15:ふるい落ちた者
沈黙していた唐津に続き、今度は透架とかりなが言葉を失う。
「あのおっさん、子どもなんかいたの……ってか、なんでそんなこと知ってるわけ?」
「部署は違うが一応、同期なんでね。出世は奴のが断然早かったが」
雨ケ谷には難病の息子がいた。その病気は治療方法が確立されておらず、生きるにはサイボーグへの改造が必要だった。しかし、あらゆる生命に対するサイボーグ化手術は元の生体に対する「割合」が法律で定められている。これは一般的に五割が限界とされ、特殊な事情を認められた者に限って七割を上限に改造が許可される。
例えば、かりなのサイボーグ化率は五割。透架は特務部の運用を前提として七割。火桜の湯にやってくるお年寄りの皆様はせいぜい一、二割だ。
「人命に関わるというのも、『特殊な事情』に入るんじゃないですか?」
「入らない。許可がない一般人なら上限は五割だ。だが、あの坊やに必要とされたサイボーグ化率は……九割だ」
身体の大半が人工部品。そこまで行くと最早人間かどうか怪しくなる。そして事ある度に重改造のサイボーグを認めていたら、いずれ人類という種に影響を与えるだろう。国家運営AI「アマツ」はサイボーグ改造に慎重な立場であり、その直属にある塵劫局もまた同様だった。
結局のところ、雨ケ谷の息子は生き延びる方法がありながら、それを許されることなく死んだ。二年前のことである。そうした事情を一通り聞いた透架は納得とばかりに頷いた。
「BABELはそういうのガン無視しそうだし、誘われたらそっち行くのも無理ないわ」
テクノロジーが生命倫理を侵す是非。BABELには亜夜乃をはじめ、重改造の違法サイボーグが多数存在すると聞く。雨ケ谷がBABELに流れたのも恐らくはそういうことだ。
「それより、お前らが持ち帰ったアクセスログで雨ケ谷の位置情報を解析している。ぼちぼち結果が出るかもな」
そんなやりとりを経たところで、唐津は二人に二四時間の休暇を言い渡した。これから出かけると言うが、行き先を聞いてもはぐらかすばかり。あらゆる用事をオンラインで済ませる男がどういう風の吹き回しか。透架には先輩らしくかりなの面倒を見ろと言い残し、唐津は離れから出ていった。
降って湧いた休暇に入れる予定などない。手持ち無沙汰になった透架は、浴衣から私服に着替えるかりなを眺めている。
勤務態度は真面目で、仕事ぶりもきちんとしている。昨晩の潜入で見せたデータ処理能力があれば、食い扶持にも困るまい。それがどうして塵劫局に属し、局内で最もガチな戦闘部隊「葉隠」への配属を望むのか。
透架が後輩の背景に推測を巡らせていた矢先、その腹部や胸部に数か所の傷跡があることに気づく。いずれも刃物によるもので、亜夜乃の機械蛇が原因とは思えない。
「その傷、昨日の?」
「いえ……」
振り返ったかりなは戸惑いを挟んでから困ったように笑う。話を濁すような表情を前に、透架は思わず口を噤んだ。それから話題を変えるための言葉を求めて目が泳ぎだす。
そんな透架の様子を察すると、かりなは視線を外して背中を向けた。
「昨日行った事務所があるじゃないですか」
「うん」
「昔、ああいうところに『居た』ことがあって。その時に」
それは属していたということではなく、商品として存在していたことを意味する。
シャツに腕を通しつつ、語られる昔話。貧しい家に双子として生まれ育ち、やがてかりなだけが人身取引組織に売られた。連中はかりなを切り刻んで大半の臓器を持っていき、生命維持装置に繋いだ。残った脳は電脳化され、高速・大容量の情報傀儡として利用される日々を送る――。
もはや地雷を踏んだどころの騒ぎじゃない。思わぬ話にたじろぎながら、透架はばつが悪そうに頬を掻いた。
「ぁー……その、なんていうか、ごめん……言いたくないことだったら、別に大丈夫だからね?」
「別に。一緒に仕事をするなら、知っておいたほうがいい情報かもしれませんし……単に私に価値がないから売られたってだけの話ですから」
情報傀儡として搾取された日々は、塵劫局の摘発によって終わりを告げる。かりなは自由を手にしたものの、今更実家に帰ることもできない。福祉や公的支援を受けながら表社会に復帰することもできたのだろうが、彼女なりに思うところがあったのだろう。塵劫局のサイボーグとして裏で生きることを選び、今に至る。
何故、昨晩単独で先行したのか。何故、塵劫局に忠誠を尽くすのか。その動機が世界に対する正義感か、渦巻く憎悪かは定かではない。データ処理能力も恐らく当時の名残だろう。
個人の繊細な過去に対し、深掘りしてはいけないという遠慮と、それを踏み越えてでも知りたいと思った相手への興味。両者を天秤に掛けながら、透架は探るように問う。
「でもさ。サイボーグになっちゃえば、傷なんて割と消せるんじゃない?」
このご時世、望む性能と外見を手に入れ、理想の自分になることは難しくない。亜夜乃のように十億円を投じるのは極端だとしても、古傷を消すことくらいは容易だ。ネクタイを締め終えたかりなが振り返り、透架の右腕を指し示しながら問い返した。
「そういう先輩だって人のこと言えなくないですか?」
投げ返された問いかけに、透架は両目をぱちくりとさせて僅かに笑った。かりなが言うように、その気になればこの腕だってサイボーグ素体と同質のものに置き換えられる。過去の痛み、消せない傷、忘れられない記憶――チタン合金製の義手を撫でながら、滲み出た感情をどう言い表したものかと思案する。
「なんだろう……綺麗に説明できないけど、こういうのを無かったことにしちゃうのは、なんかやだなぁって」
つらいことは全て消し去り、幸福と快楽だけ享受すれば、人生の満足度は高くなるのかもしれない。しかしどれだけ非効率だろうと、あの悪夢を手放してしまったら、自分が自分でなくなるような気がするのだ――そう告げたところで、透架はおどけたような調子で嘯く。
「いやぁ、それにしても昨日は間に合って良かったわ。かりな、あのままだとボコボコにされてただろうし」
容赦ない言われように少女はもの言いたげな顔をするものの、反論の余地がない。元特務部というのは伊達ではなく、手際のよい乱入だった。一瞬の沈黙を挟んでから、かりなはふと思いついたことを口にした。
「……昨日の脱出で使ったワイヤー、あれは事前に準備してたんですか?」
「まぁね。退路の確保は潜入の基本って言うじゃん? どっちかと言えば準備より土地勘のが近いけど……どうせ休みだし、遊びに行こっか?」
かりなは緋桜市への配属から日が浅い。透架はかりなに気晴らしの散歩がてら街を案内すると誘い、義手ではない左手を差し出した。着替えを終えたかりなはその手を取り、揃って地下工房から外へ向かう。明るい冬の日差しが二人を待っている――。




