12:未解明活性現象(スルースキル)
後輩を抱えた透架が闇の中へと転がり込む。セキュリティルームと呼ばれる室内は、多数設置された電子機器が静かな機械音を立て、赤や緑のアクセスランプがランダムに点滅している。
透架は狐面型のガスマスクを首の位置まで下ろして顔を晒すと、立てた人差し指をかりなの唇に添えて、声を出さないよう指示した。何が起きたのか状況把握が追いつかないかりなは、ぽかんとしながら真っ暗な室内を見回す。
「……探して頂戴。可及的速やかに」
扉の向こうから怒気を孕んだ声が聞こえる。二人と一人を隔てているのは分厚い扉一枚。まさか透架とかりながセキュリティルームにいるとは思わず、亜夜乃は苛立ちを露わにしながら他の場所を探すべく離れていく。
敵の気配が遠ざかったのを確認してから、透架は労うようにかりなの頭をくしゃりと撫でた。透架が身体を盾にして、スタングレネードの閃光からかりなの網膜を保護したものの、聴覚はやられただろう。透架はかりなに電脳経由の通信を送る。幸い近距離であれば通信にかかるノイズも軽い。
[かりな、大丈夫? 怪我ない? ってか、めっちゃボコボコじゃん。建物の構造を調べて、あれこれ仕込んでたら時間食ってさ。いやー、遅れてマジごめん!]
透架のまくしたてるような脳内音声に面食らいつつ、かりなは軋む身体を起こした。照明が無かろうと窓から光は入ってくるし、目が慣れれば室内の輪郭はある程度把握できる。
[ここって……]
[ぁー、セキュリティルーム。とりあえず貰うもの貰って帰ろうか?]
謎が解決すると同時に、新たな謎が発生する。生体認証を通さずにどうやってこの部屋に入ったのか。理解が置いてけぼりの後輩をよそに、透架は視界を暗視モードに切り替えてかりなと共有し、室内の探索を開始した。高い天井にそこそこの広さが確保された空間。気温は二十度に保たれ、部屋の半分にはデータサーバーなどの情報機器がひしめき、もう半分はサイボーグ化やナノマシンの組み込み手術に用いられる最先端の大型カスタマイズポッドが鎮座する。猪狩がサイボーグ化手術を受け、小型増殖炉が組み込まれた履歴を辿れば雨ケ谷に対する有力な手がかりになる。
上機嫌で内部を物色する透架と対照的に、かりなは手頃な端末にアクセスしながら、どこか腑に落ちないといった面持ちを浮かべた。その様子を察した透架は少女の正面に腰掛けながら、不満げな口調による音声通信を送りつける。
[ちょっと、もっとこう……『先輩すごい! 素敵! ありがとう!』ちっくな表現はないの?]
[いや、感謝はしてますけど……それとは別に気になると言うか、どうしてこうなったというか……]
[えぇー、そんなんどうだっていいじゃん! ……って、まぁ、引っかかるのも仕方ないけど]
透架の戯言を適当に流しながら、かりなは食い入るような目で画面上の文字列を追っている。その様子を一瞥すると、透架はモニターの背面に左手を真っ直ぐ伸ばしていく。その指先が樹脂製の外装を撫でると同時、紫紺の光がふわりと浮き上がった。やがてミッドナイトブルーのネイルを施した爪の先端から、掌にかけて徐々に外装へと沈んでいく。それから数秒――。
「うぇエッ!? ……へぶ、っ――ふ!」
サーバーへの不正侵入を目論んでいたかりなが、変な声を殺しながら一〇センチほど後ずさった。そのリアクションに驚いた透架も反射的に左手を引っ込めながら、モニターの横から顔を覗かせる。
[ちょっ、声! いきなり脅かすのやめてくれる?]
[脅かすも何も、なんなんですか今の!?]
[だって、気になるって言うから]
再び透架の指先がモニターをすり抜け、コンニチハとばかりに手首から先をひらひらさせた。動転していたかりなも、両目をぱちくりと瞬かせながら、ようやく事態を理解する。
物質透過。かりなや透架のナノマシンに組み込まれた活性プログラムと似ているが、業界では未解明活性現象「不可触」と呼ぶらしい。
あらゆる科学技術は、指定した条件とプロセスを経れば、誰でも100%再現できることが重要だ。そうでないものは祈祷の類と変わらない。物質透過が未解明と呼称されるのは、この現象がひとえに「再現性を持たないこと」に由来する。
例えば条件となるナノマシンが判明していても、組み込んだサイボーグ個体によって発動の有無が変わるとか、あるいは同じサイボーグであっても発現する時としない時がある――といった有様ではまっとうなテクノロジーとは呼べない。
[もう、変な声出さないでよ。奴に聞こえたらどーすんの?]
[……誰のせいですか]
と、いうわけで今の段階における「不可触」は都市伝説並の眉唾な現象に過ぎない。ただし正式に存在が確認され、研究が進んで再現性が担保された場合。悪用された際の危険性から禁忌テクノロジーに指定される可能性はある。
透架の「透明化」だって、低レベルの準禁忌に指定されている。これも情報機関の職員だから使用が許されているだけで、民間には一切流通していない。
そんなイレギュラーな機能を透架はどうやって習得したのか。かりなの疑問を知ってか知らずか、透架は両手を合わせて拝むようなポーズを作る。
[えぇと……唐津さんは知ってるけど、塵劫局も含めて他の人には言わないでね]
申し訳なさそうに言い添えた透架にかりなは小さく頷いた。
それから数分。取引記録のデータベースにアクセスしたかりなは、片っ端からデータを漁っている。当初、ハッキングやデータ解析は自分の役割と思っていた透架だが、想像以上にかりなの処理能力が高い。一体どこで覚えたのかそこそこ高い。やがて下手に透架が主導するより速いという事実に気づき「あ、もういいです……」となって、今に至る。
かくして透架は手伝いもせず室内をぷらぷらと徘徊し、めぼしいものを物色している。先輩風を吹かせられたのは一瞬だった。全く、自分の存在意義は鍵か何かか――娘が卑屈になりかけた矢先、部屋の隅から電子機器とは異なるモーター音が響く。ぎょっとして視線をやれば、サイボーグのセットアップポッドに組み込まれた円筒形のカプセルがゆっくりと回転していくところだった。
[先輩、気になるからって不用意に触るのはやめた方が……]
[いやいや、あたしのせいじゃないって! これが勝手に動いたの!]
カプセルのサイズは三メートル程、手術直後のサイボーグが浸かる免疫賦活剤のタンクを思わせる。表面のガラス窓から中身を覗き込んで、透架は絶句した。一〇歳前後と思しき少年の体が、緑色透明の液体が満たされたカプセル内で安置されている。
[何これ、被害者にしては扱いが丁寧じゃね?]
[生きてるんでしょうか]
[……どうだろう、わかんない]
ここに至る途中、透架は43階の「在庫置き場」も一通り見ている。その光景がいかなるものであったか逐一語りはしないものの、「在庫」たちと違ってタンク内の身体は1ミリたりとも動く気配がない。それでも単なる商品でないことは確かだ。
セキュリティルームの壁は電波を遮断する素材でできており、定められた端末以外に外部との通信は許可されない仕様だ。故にここで唐津を呼び出し、調べて貰うわけにもいかない。
[それより先輩、違法改造の履歴が出てきました]
[おー、マジ? でかしたかりな。さすが優等生!]
[やはり猪狩はここでサイボーグ化手術を受け、小型増殖炉を埋め込まれたみたいです]
手術が行われたのは五日前。過去に窃盗を重ね、刑期を終えて刑務所から出て来たものの、露頭に迷った挙げ句、黒社会の連中に目をつけられて人身取引組織に売られる。後は知っての通り。
[おっけー。外部との通信履歴は探れる? 雨ケ谷とのやりとりがあれば、そこからヤツを引っ張れるじゃん]
[通信履歴は暗号化されてますね。データだけコピーして、後で唐津さんに解析を……]
その瞬間、部屋中の照明が点いて透架とかりなの姿が晒された。
開かれたセキュリティルームの扉には剣呑な眼差しの亜夜乃が佇み、その後方に武装した構成員が集う。
「……」
「……」
かりなの様子を横目に見れば、思い詰めた顔で機械刀の柄に手を掛けて固まっている。人はこんな状況を「修羅場」という。透架のように慣れてくると、こういう状況にもそこそこ対応できるようになるのだが、そこに至るまでの経験は後輩と言えどお勧めできない――。
[通信履歴のコピーが終わるまで時間稼ぐから、そっちに専念して]
生真面目に反応する後輩を制しつつ、透架は亜夜乃の前へと歩み出る。この部屋を本気で隠すなら、不審者の姿が確認できた時点で殺しにかかるはず。そうしないのは自分たちに聞きたいことがあるからであり、すなわち対話の余地があるということ。まずはデータコピーに要する時間を稼げればいい。
透架は何一つ言葉を発さず、腕を組んだ亜夜乃と相対する。能面のような無表情でも退廃的な美人と思わせてしまう容貌。亜夜乃の顔をガン見していた透架に向けて、女は忌々しげに口を開いた。
「どうやって入ったのか、正直ありえないわねぇ……『無骸』の名前も伊達じゃないってことかしら」
「そーお? 自慢のセキュリティが不完全だっただけじゃん。十億円の頭脳が考える仕組みにも穴があるんだー、とは思ったけど」
「人の作るものはコストと技術レベルに左右されるし、時間が経てば技術は陳腐化する。私が生まれた時は十億円でも、今では一億円で再現できるかもしれないわね」
「案外インフレでお値段は変わらないかもよ。一億円だってあたしの十倍以上はするだろうし? それよりうちらは十分楽しんだし、そろそろ帰ろうと思ってるんだけど。そこ、退いてもらっていいかな?」
サーバーの一つを気安く叩きながら道を開けろと要求する透架に、亜夜乃は両手を広げて遮るような仕草を見せた。




