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8話 新たな作戦

「あら、このスープ……少し冷めてるみたいだわ。取り替えてちょうだい」


 つんと顎を上げたわたしの指示でロッティが黙ってスープの皿を下げる。

 アンジェラ様と話をした夜から数日が経った。わたしことレオノーラ嬢はあの日から少しずつキャラを典型的な悪役令嬢へと変えていった。

 というのも最初はヨハン様に取り入るのが目的だったから健気で大人しい感じの女性を演じてたのだけど事情が変わったからね。


「まあ……そんな冷めていたかしら。申し訳ないわね」


 あきらかに戸惑った様子のマルレーン夫人。それはそうだろう。最初は普通の大人しい女性だったはずなのにここで過ごすうちにふてぶてしくなってきたんだから。

 レオノーラ嬢は最初こそしおらしい女性を演じていたけれど、クレーデル邸で過ごすうちに本性を現した……という設定だ。

 これはルトガー様からの指示だった。



*********



『一晩で性格が変わったら誰でも不自然に思うはずだ。やるなら数日かけてやれ』

「なるほど確かに……わかりました」


 パラディス商会の支部の電話でルトガー様に連絡したのはアンジェラ様と話した翌日のことだった。

 依頼内容ががらりと変わったからね。上司であるルトガー様に報告しておかないといけなかった。電話越しでもルトガー様の仏頂面が浮かびそうな声にぴしりと背筋が伸びる。


『しっかりやってこい。お前が提案したことなんだろう』

「は、はい。それはもちろんです」


 アンジェラ様とヨハン様に依頼内容の変更を提案したのはわたしだ。

 だって彼女の事情を聞いてしまった以上、放っておくこともできなかったから。


『それとあまりフラフラ街を出歩かないように。強盗に遭ったとクルトに聞いたぞ。怪我はないんだな?』

「大丈夫です。何も盗られてないし、わたしとロッティは怪我もしてません。クルトは殴られましたが……」

『王都も最近は治安があまり良くないからな。夜中に出かけるのも今後はやめろ』


 王都に来て早々に貴族の馬車を狙った強盗に会ったんだよね。あの時は助けてくれた人がいたから良かったけどもしあの人がいなかったらどうなっていたことか。人口の多い都市ってやっぱりそれだけ危険も多いのね。

 それにしてもルトガー様は小言が多い。いや、心配してくれてるのはわかってるんだけど。


「わかりました。以後気をつけます」

『お前は少々抜けているところがあるからな。人の倍気をつけろ』

「はーい……」

『返事を伸ばすな』

「はい!」


 これ以上お小言が長引かないように大人しく返事をした。

 いやまあ確かに否定はできないんだけど、ルトガー様って特別わたしに口煩い気がする。派遣悪役令嬢になって半年経つけど、やっぱりまだ一人前とは認めてもらえてないんだろうなあ。一人前の悪役令嬢っていうのもちょっとどうなのかと思うけど。

 まあそれはともかく、今は仕事に集中しなくちゃ。


 わたしの新たな仕事は宝石商の令嬢レオノーラとしてアンジェラ様を引き立たせることだ。



 *******



 

「突然お伺いして申し訳ありません。父の仕事の都合でこちらに来ていたので」

「ま、まあアンジェラ様いらっしゃいませ」


 数日後の昼間、アンジェラ様が手土産を持って正式にクレーデル邸を訪問してきた。マルレーン夫人がすごく慌てている。まあレオノーラ嬢が滞在しているからそりゃ慌てるよね。わたしはゆっくりと階段を下りて二人の前に立った。


「レオノーラ様……」

「マルレーン様、そちらは?」

「アンジェラ・バースと申します。ヨハン様の婚約者です」

「……どういうことですの?」


 アンジェラ様の挨拶に眉をひそめてマルレーン夫人を見ると、彼女は青い顔をしていた。アンジェラ様に黙って新たな婚約者探しをしていたんだもの。それもレオノーラ嬢にも婚約者の存在は隠して。こんなこと説明できないよね。


「この方がヨハン様の婚約者ですって? 冗談でしょう」

「レオノーラ様、騙すようなことをしてしまい申し訳ありません。この方は確かに現状ヨハンの婚約者です。しかしクレーデル家としてはアンジェラ様との婚約は解消し、あなたに新たな婚約者になってほしいと思っております……!」

「そんな……」

「ごめんなさい、アンジェラ様」


 いやそれはごめんじゃすまないのでは……と思いながらわたしはアンジェラ様を頭のてっぺんからつま先まで不躾に眺めて失笑した。


「確かに、わたくしの方がきっとヨハン様にはふさわしいですわ」

「待ってくれ母上」

「ヨハン!」


 ここでヨハン様が登場。

 まっすぐにこちらに向かってきたヨハン様はアンジェラ様の隣に並んだ。


「私はアンジェラ以外と結婚するつもりはない。勝手なことをしないでくれ」

「なんですって!? 私はあなたとクレーデル家の今後のことを考えて……!」

「マルレーン様」


 ヨハンの言葉にマルレーン夫人がさっと顔色を変える。わたしは一歩マルレーン夫人に澄ました顔で近づいた。


「一体どういうことなのでしょう。アンジェラ嬢がどうしてヨハン様にふさわしくないか、直接説明してさしあげたらよろしいのではないですか? わたくしも聞きたいですし」

「それ……は……」

「マルレーン様……」


 ちらりとアンジェラ様を見て勝ち誇ったように私ほは微笑んだ。この半年で少しは演技力も向上したかな?

 アンジェラ様はヨハン様に支えてもらいながらも懸命に立ってまっすぐにマルレーン夫人を見ていた。

 ごめんなさい。もうちょっと頑張ってね、と内心エールを送る。


「……アンジェラ様、貴方は生まれつきお身体が弱いと聞いています」

「母上それは」

「私は不安なのです。将来、もしも子をなさず貴方に何かあればヨハンは一人になってしまう……」

「マルレーン様……」


 そうか、マルレーン夫人はクレーデル家の世継ぎの問題だけを心配していたのではなくて息子であるヨハン様が心配だったんだ。母親としては息子に寂しい思いはさせたくないだろうからね。マルレーン夫人が夫に先立たれているからなおさらそう思うのだろう。


「それと我が家の経済状況の問題もあります。クレーデル家を存続させるにはもうこの方法しか……」

「わたくしとの婚約ですわね」


 ふふん、とわたしは笑ってみせた。


「アンジェラ様、お聞きになりました? あなたではヨハン様の相手としては不足だということですわ。わたくしでしたらヨハン様に将来にわたって辛い思いなどさせませんわ」


 完全に財産目当ての結婚と言われてるようなものだけど、とりあえずそこはスルーしてわたしはアンジェラ様を見て笑った。

 アンジェラ様を意を決したように一歩マルレーン夫人へと近づいた。


「……私は、けしてヨハン様に寂しい思いなんてさせません。ヨハン様を愛しているから、なるべく健康になってずっと彼のお側にいます」


 華奢で儚い雰囲気のアンジェラ様の瞳にはしっかりとした意思が宿っていた。隣のヨハン様の手をぎゅっと握ってマルレーン夫人に告げる。


「お金の苦労も覚悟しています。我がバース家でも助けになれないか考えます。お願いです、マルレーン様。ヨハン様の側にいることをお許しください」

「母上、お願いします」


 ヨハン様とアンジェラ様はそろって頭を下げた。うろたえるマルレーン夫人と寄り添う二人を見て私は顔がぱああっと笑ってしまうのを我慢するのに必死だった。

 色々大変なことはあるかもしれないけど素敵なカップルじゃない。……おっと、いけない。わたしは今悪役令嬢なんだった。


「まあ、なんて図々しいのかしら。目障りですわ。出て行ってちょうだい!」

「きゃっ」

「アンジェラ!」


 アンジェラ様を軽く突き飛ばした。よろけた彼女を受け止めたヨハン様がキッとこちらを睨んでくる。迫真の演技なのか本気で怒っているのか区別つかなくてちょっと怖い。今のはちゃんと事前に打ち合わせた演技だからね。本気で突き飛ばしてなんてないです。


「アンジェラ様お怪我は……! レオノーラ様、なんてことを」

「ふん、このような女、さっさと追い出してください」

「出て行くのは貴方だ、レオノーラ嬢!」

「なんですって?」


 マルレーン夫人がアンジェラ様に駆け寄った。つんと顎を上げて二人を見下していたわたしをヨハン様が睨みつけた。


「母上、私がこのような性悪な女と結婚して幸せになれると?」

「そ、そうね。このような方では無理ね」

「そうだ。私が愛しているのはアンジェラだけだ。彼女以外と結婚するつもりはない! すぐにここから出て行ってくれ!」

「そんな、ヨハン様ぁ!?」


 ヨハン様が容赦なく悪役令嬢レオノーラを断罪した。うんうんやっぱり悪役令嬢はこうでなくちゃ(?)マルレーン夫人もさすがにヨハン様に頷いた。


「キイイイイ! 許せませんわ!」

「お嬢様、帰りましょう」


 わたしはハンカチを噛んで悔しがったけれど、侍女役のロッティに引きずられてクレーデル邸を出て行った。そのときちらりとヨハン様とアンジェラ様がこちらを見て頷いてくれた。あとは二人のがんばり次第だ。

 こうしてヨハン様とアンジェラ様は無事に仲直りをして、マルレーン夫人にも結婚を認められたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。

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