐津は動かなくなった雨ケ谷の側にしゃがみ込むと、腰に吊るした収納バッグから対電脳用のハッキングガジェットを取り出す。アルミ製のフレームを組み立てて雨ケ谷の頭部を固定し、その眼球に極細の接続ピンを差し込むと、視神経を通じたハッキングプロセスが開始される。

 ところが読み込まれるのは意味を為さないダミーデータばかり。嫌な予感と共に雨ケ谷の顎へと手を伸ばし、顔の皮膚を伸ばして引っ張る。貼り付けられたラバー製のマスクがいびつな表情を見せた。


「理解しろとは言わんさ」


 雨ケ谷の声で喋る死体から唐津はマスクを引き剥がし、現れた別人の顔に舌打ちする。電脳で容貌を検索・照合すれば、半年前に詐欺事件に巻き込まれて捜索願の出ていた税理士の顔と一致した。


「毎度どこから死体を引っ張ってくるんだよ……手の込んだ真似をしやがって」

「亜夜乃のオフィスが襲撃された段階で予想していた。俺は器用じゃないが、臆病でね」


 廃工場と同様の、死体を遠隔操作する手口。出し抜かれたのは痛いが、操作する雨ケ谷本人は近くにいるはずだ。狙撃ドローンを使役して周辺の地下空間を捜索すると、近くを走る地下鉄の線路上に人の気配が確認される。人目につくリスクを考えると、今から追跡して射殺するのは難しい。


「今度はちゃんと声まで再現した。ゾンビとは言え、中々使えるだろう? あとコーヒーごちそうさん」


 何がごちそうさんだ。その台詞を最後に、喋る死体はただの肉塊に戻った。

 色々とまずい。まずは司令部と連携して無尽桜の警備を固めたいところだが……残された唐津も次の手を考えながら、その場を後にした。


 同時刻、地上。

 ある高層ビルの最上階に位置する瀟洒な雰囲気の純喫茶。窓際の席に腰掛けた亜夜乃がサンドイッチに手を伸ばす。ガラス越しには未明に起きた銃撃事件の現場が見える。優雅なランチタイムを堪能する電脳に通信が入った。


[事件の当事者だと言うのに優雅なものだな、後処理は済んだのか?]

[どうかしら。雑務は部下に一任しているから、私は報告を聞くだけね。むしろ貴方のほうが心配だけど]

[こちらは問題ない。それより親鳥が巣から離れた。留守の間に例のものを流してやれ]


 女は視線を手元に移し、様々な具が挟まれた宝石箱のような断面を眺めている。やがて愉悦混じりの笑みを浮かべてから、サンドイッチを口へ運ぶ。


[なるほど。どうせ嘘を仕込むなら演出も大切よねぇ――今、お昼中なのだけど良かったら一緒にどうかしら?]


 行き場の無い者を囲い込み、跪かせて飼い慣らすのはBABELの常套手段。本人にその気がなくとも、そうしたくなるよう仕向けてやればよい。嘘に踊る雛たちの姿を想起しながら、女の昼食時は過ぎていく。

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