表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/33

16:下町散策

 雲ひとつない澄んだ晴天。コートが不要なほど気温が上がり、街は一足早い小春日和に包まれる。火桜の湯を出た透架とかりなは散策を開始した。緋桜市は統京の中でも下町にあたり、港東区のような大規模商業ビルやショッピングモールは少ない。その代わり、裏通りに入ると個人経営の良いお店がちらほらと見受けられる。

 透架は緋桜市に配属されて一年程度だが、前々から塵劫局(じんこうきょく)に勤めているだけあって土地勘はある。問題はそこへのアクセス方法だ。メインストリートに公共施設、商業施設に住宅街。目的地がどこであろうと、透架が教えるルートは屋根の上や下水道など、いずれも変な抜け道ばかり。付いて行くかりなは唖然とする。


「普段からこんなところを歩いてるんですか?」

「この仕事じゃ裏道って結構重要よ? 野良猫や変質者もたまにいるけど」

「人通りがないのに変質者がいる道とか、最低じゃないですか!?」


 経路の半分以上がまともな道ではなく、普通の道でも木や塀などの遮蔽物を利用して隠れるように移動する。しかも透架は意外と足が速い。歩いているように見えて、かりなはその背中を小走りで追いかけるのがやっとだ。その上、工事現場の鉄骨を宙返りで悠々と通っていくのだから、正気の沙汰ではない。


「空いてて、静かで、誰もいない道なんて最高じゃん! むしろ人の多い道って煩わしくない?」

「そんな不審者みたいな生態に同意を求められても……治安的にはむしろ逆かと」


 後輩からの不評に透架は凹んだ。こうした隠しルートが重宝するのは任務の時であり、今では普通の道も使っていると弁明する。


「二四時間三六五日、隠れてばかりだとさ。人通りのある道が不安なわけよ」

「不安?」

「そう。他人から見えているのかいないのか、わからなくて」

「一応、鏡を見ればわかりますよね。近くにあればですけど」

透明化(インビジブル)も万能じゃなくてさ。音や匂いで気づく人もいたりしてね、これが」


 ナノマシン活性を行使したところで、透架の存在が完璧に隠匿されるわけではない。他者の視線に迷うくらいなら、無人の道を行くほうが気楽と言うわけだ。

 道中、線路の上を横切る陸橋へと差し掛かった。電車が迫ってくる揺れを靴底に感じながら、透架は柵側へと歩いて行く。


「あ、そうそう。超とっておきのショートカットを教えとくわ」


 言うや否や、透架は電車が陸橋を潜り抜けるのに合わせて柵を乗り越え、その屋根へ飛び移ろうとした。流石の後輩も慌てふためき、透架の背中にしがみついて押し留めようとする。

 

「いや、ちょっと、ま……なんてところから飛び降りるんですか?!」

「かりなの運動神経なら大丈夫だって! 時刻表さえ覚えておけば、何かと便利なんだけどな……あ、もしかして怖い?」


 誂い混じりの問いに少女はちょっとだけ憮然とする。


「怖くはないですけど……多分、使わないと思います。駅員さんにも怒られそうですし」


 かくして二人は高架沿いに展開する商店街「おやつ横丁」を訪れる。菓子屋と惣菜屋を中心に、地元に根付いた店が集まる通りだ。建物や設備はいずれも古いが、おしながきやポップには手書きの文字が躍り、店員が地声で呼び込みをしている。

 記憶に刷り込むために何度も繰り返される人工音声メッセージや、どぎつい色で興奮状態を喚起するネオン看板、電脳搭載者向けの仮想サイネージなんてものもない。ここには脳を過剰に刺激する仕掛けが少ない。

 昼下がりの商店街は賑わっており、コロッケが人気の惣菜屋は今日も列ができている。かりなは並びながら物珍しげに首を傾げた。


「コロッケですか……?」

「ここのコロッケはやばいよ! 外側の衣はサクサクで、内側のポテトは滑らかでふわふわ。暖かな甘さ、肉の旨味、芳醇なバターの香り……その全てが絶妙に絡み合う美食のシンフォニー。一口目から夢心地だから、マジで!」


 人気店故に行列を覚悟しないと通いづらい。しかし味は緋桜市どころか、統京でも一番だと透架は胸を張った。列は徐々に進む。割烹着姿のおばちゃん店員に、透架は人懐っこい笑顔を満面に浮かべてオーダーした。


「二〇個詰め合わせでくださーい!」


 数にゼロがついている。かりなは胡乱げな面持ちで透架に耳打ちする。


「そんなに食べるんですか……?」

「炭水化物はめっちゃ大事よ? カロリーはガソリンって言うじゃん」


 常人に比べてサイボーグの消費カロリーは多い。

 二人は惣菜屋の会計を済ませてから河川敷へと移動する。遊歩道から少し離れた位置。冬枯れした芝生の上に並んで腰を下ろす。一足早い春の日差しで地面はそんなに冷たくない。

 包装紙から顔を覗かせたコロッケは、湯気を纏うくらいの揚げたてだ。のどかな平日の日中、人々が行き交うのを眺めながら透架はコロッケにかぶりつく。かりなは渡された包装紙に視線を落としてから、気まずそうに問う。


「あの、お代は……」

「今日はあたしの奢りね。後でめっちゃ働いて倍返してくれればいいから……いやぁ、料理人の愛情と技が詰まってるわ……もうただの揚げ物じゃないよね。生きててよかった……」


 口の中を火傷しそうになりながら舌鼓を打つ透架の横で、かりなもまたコロッケをぱくついた。

「……! なるほど……確かに美味しいですね。少しだけバターの香りがします」

「こらこらこら、ちょっと! もっと感動はないの? すくすくと育った新鮮なジャガイモにのみ許された自然な甘み! 口いっぱいに広がる豊かな香り! そして一つ一つ丁寧に揚げられた衣! あたしなんか最初食べた時に『世の中にこんな美味しいものがあるなんて……』って感動したのに!」


 かりなのまともなリアクションに文句を垂れつつ、透架が何個目かのコロッケに手を伸ばしたと同時、真顔のかりなが問うた。


「ところで先輩、何個まで食べて良いんですか?」

「そりゃ、奢りだし好きなだけ……って、もう残り3個しかなくない!? あたしまだ7個目だけど」


 常人に比べてサイボーグの消費カロリーは多い。

 透架は想定以上のコロッケ消費に目を丸くしながらも、好きなだけ食べろとかりなに促す。許可が出ると、かりなは表情を綻ばせてから再びコロッケに手を出した。自分が美味しいと思うものを、美味しく食べてくれるのは嬉しいと言えば嬉しい。


「いや、別にいいんだけどさ……さっきそんなに食べるんですか、って聞いてたじゃん」

「聞きましたけど、私が食べないとは一言も申してませんが……」


 透架も大食いを自負しているが、かりなはそれ以上だ。生真面目で淡々とした後輩が心なしか上機嫌に見える。この少女、普段から何を食べているのか――。

 川の向こうは昨晩出かけた港東区に繋がる。煌びやかな高層ビル群が立ち並び、その手前にある高架橋では電車がトコトコと走っている。その様子を指差しながら透架の解説が始まる。

「あれがさっき乗りそびれた奴ね。深夜帯は貨物もあるし、慣れたらめっちゃ時短できるんだけど……でもね」


 電車に向けた人差し指をそのまま水平に右方向へ。車両が川沿いのトンネルへと吸い込まれていく。かりなの運動能力なら屋根に飛び乗るのは余裕だろうが、トンネルから出る時のカーブは見通しが悪い。また、今の時期は沿道の木が枝を伸ばしているから注意するよう付け加えた。


 一緒に買ってきたホットの緑茶を啜りつつ、かりながしみじみと呟く。


「先輩は色々なことを知ってますね」

「そりゃあちこち歩き回ってるし、過去に教えてくれた人も居たからね」

「唐津さんとか?」

「いやぁ、あの人は『こたつ』だからなぁ。物知りだけど、引きこもりというか」


 義手の指先についたコロッケの油を舐めながら、透架は外出中の上司を思い起こす。彼の情報は「覗き」によるものが多い。街中の監視カメラやネットワーク上のコミュニケーション履歴を漁ることには長けている。しかし実際に歩き、見聞きして、初めて気づくこともある。どれだけ評判の惣菜屋でも、本当に美味いかは食べてみないと判らない。


「まぁ、情報は足で稼ぐって言うでしょ? かりなも折角だし、暇があれば色々見てみなよ」

 平和でのどかな昼下がり。貧乏自治体の緋桜市は河川敷の整備に割く予算がない。故に一帯の手入れは近隣の住民がボランティア同然で行っている。その良し悪しはともかく、昔ながらの飾らぬ風景は酷使している電脳を和ませるのに丁度良い。満腹になって緩やかな時間が過ぎゆく中、かりなは姿勢を正して透架と向き合う。


「昨日はすみませんでした。結局、先輩に迷惑をかけて……」


 少女はその場で膝を畳むと正座のまま頭を下げた。大口を開けて食後の大欠伸をしていた透架は、謝られた理由がわからず呆けた面持ちを覗かせた。それから暫しの間を置き、はにかむように笑いながら、かりなの頬を左手の指先で軽く摘んで伸ばしてみせる。


「いいんじゃない? お陰で雨ケ谷の場所も洗えそうだし、結果オーライってことで。でもさ……単独で潜入するのは難しいって、自分でも判ってたんじゃないの?」

「それは……私が最初に取り逃さなければ、こうなりませんでしたから」


 分が悪いと判っていても、責任感や正義感から突っ込んでいく気質。真面目な優等生タイプに見えて保身や狡猾さがない。この後輩、案外気性が激しいかもなと思いつつ、摘んだ頬をちょっとだけ横に引っ張った。流石のかりなも僅かに眉を顰めはするが、謝罪の姿勢は崩さない。透架は意地悪く笑いながら更に質問を重ねる。


「ふぅん……もしあたしが間に合わなければ、どうしてた?」

「責任取って刺し違えようかと……できるかどうかと言われると多分無理でしたが……」

「それって責任取るっていうより、死に損じゃん。もっと考えてもいいんじゃない?」


 もっと上手く立ち回れという正論に、かりなは返答に窮した。不利であること、勝算がないこと、それらを理解しつつも自分の中で筋が通れば殉じることも厭わない。塵劫局(じんこうきょく)からは忠実な素質を好まれそうだと思う一方――御厨だったら、何と言っただろうと透架は思う。


「いやぁ、かりなは真面目な脳筋だなぁ。勝てなければ逃げるとか、都合が悪けりゃサボるとか、もっとあたしみたく大人にならないとね?」

「まっ、まじめな脳筋……」


 後輩の勤務態度について好き勝手に放言する不良職員。思い起こせば昔の自分はそこそこ真面目に働いていたな、などと謎の既視感を覚えながら、自身の無力と向き合わせてしまった後輩の瞳を覗き込む。


「って言うか、迷惑なんて好きなだけかければいいじゃん」

「え……?」

「唐津さんは何やらかしても動じないし、こう見えてあたしも修羅場は慣れてるからさ。かわいい後輩がすくすく育ってくれるなら、尻拭いぐらいやるけどね。先輩や上司なんてその為にいるもんじゃない?」


 そう言い添えながら、かりなの頬を強めに伸ばして手放したところで欠伸が漏れた。早朝もちゃんと寝た筈なのだが、昨晩行使した「不可触(アンタッチャブル)」は心身への負担が大きい。自分一人ならまだしも、環境の変動や対象の追加によって電脳の計算量が大きく変動する。いつもの睡魔に加え、かりなを連れてセキュリティ扉を抜けた時の疲労が抜けてないのだろう。


「何はともあれ、かりなが生きてて良かったわ」


 平穏な光景。混じり出す意識の空白。今日は後輩の面倒を見るのだから、起きてないといけない。とめどない思考が巡って口数が減り、とろけるような睡魔が訪れる――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ