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18/33

18:決裂

 フラッシュライトの輝きが闇を散らす。地盤の緩さと地下水の処理を持て余し、六年前に開発を断念した地下鉄の廃駅。湿度のあまり壁が結露し、水滴が落下する。

 光を持ち込んだ靴底が水溜りを踏んだ。目元を黒いバイザーで覆った小太りの男、唐津である。ブラウンのフライトジャケットにデニムのカーゴパンツ姿。片手に下げたレジ袋には、熱の残る二本の缶コーヒーが入っている。

 その体躯からは想像し難い身軽さで、唐津は線路からホームに飛び上がった。廃駅と言いつつ、人の出入りした痕跡が所々に見受けられる。やがて行き着いたのは駅員室。煌々と電気が灯る室内には、暖房から小型端末まで様々な機材が持ち込まれ、秘密基地の様相を呈している。

 

 部屋の主、背もたれ付きの椅子に腰掛けていた長身の男が肩を竦めた。白のチェスターコートに黒のインナーとスラックス。塵劫局(じんこうきょく)技術部の元部長――雨ケ谷。


「お前はいつもアポなしだな。連絡ぐらい入れたらどうだ」


 刻限は正午すぎ。地下には限られた光源しか存在しない。ずかずかと無遠慮に踏み込んだ唐津は物珍しげに室内を見回す。雨ケ谷の苦情もどこ吹く風だ。換気以外は悪くないと笑いつつ、新居への引っ越し祝いと称して缶コーヒーを差し出した。

 唐津と雨ケ谷は塵劫局(じんこうきょく)時代の同期である。雨ケ谷は手近な丸椅子を勧め、唐津も腰を下ろす。缶コーヒーはブラックと砂糖入りの二種類。雨ケ谷は躊躇うことなくブラックを手に取り、残った砂糖入りを唐津に差し戻す。プルタブを立てる小気味よい音が立て続けに響き、数十秒ほど沈黙が下りる。先に言葉を発したのは雨ケ谷だった。

 

「で、用件は何だ?」

「質問が複数。それが済んだら、お前を殺す」

「なるほど。まずは質問を聞こう」


 唐津は飲みかけの缶コーヒーを手近な机に置くと、人差し指を立てて問いを投げる。両目の位置にあるバイザー型外部モニターは真っ黒のまま何も表示されていない。


「ひとつ。あの日、増殖炉にどうやって出入りした?」

「俺は設計者だぞ。『隠し通路』ぐらい用意できる。隔壁の内圧で潰れてしまったがな」


 公開された設計図には載らない文字通りの隠し通路。恐らく地上から最下層まで、人目につかずアクセスできるルートがあったのだろう。唐津は人差し指に次いで、中指も立てながら質問を重ねた。


「ふたつ。小型増殖炉で耀ちゃんを生き返らせる気か?」

「現行のあれ単体で『反魂』を実現するのは無理だ。意思のないゾンビならまだしも、こういうのは生前と同じ姿や人格でなければ意味がないからな。さらに別の技術をBABELと研究している」

「ガチで禁忌じゃねえか。お前もよくやるよ」

「もちろん。子どもの可能性を広げてやるのが親というものだろう?」

「親の執念ってやつか。惜しいのは耀ちゃんが生きてる間にもう少し寄り添っていれば……ってな」

「……耳が痛いな」


 禁忌テクノロジー「反魂」。

 死者の復活を求める者は古来より後を絶たない。しかし人類の歴史において、その成功例は存在しない。禁忌に手を染めてでも無理難題に挑むのは、単に一人息子を失ったからという話だけに留まらない。

 雨ケ谷には後悔がある――親としての使命を果たせなかったというそれ。

 妻に先立たれ、金を稼ぐべく仕事に没頭し、気づいた頃には手遅れだったという人生。技術者として評価され、金と名誉は人並み以上。それらをもってしても、息子を生かすことは許されない現実。

 唐津は苦い面持ちでため息を漏らしながら、三つ目の薬指を立てた。


「みっつ。お前を引き抜いたのは、あの十億円ビッチか?」

「そうだ。知っての通り、奴には耀を預けていたものでな。『無骸』が妙な気を起こさんで良かったよ」


 珍妙な言い回しに雨ケ谷は軽く吹き出しながら肯定する。透架は暗殺任務を遂行したことはあっても、理由もなく人を殺すシリアルキラーではない。仮に雨ケ谷の息子と知っていたとて、その遺体をわざと損壊するような真似はするまい。


「BABELのやり口は知ってるだろ。万一の時に、人質にされても知らねえぞ」

「承知の上だ。それに連中の言い分も一理ある。人の欲望は際限がないし、禁忌テクノロジーの需要は永遠に続く。そもそも核開発云々と言ってた時代から、人類と滅亡は紙一重だ」

「言いたくねえが、人は死ぬもんだし、どんなに繁栄した種もいつかは終わるだろうな」

「その通り。だからこそ俺は可能性を追い求める」


 その主張に唐津は押し黙った。廃駅の構内に呼び寄せた狙撃用の小型ドローンが数台。その中の一つに死角から駅員室の窓側へ回り込むよう、電脳を通じて指示を出す。唐津の不穏な動きを察したかは定かではないが、雨ケ谷もまた人差し指を立てながら笑ってみせる。


「さて。殺される前に俺からも質問をしておこう」

「なんだ? 命乞いされても聞けねえぞ」

「アルキメデスではないが、死の間際まで知識を追及するのが技術者というものでな」


 ステルス塗装が施された円盤状のドローンが音もなく配置され、全ての銃口が雨ケ谷本人もしくは想定される逃走経路へと向けられる。手抜かりはない。いつでも殺害できると確証した唐津は、同期のよしみか好奇心故か雨ケ谷の提案に応じる。


「一つ……出世したか?」

「するわけねえだろ。偉くなるより、若造の世話をするほうが面白いしな」


 くだらないことを聞くなとばかりに唐津の丸椅子が揺れた。

 ハッカーとしての技量と長年の功績を踏まえれば、唐津は上層部に居て当然の人材だ。それが単なるエリアマネージャー止まりなのは惜しい、というのが雨ケ谷の評である。

 一方、唐津は集めた情報で人を動かす扇動家アジテーターのようなタイプであり、ピラミッド型の組織で大人数を差配することには興味が持てない。どれだけ個の力が秀でようと、人を使えなければ組織での出世は難しい。

 故に同期でありながら雨ケ谷は部長まで上り詰め、唐津は一般企業で言う係長クラスに留まっている。体重によって椅子の足を軋ませる唐津の前で、雨ケ谷は二本目の指を立てた。


「二つ、『無骸』を使っているのはお前だな?」

「まあな。誰かさんのせいでおかしくなったもんだから、俺が面倒を見ている」


 雨ケ谷の居場所を最速で探り当てるとすれば、昨晩亜夜乃と接触した透架やかりな、あるいはその上に連なる存在に限られる。

 もともと部署が異なる唐津と透架に直接の面識はない。ハッキング技術において唐津の弟子だった御厨が、たまたま透架を連れてきたのが腐れ縁の始まりだ。

 その御厨をあんな形で失い、透架は組織というものに疑問を持つようになった。そうなると機密を扱い、上からの命令を絶対とする特務部にはいられない。すったもんだの末に唐津が雑用係として引き取り、今に至ったという経緯がある。


「三つ。質問ではなく忠告になるが、ここの市長が辞職した話には裏があってな」

「あ?」

「増殖炉の事故で人が死んだという、どこかからのタレコミがあったそうだ」

 妙な話だ。事故の発生直後から今に至るまで、唐津の知る限りそんな情報は聞いたことがない。ただし一つだけ心当たりがある。


 非公式情報機関・塵劫局(じんこうきょく)に勤務する職員、御厨格の殉職。

 あるいは増殖炉の開発者、雨ケ谷滲の失踪。


 塵劫局(じんこうきょく)の中でも御厨や透架が属していた特務部はいわくつきだ。その情報が漏れたとなれば、司令部も黙ってはおるまい。唐津の推測を他所に雨ケ谷は続ける。

「中に人がいたのに、強引に隔壁を閉鎖した……とな。今頃、塵劫局(じんこうきょく)はタレ込んだ奴を探しているんじゃないか?」


 仮にも塵劫局(じんこうきょく)はアマツ直下の情報機関だ。マスコミが束になって嗅ぎ回ったところで真相など出やしない。最悪、世にある情報全てを書き換えてでも隠し通すだろう。

 だが司令部を除けば、この話を知り得る者は限られてくる。情報提供者を疑うとすれば、あとは増殖炉の封印に直接立ち会った者しかいない。例えば、雨ケ谷。あるいは――透架。

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